02
タマ。幼き頃から一度も教室を違わなかった腐れ縁。
放課後を共にすることはあまりなかったが、学校では共にする機会が多かった。付かず離れずといった立ち位置で、いなくても困らないが、いても邪魔にならない。私にとってタマはそんな存在だった。
そんなタマをタマと呼ぶようになったキッカケは、小学校五年生のとき。
本屋で欲しい物を鞄に入れたとき、タマに目撃されたのだ。それこそ目と目があうほどに。
一度もヘマをしたことがなかっただけに、これまでの人生で一番焦った瞬間だった。
どう口止めするか。言い訳するかを考えた先で、
「あ、すみません」
タマは近くの店員を呼び止めたのだ。
終わった。
このままチクられ、警察沙汰になり親も呼ばれる。そう思った矢先、
「これの新刊って、もうないんですか?」
「ああ、これね。ここにないなら売り切れかな」
「はぁ……わかりました」
店員とそんなやり取りをして、あっさりとその場から離れていったのだ。
もしかして私を庇ったのか。
そう思ったが、とても残念そうなその声色。子供心にそれが咄嗟の演技とは思えなかった。庇うにしても、あの状況で店員を呼び止めないだろう。
その真意がわからず、その背を追って外で声をかけた。
「お、おい。田町』
すると振り返ったタマは、
「ん? おう、明神じゃん」
奇遇だなと言わんばかりの顔を浮かべたのだ。
確実に目があったというのに、この白々しい演技。つい目を丸くしてしまった。
「今暇か」と誘うと難色を示されたので、「ジュースでも奢るぜ」と続けるとすぐに釣れた。タマは昔から現金な奴なのだ。
店から少し離れた公園。自販機で好きなものを選ばせた先で、本題を切り出した。
「田町さ。さっきのあれ、なんだったんだ?」
特に脅しかけるつもりもない。タマの行動の意味がわからず、その答えを純粋に求めたのだ。
雰囲気や声色から、タマもそれを受け止めたのか。特に恐れることもなく、
「俺はなにも見ていない。それでいいじゃんか」
あっけらかんとそう言った。
あまりにもあっさりとしているその様に、こちらのほうがまた呆気にとられた。まるでおまえのやっていることに、興味がないと告げられたようだ。
それだけでタマの行動がわかった。
悪行を見なかったことにして、自分のやろうとしたことに戻った。ただそれだけ。
ではなぜ見なかったことにしたのか。
面倒事に巻き込まれたくない。
その顔はそう書かれていたのだ。
「なら俺があんなことをした理由も、聞いてこないわけ?」
大人たちならまず、それを聞いてくるだろう。
なぜこんなことをしたんだ、と。
悪いことをしているとわかっていながら、なぜそんな非行に走ったか。そこに深いなにかがあると信じて、問わんとしてくるのだ。短絡的な子供にそんなもの、そうそうないだろうというのに。
目をパチパチとさせたタマは、
「そこに物があるからだろ」
1+1の解答をもたらすように答えたのだ。なぜそんな簡単な問題を、今更出してくるのかと不思議そうにすらしながら。私の万引きの動機を、こうも簡略的に言語化したのだ。
なぜ、物を盗むのか。そこに、物があるからだ。
「俺は登山家かよ!」
確かにその通りだと、死ぬほどギャハハと笑ったのだった。
その日初めて、私はタマという存在と向き合う。いや、興味を持ったのだ。
私は学校では問題児である。けれど教室の人気者という立ち位置を確立し、周りを扇動し巻き込み、微笑ましい子供の悪戯、とは言い難いことを散々やってきた。教師から死ぬほど怒られ、親を呼ばれるような事案は珍しくもなんともない。
だからこそ、タマの凄さを思い知らされた。
危険な臭いを嗅ぎ取ったら、しれっとその場からいなくなる。騒動が終わった後に、またしれっとグループへ戻ってくる。周りからずるいぞと文句が出るどころか、あんときいなくてラッキーだったなと言わせるほど。なにせ私ですら、そのときタマがいたかどうか自信を持てなかったくらいだ。
タマは全部混ざっておきながら、常に自分は知らぬ存ぜぬを貫いていた。場合によっては私たちを売っていたらしく、責任を全て押し付け回避したのだ。実はあのとき、と再会後に悪びれもせず白状してきたのだから、それにはもう笑うしかなかった。
自らの立ち位置を守り抜くその様は、まさに保身に走ることに関しては、他の追随を許さなかった。
「明神。俺はおまえのやったことを見ていない。だからこれからも、なにかあっても俺はその場にいなかった。それでいいだろ?」
自分のこれまでの立ち回りを語った後、タマはそう提案した。
脅しでも交換条件でもなんでもなく、そういうことにしておいても、互いに困ることはないだろと。
互いにあだ名で呼び合うようになるのは、それからすぐのことである。
過去を振り返ると、年相応に笑ったことは珍しくないことであり、満足行く学校生活を送ってきたかもしれない。
けれど私に腹を抱えさせ、死ぬほど笑わせてくれたのはいつだってタマくらいなもの。後、妖怪人食い唐揚げか。東京を恐怖のどん底に陥れた、あのバカみたいな事件の真相には、過呼吸で死にかけた。
良くも悪くも、子供の頃は多感な時期。酸いも甘いも噛み分け、社会の闇を体現するほどに、悪事を働く大人へと成長した。あの頃の私にはもう戻れない。腹を抱えてバカみたいに笑うことはないだろう。
そう信じてすらいたのに、
「自宅警備員を雇用することになった」
生真面目な顔でそんなことを報告されたとき、つい笑ってしまい、
「しかも巨乳JK美少女だ」
次にもたらされた台詞に耐えられなかった。
女の擬態にも慣れて、ふとしたことで男の顔を見せることはない自信はあった。それがかつての自分を取り戻し、腹を抱えて何度もカウンターを叩き、死ぬほど笑ったのだ。
『トラブルが発生して店に戻れんくなった。事情は後で説明する』
前日にこんな連絡を貰い、説明に来た矢先にこれである。
保身に走ることに関しては、他の追随を許さないと自認している男が、なにがあればそんなトラブルを抱え込むのか。
面白すぎてしかたなかった。
店なんて開けてる場合じゃない。
根掘り葉掘り聞き出しながら飲んだ酒は、間違いなく人生で一番の美酒であった。
そうして改めて思い知った。
私を死ぬほど笑わせられるのは、この男くらいなものなのだと。




