01
現在、わたしは新たな恋をしている。
ある日ひょんなことから、友達から好きな人に変わったのではない。かといって、不良×捨て猫理論のギャップに心が打たれたのではない。得てして恋に落ちる瞬間というのは、予報で備えられる嵐ではなく、雨の日に傘へ降り注ぐ落雷である。
常日頃から身構えていても仕方ない、そんな命となる油断から、
「あっ」
と、物理的に落ちそうになったときに、訪れたものである。
忙しなく道行く者によって、肩をぶつけられたときだ。そこは下り階段。バランスを崩し前に倒れ込もうとした瞬間。わたしを支えんとするその手に、この腕を取られたのだ。
わたしの代わりに転がり落ちていく、社会人がよく手にしている鞄。夕日を背にしたその人は、もう片方の手で手すりを握りしめ、今まさに転がり落ちんとしていたわたしを繋ぎ止めていた。
だから、面識のないわたしのために咄嗟に鞄を手放し、
「大丈夫か?」
と、心配そうにするその救いの主。打算なきその姿に、ついこの心がときめいた。
後に振り返るとこの瞬間こそが、身体の変わりに落ちていった、新たな恋の始まりだったのだ。
◆
「ついに新しい恋を見つけたの」
受験勉強にひたすら忙殺された、灰色に満たされていた高校三年の日々。地獄のような一年を乗り越えた先にあったのは、自由と栄光を謳歌できる、キラキラ華の大学キャンパスライフ。
来宮まどか、大学一年生十九歳は、青春に足らなかった唯一の彩りを手に入れたのだ。
高二以来久しい感情を手に入れて、わたしの心は舞い上がっていた。
大学進学をキッカケに、共に上京してきた親友、文野椛。小中高一貫した仲であり、大学こそ別々となってしまったが、居住区は同じマンションである。
最初はルームシェアをしないかと持ちかけられたが、そこは謹んでお断りさせて頂いた。椛と同じ部屋で住むのを厭うたのではない。わたしは恋をしたら一直線なので、恋人ができたときのことを優先したのだ。
「あんたらしい考えね」
と椛には笑われ、お互いの大学までの交通手段、その兼ね合いを経て、今の居住区を選んだのだ。
だからといって、いつもベタベタ一緒にいるわけではない。自らの環境で、わたしたちはすぐに交友関係を育み、それなりに忙しい大学生活を満喫していたのだ。
高校まであれをやれ、これをやれと、与えられたことだけをやればよかった。
その点、大学生は自由度が高すぎる。日常の変化は自らの選択に大きく左右され、人生の幸福と満足度は、まさに他人に転嫁できないほどの責任が伴うのだ。
ゲーム好きの友人はそれを、一本道のRPGから、サンドボックスにジャンル変更されたようだと語っていた。
いわく、サンドボックスとは砂場遊びのようなものらしい。決まった遊び方やゴールはない。用意された枠と道具の中で、好きなように遊べと言われているようなもの。ただしここは現実。ルールと時間制限がある。そこを外れるようなことがあれば、容赦なく社会というゲームマスターに制裁をくだされる。
時間制限が来たときに築き上げた世界。それを自らの社会ステータスや持ち物として、新たなステージに挑まなければならない。それが延々と死ぬまで続くのが、この社会なんだと語っていた。
言い得て妙である。
この前、SNSで流れてきた画像を思い出した。
頭が良くて皆と同じことができ、教師の教えを実直に守る。社交性は二の次だからそれでいいんだよ?
頭は悪いし皆と違ったことをして、思いついた行動ばかり取る。取り柄が社交性だけだの困ったちゃんだね?
学生時代は前者が評価され、後者が評価されない。
しかし社会に出ればそれが反転する。
頭が良くても、皆と同じことしかできない。言われたことしかできない指示待ち人間。社交性がないなんて、ほんと困ったちゃんだね?
頭は良くないが皆と違ったができ、自分の判断で行動に移せるからイノベーションが起きるんだ。社交性の高さこそが、君の最大の武器なのかな?
まさにものは言いようである。同じことをやってきたはずなのに、この違いは一体なんなのか。
大学はまさに半社会。社会が求めているものを発揮し、実演できる場なのだ。失敗しても、まあ社会よりは取り返しは利くだろう。
なのでわたしは、自らの判断、意思、選択を大事にし、学業をそこそこに青春を謳歌している。
沢山の交友関係、青春イベントから、人生の幸福と満足度を満たす日々だ。
大学に入って半年になるが、恋人を絶やしたことはない。
自慢であるがわたしは可愛い。その辺りの自認はしっかりある。放っておいても向こうから男が寄ってくるので、恋人を作るのに困ることはない。わたしの交友関係は人間レベルが低い者は自然と弾かれるので、変わった人はいても、変な人はいないのだ。
医者、政治家、社長、資産家などなど。そういった親を持つ相手との出会いは、すっかりと日常となってしまった。
つまり、どれも同じような男にしか見えないのだ。
これでもわたし自身、良いところのお嬢さんなので、お金に不自由をしたことはない。あれも欲しい、これも欲しい、もっともっと欲しいというほどの物欲はないのだ。
だからわたしは恋人を絶やさないが、この身を安売りしたことは一度もない。関係を結んできた相手はいつだって、わたしから落ちて求めた恋である。
恋を失い、そろそろ二年が経とうとしていた。
それが先日、ついに新たな恋に落ちてしまった。
もう忘れんとしていた恋の情熱、その甘さ、満たされたときの幸福を思うと、胸が踊って仕方ない。
その喜びを、親友たる椛に伝えたのだが、
「はぁ……」
わたしとは対照的な苦い渋面を浮かべたのだ。
「で、次の犠牲者はどんな男なの?」
と、わたしの新たな恋を、酷い言いようで表現した。
いくら親友とはいえ、言っていいことと悪いことがある。
「む……犠牲者って、酷いじゃない椛」
全くもって遺憾である。
「犠牲者は犠牲者でしょ」
眉をひそめ、口をへの字に折り曲げ訴えるも、椛の面持ちと感想は変わらない。
「自分の恋の遍歴を忘れたのなら、思い出させてあげましょうか?」
という始末だ。
わたしはそれに遺憾の意を表する。ことはない。決して忘れていたわけではないが、浮かれていたのは確かだ。
だからこそ不意打ちを食らったように、わたしはギクリとしてしまった。
「初恋の先生はどうなったっけ?」
わたしの初恋は、小学校五年生である。
相手は小学校の担任。学校の中では一番カッコよく、爽やかで、スポーツ万能な様に女の子は誰もが憧れた。
積極的な女子は皆、先生先生言いながら、いつもまとわり付いていた。コラコラ、なんて言いながら、大人しい女の子たちだけではなく、男の子たちも蔑ろにしない立ち回り。先生を信用をしない子供たちはいなかったのではないか、と思うほどである。
保護者や他の先生からの信頼も厚く、とにかく人気が高かった。
わたしのファーストキスは、そんな先生に捧げたのだ。
別にわたしが無理やりとか、隙をついたのではない。
端的に言うなれば、先生は幼女愛好者だったのだ。
「まどかだけが特別だからな。内緒だぞ?」
と言われ、わたしたちは蜜月のときを過ごしたのだ。
先生からの愛情、そして信用が嬉しくて、「内緒だぞ?」には力強く頷いた。
当時のわたしは小学校五年生。内緒にできるわけがなかった。あの先生の特別なのだ、自慢したくてしたくて仕方なかった。
一週間後、一部の仲の良かった五人にだけ、そのことを告げたのだ。そして、その内四人が先生の特別だったのが発覚した。仲間はずれであった可哀想な子を、わたしたちは慰めたのである。
そこからは色々とあったが、結末だけを言おう。
先生はある日突然、職を辞したのだ。その後、彼を見た者はいなかった。
わたしは親に抱きしめられ、泣かれながら「もう大丈夫だからね」と慰めを受けたのだ。
そんな痛いところを早速突いてきた親友。しかしその手が緩むことはなかった。
「中二のときに付き合った、高校生の行き着いた先は?」
次のわたしの恋は、中学二年生のとき、相手は高校生であった。
わたしは当時から可愛いかった。ちょっと混雑した電車に乗れば、痴漢されるのは穏当の帰結である。
明らかに気持ちの悪い中年相手だ。わたしは恐怖に震えながら、されるがまま。スカートの上からついに、魔の手が下着に伸びようとした瞬間、それは取り押さえられた。
正義感溢れた高校生が、わたしを痴漢の手から救ってくれたのだ。
周囲の協力を得て、取り押さえられた痴漢。
その高校生は、怖かったな、もう大丈夫だとわたしを慰めてくれた。恋に落ちた瞬間だった。
落ち着いたらお礼をしたいからと連絡先を交換し、やり取りを重ね、一ヶ月後には付き合い始めていた。
中学生から見れば高校生など大人も大人。それもわたしの救いの主なのだ。メロメロのメロメロであった。彼のためならなんでもしたい。貴方となら大人の階段を登りたいとすら、婉曲的に伝えたほどだ。
彼の両親が不在の祝日。部屋を訪れたわたしは、蜜月のときを過ごしたのだ。
唇を交わし、舌の味を覚え、上が丸裸となり、最終防衛ラインに手がかかったとき、
「みっくん、大丈夫? 看病に――」
闖入者が部屋に現れた。
端的にいうなれば二股をかけられていたのだ。わたしは浮気相手である。
生まれてからのお隣さん。彼の両親からの信頼も厚い幼馴染らしい。今日は熱が出て体調が悪いからと、彼女のお誘いを断っていたようだ。
幼馴染の彼女魂。彼の両親からなにかあったときのために、彼女は家の鍵を預かっていたのだ。リンゴを剥いてあげようと、ナイフを持って部屋を開けたら、まさに幼き果実が収穫されんとした現場であった。
そこからは色々とあったが、結末だけを言おう。
高校生の彼は刺されて病院送りとなった。
保護されたわたしは警察署で母と再会すると、わたしは抱きしめられ、泣かれながら「貴女は悪くないわ」と慰めを受けたのだ。
痛くて痛くて仕方ない過去を思い出させる親友。その猛攻はまだ止まらない。
「中三のときに純潔を捧げた、自称アーティストの最期は?」
次のわたしの恋は一年後、動画投稿サイトで活躍する人気の歌い手だ。
当時のわたしはテレビで見るようなアーティストよりも、ネットで人気を博する歌い手たちに価値を見出していた。模範的な流行り廃りとはどこか違う、別世界のような雰囲気。幼きわたしはそこにどっぷりと浸っていたのだ。言う慣れば、地下アイドルを追うことに価値を見出したアイドルオタクのように。
色んな歌い手たちに魅了されたわたしだが、その内の一人が同じ都市に住んでいた。そんな手が届く場所にいたとはつゆ知らず、SNSでわたしはファンアピールを繰り返していた。
繰り返しになるが、わたしは可愛い。SNSで写真を乗せると、物理的に繋がりたい男たちが日々気持ち悪いメッセージを送ってくるほどだ。
つまり、その歌い手が個人メッセージを送ってくるのは当然の帰結であった。
短いやり取り後、メッセンジャーアプリで友達追加してくれたのだ。
そのときのわたしは、まるで芸能人に認められたかのような高揚感に満たされていた。直接通話した時のカッコよく、かつ甘い囁き。気づけばわたしは、恋に落ちていたのである。
一週間後には彼と直接出会うこととなった。今思うと全然カッコよくもなんともない、むしろ中の下な面容。けれど十以上も大人の彼を、盲目的に慕っていたのだ。
カラオケで捧げてくれるラブソングに、心はもうメロメロのメロメロだ。この人に全てを捧げ添い遂げたいと願ったほどである。
それを示すため、わたしは四時間後には大人の階段を上っていた。
「まどか、俺たちの関係が公になれば一緒にいられなくなる。内緒だぞ?」
と言われ、「内緒だぞ?」には力強く頷き、わたしたちは蜜月のときを過ごしたのだ。
当時のわたしは中学三年生。内緒にできるわけがなかった。あの人気歌い手さんと恋人になれたのだと、自慢したくてしたくて仕方なかった。
一部の仲の良かった二十人にだけ、そのことを告げたのだ。そして、その内の五人が、彼のファンであった。
そこからは色々とあったが、結末だけを言おう。
人気歌い手のご尊顔とフルネームが、地上波デビューを果たしたのだ。
妬んだファンの一人がストーキングし、わたしとホテルに入っていく写真を撮り、雑誌編集者の家族に売ったのだ。
警察で事情聴取された後、生まれて初めて親からビンタを貰った。
目を覆いたくなるような過去を掘り返してくる親友。かくして最後の一撃は放たれた。
「高二のとき付き合っていた社会人の末路は?」
高校二年生の時、わたしは二十も上の、エリート社会人に恋をし付き合っていた。
端的にいうなれば妻子持ちだったのが発覚し、そこからは色々とあったが、結末だけを言おう。
彼は離婚し、職を追われ、多額の慰謝料のため借金を抱え、なにもかも失ったようだ。
わたしは彼の妻に秘密裏に呼び出され、全てを語られ、貴女は悪くない。親には言わないから彼のことを忘れなさい。誰にも言ってはいけないわよ、とありがたきお言葉を頂いた。
しかし忘れて一人で抱えていくには重すぎる。親友たる椛に話してしまったのだ。
向こうの奥さんがいい人で良かったと最後に締めくくったら、椛はこう言ったのである。
「夫が未成年に手を出したから離婚した、なんて世間に知られたくなかっただけよ。子供がいるならなおさらじゃない」
言われてみればそうかと納得した。
黒歴史。最早それ以外形容のしようがない、わたしの恋の遍歴。その全てを久しぶりに突きつけられ、この胸はズキズキと傷んだのだった。
「あんたのほうから恋をすると、いつだって男が破滅に追い込まれる。相手がろくでもないから当然とはいえ、そういうのにばっかり引っかかってきたんだもの。あぁ、またか……、ってなる私はそんなに酷いのかしら?」
ぐうの音が出ないほど正論である。
昨今、ロジカルハラスメントなんて頭の悪い概念が世にはびこるようになった。これで人を訴える相手は絶対にバカな奴だと思ってきたが、その考えを翻そう。
まさにわたしは、椛にロジハラを受けている。




