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センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか?【コミカライズ版2巻8/28発売!】  作者: 二上圭@じたこよ発売中
このレールの先に――

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06

 五月の初め。ゴールデンウィーク。


 玄関で旅の荷物を携えている楓と私は向き合っている。


 旅の荷物と言うくらいだから、楓が三和土の上で外靴を履いており、今まさに出発しようとしている。


 私はそんな楓を見送るが、ここから先を共に行くつもりはない。


 空港まで、駅前まで、その道中まで、マンションの出入り口まで、エレベーターまで、玄関先まで。どこまで見送るべきか考えたが、結局ここに落ち着くことにした。結局その背中を見送ったときの感情は、どこでも変わらないと悟ったから。


「荷物は大丈夫? 忘れ物はない?」


「はい。大事なものはしっかりと確認しました。足りないものがあれば、後は現地調達します」


「それもそうね。こっちで調達してほしいものができたら、そのときはいつでも言いなさい。すぐに送るわ」


「そこのところは頼りにさせてもらいますね」


 今日の天気のように、楓に浮かんでいるのは晴れ晴れとした笑顔。


 でも、その口端は気がかりを抱えた陰りを見せていた。


「……不安?」


「はい……」


 笑顔の姿勢を崩しはしないが、楓の眉尻はその不安を示すように下がった。


 なにが不安なのか、わからないでもない。


 計画なんてなにも立っていない。お膳立てだけを頼んで、後は出たとこ勝負。その未来を予測することはできても、完璧な予知なんてものはない。自分の思い通りになってほしいと、想い通りならいいなと二つの希望を携えて楓は行くのだ。


 でもこれは楓の選んだ道。石橋を叩くことはいくらでもできたのに、それはしないのも楓が決意したもの。


 だから私は、そんな楓にかけるべき言葉、その背中をどう無責任に押せばいいのかはわかっていた。


「なに、大丈夫よ。問題なんて――」


「わたしがいない間の姉さんの生活を考えると、それはもう不安で不安で……」


「うっ……」


 思わぬ楓の心配に、後ろ暗いものを見せられたように顔をしかめてしまった。


 そっちだったか……と。


 確かに楓が来てからの生活は快適そのものだった。


 洗濯物は籠に入れておけば、次覗くときは中身が空。クローゼットへ収納済み。どこを見渡しても部屋中ピカピカ。朝起きてシャワーを浴びた先には、淹れたてのコーヒーと共に美味しい朝食が待っている。外食も気づけばほとんどしておらず、冷蔵庫の中は長らく見ていない。今日のご飯はなんだろうなって、わからないからこその楽しみがそこにある。


 掃除洗濯料理が高水準。黙ってそれらを与えられた、なにもかもがお膳立てされたような生活は、まさに人生の堕落。


 問題が山積みなのは楓のこれからの未来ではない。私の目先の生活が一番問題であった。


 正直な話、楓の未来どうこうではなく、私の生活のために旅立ってほしくない。このまま甘えた生活を享受し続けたい。


 でも、それ以上の幸せをほしいと願ったのだから、姉の威厳を保ち続けるため、目の前の甘いだけの生活から目を逸らし、その背中を思い切り押すことにしたのだ。


「家のことはまどかさんに頼みましたけど……でも、姉さんは人の見えないところはだらしないから。将来、いい人が見つからなくても、猫と暮らしていくのも悪くないと言ってましたが……正直あの体たらくでペットは――」


「ああ、もう! 私のことはいいから、とっとと行きなさい!」


「はーい」


 悪戯を咎められ逃げていく子供のような身軽さで、楓は玄関から出ていった。


「あ、そうだ。姉さん」


 扉が閉めようとする前、楓は思い出したように肩越しに振り返った。


「大好きです」


 そうやって今度こそ、赤いキャリーバックを手にした楓の背中を見送ったのだ。




     ◆




「あーあーあーあー」


 楓を見送った後の、陽が一番高い時間帯。


 リビングのテーブル越しで、まどかは頬杖をつきながら呆れた眼差しを向けてくる。不出来な子供を前にして開いた口が塞がらない。そんな風にひたすら嘆息を漏らし続けている。


 ……頭が痛い。


 なにか悩みがあるとか、不安が尽きないとか、比喩表現の類ではない。


 打ち付けた後頭部が、未だに痛み続けているのだ。


「楓ちゃんが出ていって、一時間であれか」


「うっ……」


 大きな大きな嘆息をついて、ようやくまどかは口を閉じた。


 信用の二文字の判を、完全に失っているのだから。


 それを不当だと叫んで、信用を取り戻したいところであるが……私の株価は完全に暴落している。それほどの大恐慌を引き起こしてしまったのだ。


「大の字になって、裸で天井を見上げている椛……そんなあられもない姿を見られるのは、将来を誓ったまだ見ぬ殿方ただ一人……かと思ったのに」


 綺麗に整えられた眉がこれでもかと下がり、


「まさかわたしが、見るはめになるなんてね。あーあーあーあー」


 ほとほと参ったように八の字を描いている。このように心配されるくらいなら、ニマニマとからかわれているほうがマシである。


 そう、私はそんなみっともない姿を、まどかの前に晒してしまった。


 遡ること楓が出ていった後。シャワーを浴びてスッキリしたのはいいのだが、いつもは用意されているバスタオルがなかったのだ。


 楓がいなくなった途端これかと、自分に呆れながらも、バスタオルを探しにリビングに出た。そこでずぶ濡れの足はツルッと滑った。そのまま仰向けに倒れ込んで、後頭部を思い切り打ち付けたのだ。


 記憶が飛んで、次目を覚ましたときは、そこにはまどかの顔があった。凄い音がしたからと駆けつけてくれたのだ。楓が家を出てすぐだから、心配はなおさらだったとか。


 そうやって身支度を整えて、まどかの部屋を訪れると、そこには浮かんでいる心配は別物に。このように変わっているという有様であった。


「もうどちらが面倒を見る側だったのか、わかったものじゃないわね」


「……うぅ」


 将来の不安を詰め込まれた眼差しから、逃げるように顔を俯ける。そのまま現実からも逃げ出すように、ワイングラスの中身をグイっと呷った。


 それがなおさら、憐情を誘ってしまったらしい。


「そして昼間からやけ酒とか……あの椛も堕ちるところまで堕ちたわね」


「……や、やけ酒じゃないわよ」


「なら、これはなに酒なの?」


「新たな門出を願ったもの。祝杯よ、祝杯」


「……純度百パーセント?」


「きゅ、九十パーセントくらい……」


「本当に? 嘘偽りなく?」


「はち、な、……六十パーセント……」


「じゃあ改めて聞くけど、その六十と四十の想い、今日のお酒はどちらが本命?」


「……四十」


「やっぱりやけ酒じゃない」


 淡々と追い詰めてくるまどかに、いたたまれなくなってどんどん肩をすぼめていく。でもこちらもやられたままでは面白くないので、縮めていったものをこれでもかと解き放つ。


「べ、別にいいでしょう、今日くらいは! そりゃあ私が選んだ道だけど、その先にムカツク顔がそこにあるのは代わりないんだから! こういうときくらい、飲まなきゃやってられないわよ!」


「別に悪いとは言ってないわよ。ただ、やけ酒ならやけ酒らしく、自分の気持ちを誤魔化さないで、溜め込まないで、嫌なものは全部吐き出しちゃいなさいってこと」


 まどかは優しげに微笑んだ。


「辛いときはそうやって、わたしも椛に泣きついてきたんだから。最後までちゃんと付き合ってあげるから、わたしの前でくらいは素直になってくれてもいいのよ」


「うん……ありがとう」


 それが温かくて、ついその口元に釣られてしまった。


 まどかが現実を突きつけてきたのは、全部私のため。自分の感情を誤魔化したままでは、吐き出せるものも吐き出せない。今日やりたいことをしっかり自覚しろという、まどかなりの激励である。


 今日だって食べ物も飲み物も、全部用意してくれた。上げ膳据え膳で、私の新たな門出(やけざけ)に付き合ってくれる。


 本当に素晴らしい親友だ。


 常々思う。私は恵まれていると。


 生まれ持ったものだけではない。その先に築いた縁も、見渡す限り素晴らしいものばかり。全ては全て、綺麗な景色とは言わない。酷いものだってもちろんある。それでもこれだけのものを手にして恵まれていないと叫べるほど、タチの悪いつもりはない。


 あの顔だってムカツクけれど……結果論で見れば、決定的な不幸から掬い上げ、幸せを与えてくれたには変わらないのだ。そして私の大事なものを大事にしてくれているのはわかっている。


 でも形がろくでもないから、それを認めるのがシャクなのだ。だからせめて、それを口にしないのが、私なりの最後の抵抗だった。


 今日浮かべるはずの、信じられないものを見て驚く顔。せめてそれを見ることができれば、気持ちの慰めにはなっただろうが。それは私の楽しみではなく、楓だけの楽しみだ。


「あー、でも」


 まどかはそんな内心を知ってか知らずか。


「あの楓ちゃんも、次会うときは大人の階段を登った後か。もう子供扱いはできないのね」


「そういうことは言わないで! 考えないようにしてるんだから……」


 とことんまで目を逸らしている現実を突きつけてくる。

次話は23時に投稿します。

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百合の間に挟まるな! ~脅迫NTRもの展開を阻止した結果、百合の間に挟まれた件~
推しの百合営業系Vチューバーの間に男が挟まったばかりに、脳破壊された主人公が子供時代にタイムリープした話。
本編とその前日譚まで完結しておりますので、よろしければこちらもご一読ください。



コミック版が3月28日に発売、予約受付中!
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― 新着の感想 ―
[良い点] すいませんでしたッッ! 完結したと勘違いしてお恥ずかしいところをお見せしました// やっぱり、戦場に赴かずには終われませんよねっ! それはもう安心して、嬉しくて、自分の目から涙が出てきて…
[一言] 流石神童w 二人の人間を堕落に追い込んでるwww 一番最初に話が出た時は、融通はきかないけど才色兼備のイメージだったのになー(遠い目
[良い点] 新たな旅立ち。 [気になる点] 妹に先を越される姉の気持ち。 あれ?ひょっとして恋愛経験ゼロ?
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