07
予約投稿したつもりが、なっていなかったです。
昨日の失敗からなにも学ばない作者です、ごめんなさい。
両耳を塞いで、嫌だ嫌だとダダをこねる子供のように身悶えをする。
まどかは意地悪な継母のようにニマニマとしている。
「そもそも、いつまでも綺麗なままのほうが問題じゃない」
「わかってるけど……それと心がついてくるのは、別問題よ」
「椛もさ、可愛いペットとの将来じゃなくて、いい加減現実の男と向き合ったほうがいいわよ。一応、引く手数多なんだから。やったことで後悔するより、やらなかった後悔のほうがあれなんでしょ?」
「……それはわかってるけど、ピンと来る人がいないのよ」
「椛の場合は、理想が高いじゃなくて、理想がないのが問題よね。どんな人と付き合いたいとか、ないんでしょう?」
「そうね。いくら考えてみたけど思い浮かばないわ」
「理想がないなら、人生に必要なものから逆算してみたらどう?」
「必要なもの?」
「椛は将来、バリバリ働いて稼ぐタイプでしょう? ならいっそ外へ働きに出ず、家のことを全部やってくれる男の人を探すのよ。それこそ、楓ちゃんの男版がお似合いなんじゃない?」
楓の男版。
想像してみると、確かに悪くない。いいや、むしろ私の将来に最も必要かもしれない。
「確かにまだまだ、外聞は悪いかもしれないけど。それでも、人の見る目はいい方向へと時代は変わってきているもの」
「そうね……ちょっとその方向性で、探してみるのもいいかもしれないわね」
「うんうん。椛もそうやって前向きでいるんなら、こっちでも探しておくから」
「相手を探しておくって……あんたは私の母親かしら?」
「いいえ。親友よ」
「そうだったわね」
そうやって私たちはお互いの顔を見合わせて、笑いあった。
やっぱり、大事な人が側にいるのは素晴らしい。いつまでもこうしていたくなるほどに、楽しくて幸せな時間だ。
でも、親友はどこまでいっても親友だ。いつまでも都合よく、側にいてくれるわけではない。
まどかにはまどかの人生がある。大事な異性を見つけて、その先で幸せを育み、そして生み出し。新たな大事なもののために、その人生を費やす。
楓もそれも同じ。いくら愛しい家族でも、いつまでも一緒にいられない。姉妹はどこまでいっても姉妹に過ぎない。どちらか一方を背負うのではなく、支えあえる相手を見つけたのなら、その手をいつか離さなければならない。
だから私はこの手を離して、その背中を押したのだ。
大事な人たちはいるけれど、いつまでもその幸せだけを求めているわけにはいかない。人と人との間で生まれる幸せ。それをいつまでも隣に置きたいのなら、私もまた、人生を支えあえる相手を見つけねばならない。
そのためにもいい加減、まだ見ぬ恋と愛というものを見つけなければ。
「そういえば、あんたのほうは最近どうなの?」
ふと、気になって聞いてみた。
まどかと恋愛は、切っても切り離せないものだ。
五度目の失恋を迎えてから、その手の話はバッタリなくなっていた。
かといって、前のように片っ端からお試しで付き合うこともない。いたって健全な大学生活を送り、今は社会に出たくない一心で、大学院へと進んでいた。
するとまどかの頬は、蕩けたように緩んだのだ。
「ふっふっふ。実は新たな恋をしてから足掛け二年、ついに本物の愛を掴んだのよ」
よくぞ聞いてくれたと言うように胸を張ったのだ。
いきなりのカミングアウトに、大きく目を見開いた。
「あんた、いつの間に……」
「別に隠していたわけじゃないけどね。椛には楓ちゃんのことだけ、考えていてもらいたかったのよ」
「そう。……でもその分、どっと不安が押し寄せてきたわ」
恋をしてから足掛け二年。愛を掴んだということは、もう恋人にいたっているということだ。まどかの男運の悪さを考えると、忘れかけていた後頭部の痛みがぶり返してきた。
「わたしの黒歴史から見ると、今回は凄いわよ? なにせ付き合う前に何度もデートを重ねたけど、手を繋いだのは最近の話だもの」
「……嘘。あんた相手に、そんな我慢が利く男なんているの?」
「ま、相手は誰かと付き合うのは、わたしが初めてだから。奥手で純情で、あぁ……真っ赤な顔で『僕と付き合ってください』と言われたときは、胸がキュンキュンしたわ」
胸元で両手を組んだまどかの眼差しは、今はここではないものを見ている。幸せな過去に浸っているのだ。
デートを何回も重ねておいて、手を繋ぐようになったのは最近のこと。まどか相手にそこまで我慢が利く男がいるのかと。それはそれで驚いた。
でも、それが本当ならようやく私も安心できそうだ。
そこまで手順を踏んで、まどかを大切にできるのなら、きっとそれは本当の恋と愛であろう。
「そう。……そこまでしっかり時間をかけたなら、いいお付き合いなんでしょうね。手を繋ぐのにそんなにかかったんなら、次の道のりは大変そうね」
「まー、そこは……わたしの我慢が利かなかったから」
まどかはどこか開き直ったように言った。
「実は昨日家に呼んでいて、さっき帰ったところよ」
「……泊まったの?」
「ええ。蕩けそうになるほどいい夜だったわ。相手は初めてだったから――」
「あーあーあーあ! そういう生々しい話は聞きたくない!」
「椛……いい歳して、そういう話に免疫がないのはちょっとあれよ」
両耳を塞いで、私はわめきたてた。まどかはそんな私を見て、悪びれるどころか呆れたように息をついた。
そんな折り、家のチャイムが鳴った。
ビクリとしたのは、その来客が話の当事者だと思ったからだ。
ニマニマと私を見るまどかの顔が、それを確信へ導いた。
なにか忘れ物をしたのか、最初から紹介するつもりだったのか。
別にそれはいいのだが……まどかとそういうことをした直後の相手と、顔を合わせたくない気持ちが強かった。
それでもここは、まどかの親友として情けない姿を見せられない。
居住まいを正し、出迎えに行ったまどかを黙って待った。
和気あいあいとした音を耳にして、緊張の一瞬を迎える。
開かれたその扉に向かって、余所行きの笑顔を向けたのだが、
「え……」
意外な人物を目にして一瞬で崩れたのだ。
「明神さん?」
「久しぶりね、椛ちゃん」
かつてのバーテンダーの服ではない。シャツとスキニーパンツという、シンプルな装い。両手に紙袋を引きさげており、思い出したようにその一つをまどかに差し出した。
「これ、冷やしておいて頂戴。今日はそういう趣旨のようだから、色々と買ってきたわ」
「わー、ありがとうございます」
「こっちは生物だから、すぐに食べちゃいましょう」
キッチンへと引っ込んでいくまどか。その傍らで明神さんは、テーブルに袋の中身を広げていく。
お寿司だった。気品あるその使い捨て容器を見るに、この近隣で一番のお店のものだ。
「新たな門出だもの。こういうときはお寿司って決めているの」
「寿を司ったんですね」
「そういうことよ」
戻ってきたまどかに、明神さんはそう答えた。
腰を下ろした明神さんに、まどかがグラスを渡した。その中身を注いで、三人でいよいよテーブルを囲ったところで乾杯をしたのだ。
「乾杯!」
まどかと明神さんは陽気にグラスを交わしている。そこに遅れながらも合わせたことで、気持ちがようやく追いついてきた。
そもそも今回の件は、まどか伝えで、コンタクトを取ったのは私のほう。楓のやりたいことを伝えると快くいい返事をくれて、全てお膳立てしてくれたのだ。
だから明神さんがここにいていい人ではないと、驚いていたのではない。
「戻って来ていたんですか?」
お店を畳んで、あの男を引き連れ外国へ渡ったのだ。それが今ここにいることに驚いたのだ。
「元々ずっと向こうにいたわけじゃないの。こっちと向こうを行ったり来たり。先週あたりに戻って来たから、丁度いいってクルミちゃんに誘われたのよ」
「サプライズゲストよ」
聞いていないと目を向けると、得意げにくつくつとまどかは笑った。
まあ、悪いゲストではないのだからいいのだけど。
お礼を言うのなら、やはり本人を前にしたほうが気持ちいい。それをしようとすると、
「これで、本当によかったの?」
明神さんは上品な微笑みを向けてきた。浮かべられたそれは、どこかこちらを試すような色が滲んでいる。
なにがよかったのか。その意味はすぐに受け取れた。
悩むことも、逡巡する必要もなく、私はコクリと頷いた。
「はい。だって、物足りないって思ったんです」
「物足りない?」
「楓はこの上ない、綺麗な幸せを私に見せてくれました。たとえ一生隣にいなくても、お互いの想いが通じ合って、それで笑っていられるのなら、これ以上の幸せはないって」
「社会の示す、一番綺麗な想いの形ね。まさに欲から解脱した、悟りの境地だわ」
「ええ。そうやって欲すらも綺麗に昇華してしまったから、物足りないと感じたんです」
胸元に手を置いた。あのときポッカリと開いた穴を、思い出すかのように。
「想い合っている相手とは、やっぱり一緒にいたいじゃないですか。笑っている顔を見たい。笑っている声を聞きたい。その手を取って幸せを感じたい。私はそんな当たり前の幸せを、楓から貰っているから、その綺麗すぎる想いに満足がいかなかったんです」
「思っていたのと違ったのね」
「楓に綺麗なものを望みながら、いざ見せてもらったら『あ、これじゃない』って、感想を抱いてしまった。我ながらろくでもないですね」
嘆息と共に自嘲を吐き出し、やれやれとそんな自分に肩をすくめた。




