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センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか?【コミカライズ版2巻8/28発売!】  作者: 二上圭@じたこよ発売中
反光合成禁断ノ時限果実

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16

 文野楓としてレールの上にはもう戻れないし、戻りたいとも思わない。


 陽の光が降り注ぐ地では、レナファルトは認めてもらえないのだ。そしてそれでいいとすら思っている。


 センパイにさえ認めて貰えればそれでいい。


 センパイ以外からの好意なんて欲しくない。


 一閃十界のレナファルトであれる最小単位社会こそ、わたしの全てなのだから。


 現実社会に引き戻されるときがあるのなら、文野楓の名を歴史とwikiに刻む時だけ。病の発作により、隣家に理不尽なお供を頼む日だと決まっている。


 そしてこれより、隣家の平和が揺るごうとしていた。


『ん、どうしたんすか?』


 立ち上がったセンパイの気配が、ふすま越しに立ち止まる。


『もしかしておかわりですか?』


「ちょっと話したいことがあるんだ」


 同じ屋根の下で暮らすようになって、もう一年。


 この一年でわたしは沢山のセンパイの声を聞いてきた。それこそ感情の一喜一憂、その微差を感じ取られるほどに。


 息を飲んだ。


 ちょっと世間話や笑い話をしたい。そんな類の声色でなかったからだ。


「入っていいか、楓」


『どうして』


 今まで一度も、その名を告げたことをないはずなのに。なぜセンパイの口から、そんな弱い女の名前が漏れ出したのか。


 わたしは神童である。けれど真っ白になった頭では、答えを得ようと動くことすらできずにいた。


 ただ、このふすまを開けないでほしいと願った。最小単位社会と隣家の平和を飲み込まんと、あらゆる災厄が世に放たれる。希望すら残らずこの幸福が失ってしまうと、そんな恐怖に満たされた。


「入るぞ」


 なのにあっさりと、このふすまは開かれた。


 開かれた先にあったのは、世に放たれようとしている災厄でもなければ、残された希望でもない。


 いつもの笑いかけてくれるそれではない、生真面目なセンパイの顔だった。


 センパイはなにも言うことなく、黙ってわたしの前に座り込んだ。


「ガミの店に、現実の魔の手が伸びた」


「魔の……手?」


 キーを叩くことなく、声によって応じた。


「東京のお姉さんが、おまえを探し始めたようだ」


「姉……さん、が?」


 込められた意味もわからずとばかりに、黙ってセンパイの言葉を暗唱した。この口は数ヶ月前に戻ったかのように鈍くさかった。


「驚け。なんとおまえの家出は、この一年の間誰も気づかなかったそうだ」


 胸に飛び込んでこいとばかりに、大げさに両手を広げたセンパイ。その顔は半笑いのそれであり、まるで道化を演じているかのようだ。


 一年もの間、この家出は誰にも知られることがなかった。


 父だけではなく姉さんにすら放っておかれていたらしい。その事実を前にして、憤りを覚えることも呆れることもなかった。


 へー。


 と他人事として捉えたのだ。


 センパイはそうして、今日もたらされた事実を滔々と語ってくれた。


 わたしは神童である。九割方が予想通りの展開を迎えており、そこに浮かぶ感慨はない。やはりわたしは神童だったと再認識したくらいだ。


 だからこの心を動かしたのは、残りの一割である。


『ごめんなさい』


 いつもなら声へと簡単に出せる、たった六文字を叩いた。


 こうなることはわかっていたはずなのに、その現実から目を逸らし続けてきた。


『どうやら自分、もうただの巨乳美少女のようですね』


「おい!」


 あまりのショックに、深刻な病の発作に襲われてしまった。


 JKブランドを失ったのは痛いが、ボケの出来が良すぎて笑いを抑え込むことができなかった。


『ま、概ね予想通りの流れっす。いやー、でも。時間稼ぎのつもりが、一年もバレなかったのは流石に笑う』


「そんなに笑えるか?」


『すれ違いすぎてマジ大草原っすよ。おまえら前に流行った、多目的トイレのコントでもやってんのかっつーの』


 あまりの滑稽さに呆れた感情すら湧いてこない。


『後もう一つ笑えたのは、姉さんの甘やかし発言っすね。あれで甘やかしすぎたとか、片腹痛いっすわ。真の甘やかしとはどういうものか。センパイの爪の垢を送りつけてやりたいっすよ』


「東京大学生様にそんなもん飲ませてみろ。腹下すだけじゃ済まんぞ」


『いいんすよ、そのくらいの劇薬で。姉さんは真面目の擬人化っすから。ちょっとバカになってくれたほうが、自分には都合がいいんすよ』


「さらっと失礼な発言をしたな。天井のシミを数えさせんぞ」


『きゃー、犯されるー!』


 あれだけ深刻な空気で入場されたのに、もういつもの流れだ。おかしくておかしくて、笑いを堪えるのに必死である。


 やっぱりセンパイとこうしているのが楽しい。


 最小単位社会で営み、精を出すことこそがわたしの幸せである。


 これからもわたしは最小単位社会で生きていく。


「これからおまえは、どうしたい?」


『このままがいいっす』


 だからそんなくだらないことを、今更聞かないでほしい。


 貴方の目の前にいるのは文野楓ではない。


 一閃十界のレナファルト。職業は自宅警備員だ。


「え……」


 なのにこの両手はそっと取られると、パソコンがパタンと閉じられた。


「俺は一閃十界のレナファルトに聞いてるんじゃない」


 レナファルトであることから、強制ログアウトされたのだ。


 逃さないとばかりに、ジッとその目が捉えてくる。


「文野楓は、これからどうしたいのか聞きたいんだ」


「わ、わ、わ、わたし、は……」


 かくして一年前にわたしは戻った。


 声帯は鍛えられ、錆びついていないはずなのに、対人恐怖吃音症のコミュ障が再発してしまった。


 この身がセンパイのリスクであり、重荷であることを思い出す。


 この地が陽の光に晒された日には、よくもルールを破ったな、と制裁がくだされるのだ。


 保身に走ることに関しては他の追随を許さないセンパイの、世界で一番嫌いな言葉は責任である。


 現実の魔の手がそこまで迫り、リスク管理を改めたのかもしれない。


 どれだけセンパイの助けとなり、生活の支えとなろうとも、わたしたちの関係が明らかになれば全てを失ってしまう。


 身体が恐怖で震える。


 センパイは最後の希望を求めて、災厄(わたし)を世に解き放とうとしているのかもしれない。


「俺はこのままがいい」


 だがそれは違うと応えてくれた。


「朝起きて顔を洗えば、黙って出てくる朝飯とコーヒー。クリーニングに出したてのような社会人装備を纏って、弁当片手に出勤だ。夜は疲れ果てて帰ってみれば、飯や風呂どころか、タオパンパまで用意されている。


 全ての家事から開放され、据え膳上げ膳の日々はまさに人生の堕落。おまえなしの生活にはもう戻れん。そのくらい我が家の自宅警備員の活躍は目覚ましい。一閃十界のレナファルトよ、ここにダメ人間製造機の称号を与えん!」


 ダメンズがダメな発言を吐き出し続ける様は、まさに模範的なろくでもない大人である。


 そんなろくでもない大人が好きなのだ。そんなろくでもない大人の隣にしか、わたしの幸せはないのである。


 追い出されなくてよかった。


 必要とされていてよかった。


 最小単位社会(センパイ)とこれからも、幸せな日々を営める。


「そうやって充分以上に、元巨乳JK美少女を背負い込んだ恩恵は得ている。だから楓、恩義を感じての足踏みは必要ない。おまえがもし現実に戻りたいのなら、気にすることなく戻っていいんだぞ?」


 なのにセンパイは、優しくそんな酷いことを口にする。


 現実社会に戻るなんて恐ろしすぎる。あんな目が眩むほどの熱いレールの上になんて戻りたくない。


 お願いしますセンパイ。わたしを見捨てないでください。

果実は明日に終わらせて頂きます。

次話は12時近辺に投稿いたします。

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百合の間に挟まるな! ~脅迫NTRもの展開を阻止した結果、百合の間に挟まれた件~
推しの百合営業系Vチューバーの間に男が挟まったばかりに、脳破壊された主人公が子供時代にタイムリープした話。
本編とその前日譚まで完結しておりますので、よろしければこちらもご一読ください。



コミック版が3月28日に発売、予約受付中!
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『センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか?』書籍版、発売中!
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― 新着の感想 ―
[一言] 結末はわかってるのにハラハラします。 中々良い別視点の証ですかね。
[一言] 終わるのが寂しいと思う作品は久しぶりです。 現在手がけておられる新作や、今後の新作も期待しています。
[気になる点] いやホントにこの子は隣家になんの恨みがあるのか [一言] 別に歴史とwikiに名を刻まなくても、たとえば現住所をパパンに教えて連れ戻しにこさせるとかして、どうにかこのホラーハウスにパパ…
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