02
ロジハラ反対派に手のひらをくるりとしたところで、
「大学に入ってから、今の彼氏で何人目?」
なんてことを急に椛は聞きてきた。
「えっと……」
パッと数が思い浮かばないので、両手の指を折りながら数えていく。
「八人かな。あ、ちなみに今の彼氏っていうけど、恋した瞬間別れたから」
「はぁ……」
と、今まで別れてきた彼氏の数か、はたまた三週間前にできた彼氏との別れか。どちらにため息をついているかわからぬところである。
「その内、キスまで行ったのは何人かしら?」
「ゼロ。手を繋いだのが三人くらかな?」
「まどかはさ、身持ちが軽いんだか固いんだか、わけがわからないのよ」
苦々しい顔つきはなおも変わらず。
「男を取っ替え引っ替えしていると思えば、キスすら許さない。だからといって貢がせたいわけでもなければ、勿体ぶってるわけじゃない。それは過去の恋の遍歴が証明してる。あんたは一体、なにをしたいわけなの?」
「それは勿論、恋よ、恋」
なにを今更と言い返した。
「そもそもわたしは、取っ替え引っ替えしてるんじゃないの。お試しの恋愛をしているだけ。一ヶ月で好きになれなかったらか、他で恋を見つけたらすぐに別れるって、最初に了承取ってるもの」
わたしは可愛い。相手には困らない。
向こうも初めから本気の恋ではない。ちょっと俺と付き合ってみない、という軽いお誘いに乗っかっているだけ。それで恋ができればバンザイであり、ダメならダメで他に行けばいいだけ。そのときは上手く行かなかっただけと、向こうも他を探すのである。そういう風に揉め事や後に引かないよう、上手く立ち回っているつもりだ。
事実、一人たりとも疎遠にならず、ギクシャクとしていない。最初からわたしに本気になっていたわけじゃないのがよくわかる。
目的は最初から、わたしの心なんかではなかったのだ。
「男ってのはさ、女の身体をご褒美かなにかと勘違いしてるのよね」
身体である。可愛い女の子なら、誰でもいいのだ。
「これだけ君のためにやってあげたんだ。君のためにここまで頑張ったんだ。さあ、ご褒美を与えてくれって、考えた方が透けて見えるの」
それが大半の男が考える、恋愛の着地地点。
根っこのところが性欲に直結している。何十ものベールも張り巡らせながら、いかに下心を感じさせず、一枚、一枚とまた取り払いながら、そこへと導く男の欲望。
わたしはそれを悪だと考えてはない。始まりこそ真の恋や愛というものがなかったとしても、その先で生まれるかもしれない。盲目的に耽るだけで満たされる、人生の幸福と満足度はきっとあるだろう。
問題は男の着地地点が透けて見えすぎて、すぐに興ざめしてしまうことにある。
はいはい、この顔と身体が目的なのね、となると盲目的に耽けろだなんて難しい話だ。工事現場の前で布団を敷いて眠れと言っているのと同じである。
「違うの。わたしはね、よく頑張りましたってご褒美を与えたいんじゃないの。男に恋をしたいのよ。ああ、貴方のことが好きで好きでたまらないわ、ってこちらが満たされるような恋愛をね」
わたしは誰にでもこの身を許す尻軽女なんかではない。だからといって手を繋ぐのにも赤面するような、純情な身持ちの固さもない。
「キスをするのを許したいんじゃない。キスをさせてほしいの。わたしのほうから求めてしまうような、そんな恋愛がしたいだけなの」
この身に触れる認可を出すような、偉そうな女ではない。その身に触れる認可を求めたい女なのだ。
「だから自分がご褒美になれるくらいの男にじゃないと、唇すら許すつもりがないだけよ」
何度も繰り返すがわたしは可愛い。自らの社会的ステータスの高さの自認もあるし、可愛さだけで一つ二つ上のステージにいる男にも困らない。
でも、わたしは天秤が吊り合う男がほしいのではない。向こうに大きく傾いてほしいのでもない。ただただ、天秤の向こう側にこの身を差し出したい、そんな恋を求めているだけなのだ。
今までの相手は残念ながら、道徳、倫理、そして法律。いずれかに外れてしまったばかりに、報われない一時の夢として、泡沫へと変わってしまった。後から振り返ったとき、まさに黒歴史となるほどの恋となったのだ。
それでも、盲目的に恋に耽られる甘さを知ってしまったこの身には、世間のいう健全なだけや、打算的な恋愛には耐えられない。
貴方に全てを捧げたい。
貴方の全てを知りたい。
目がハートマークになるほどの恋に落ちたいだけなのだ。
「それで、そのご褒美になれる男を見つけたってわけ?」
そう、二年ぶりにわたしは恋に落ちたのだ。
あの人の手に、この頬を触れてもらいたい。唇を許してほしい。この身を求めて貰えるのなら、これ以上のない喜びをもってこちらから全てを差し出したい。
「……ああ、タマさん。あなたは今、一体なにをしているの?」
初めて出会ったときの、凛々しいまでのあの顔を思い出すと、乙女のため息しか出てこない。
「タマさん?」
「その人のあだ名。わたしがよく行くバーのマスターの、古い友人らしくてね。そう呼ばれてるから、そのまま呼ばせて貰ってるの」
椛の疑問にそうやって答える。でなければ、わたしは猫に恋をしたと勘違いされるだろう。
訝しげに、椛はわたしの目をジッと見てくる。
十秒後、
「相手はまた社会人? 恋人はいないの? 奥さんは? 実はバツイチで、子供がいるとかは?」
どうせ落とし穴があるんだろうと、椛は矢継早に可能性をあげつらう。我が恋の遍歴を考えれば当然である。
だが、その心配はない。
「ふっふっふ。今回の相手はさ、社会的障害は一切ないの」
「で、実はニートとかフリーター?」
間髪入れず、椛は次の躓く要素を口にした。
「ちゃんと会社勤めしている人よ。営業職じゃないのに、スーツもよれてないし、いつもワイシャツがパリっとしてる、まさに模範的以上の社会人ね」
「実家住みのマザコンの可能性が出てきたわね。結婚して初めて、問題が起きるパターンじゃない」
次から次へと、よく悲観した可能性を見出すものだ。
「親から自立した一人暮らし。社会人として、身だしなみと清潔感だけは欠かさないようにしてるってさ」
「そういうのに限って、女にだらしないんじゃないの?」
わたしが恋をした相手なのだから、絶対にろくでもないと椛は確信すらしている。
「疑り深いのね。下卑たセクハラもなければ、横目で胸や足を見てくる人でもない。誘い受けで連絡先を手に入れようとしたけど、全然乗ってこないんだから」
「……マスターの古い友人って言ってたわね。なるほど、今度は枯れ専に走ったわけね」
「ま、気持ち年は離れているけど、それでも十も離れてないのよ。今までのわたしの恋の遍歴を考えると可愛いもんでしょ?」
「……本当にまともな人なの?」
信じられない、なんて顔をする親友。
失礼だとは思わない。親友なりに身を案じてくれているのだ。我が恋の遍歴はそれほどまでにろくでもなかった。
「まとももまとも。五度目にしてわたしは、道徳、倫理、そして法律。どれにも外れない、まともな恋を手にしたのよ」
表沙汰になっても、咎められることのない恋。
それこそ社会的ステータスを天秤にかけて、外野がうるさく言うだけの恋だ。そこに強制執行能力はなく、本人たちが幸せならそれでいい。そんな恋をわたしは手に入れたのだ。
「そこまで言われると、ちょっと気になるわね。そんなまともな人に、どうやって恋をしたのよ」
「あれはまさに、運命の出会いだった」




