三人寄っては秋のクッキー
登場人物
私(霞原紗香)羽田猫子(友人)音花莉奈(生徒会執行部長)
ノラや、ノラや、そういって迷い猫を探す随筆をしたためたのはかつての百閒先生だったのだけど今や「雨音にゃ、雨音にゃ」と、生徒達に尋ね人を探しているのは茶色のくせ毛のある猫子だったから時の移ろいというものは不思議なものだな。
オレンジ色の夕空の中そんな風に思っていると、不思議なことなどなにもないのだよ、と言いたげな音花莉奈先輩が濱原高校の校門を背に腕を組んで私たちに向き直った。
「君たち、人を探すときはね、私たち生徒会は必ずある手を使うんだ」
それはそのはずで音先輩は執行部長だし、それこそ生徒達全員を治める長でもあるわけだから何かしらエキスパートで、うん、すごい術はあるはず。
「スマートフォンだよ。これぞ文明の利器。何、雨音君のラインは登録済みさ」
「あーずるいにゃ」ふくれっ面で猫子がそれを掴もうとするのをひょいと避けて、スマホの画面を掲げる音先輩のラインには「既読ついてないですよ」と指摘する。
「むー、何故だ」と音先輩は落胆してしまう。
しかしさすが執行部長でもある、うん、すぐに冷静になって状況を整理し始めた。
「まず一に、時雨の家にはまだ帰ってない。二に高校には戻っていない。三に消えてからかなり時間が経っている。四に、かと言って生徒を総動員させるわけにはいかない。私に権限はあるが、その手は使えない。五に、三人で探すには不確定要素が多すぎる……、手詰まりか」
「うーん」
私も唸ってしまう。
人の多い商店街を探すのはどうですか。どうかな、三人で探せるだろうか。家をたずねるにゃ。いや名家であるからそれはまずい。じゃあ探偵にたのんではどうでしょう。そんな予算はないのだよ。
私もいろいろと提案してみたものの、あっさり否定されてしまう。侃侃諤諤の議論というかほぼ意見も出尽くしてしまい、私たちのやりとりも息をひそめてしまう。
濱原高校の生徒がほぼ全員帰路についてるなか、三人寄って文殊の知恵を捻って時間ばかりが過ぎていった。
何もできないまま夕日も落ちかけていたし、太陽はオレンジ色というより半分夜の黒も混じって空の色は淡いブルーになっているようなそんな空だった。
「月がクッキーに見えるにゃ。星はミルクチョコレートにゃ」
猫子が言うのでもう一度仰ぐと星々が空というか宇宙の星きらめきが点々と広がっていて頭上をそそいでいたし、まーるい月が確かにクッキーに見える。綺麗な秋の夜空になっていて、もうそんな時間なのかと呆けていると、スマホで電話を終えたのか深刻そうな表情で音先輩が私たち二人の間に割って入るのであった。
「さて、君たちに重大な報告がある。このままだと捜索願を出さねばならない。まだ家に帰ってないそうだ」
そうだ。夜の帰らずのままだと時雨雨音の身に何かあったのか不安にさえ思えてくる。
「警察のお世話になったらいろいろと騒ぎも大きくなってしまう」
音先輩が物憂い様子で言った。
どうしたものかな、今一度考えを捻ろうかしら、情報も手掛かりもないならやっぱり灯台下暗しというし、私たちの濱原高校を探すべき……、考えてそれはあんまりにも確率的に低そうなので私は思いついたことを言ってみる。
「ここはひとつ、海老で鯛を釣りましょう」
「ほう」何だか神妙な様子で箱入り娘らしい声を出すので私は秋の寒さに身震いしつつ考案した作戦をつまびらかにする。
「確率ですが、ひみつをエサにしましょう」
音先輩が眉をひそめる。
「そのひみつとは?」
そう、私にとってはひみつは当然の如し。
「ひみつはひみつです」
時雨雨音は男の子であり女の子かもしれないのだった。
「わからんな。私は君にそのひみつを問いているのだが」
なかば禅問答のようなやり取りに、どっちつかずの猫子が「ひみつをにぎって雨音を脅すにゃ?」と疑問符つきで結論付けるので、まさにその通りなのだけど、時雨雨音が私のにらんでいる人物とは別人物だとすれば、徒労に終わってしまう。でも当たって砕けよ、やらないよりはマシだと思うので……。
「私が知っている人物だとすれば、先輩のラインに送れば一発です」
やれやれと音先輩が肩をすくめて念を押す。
「一発だな?」
ただしつきではあったが。そう、日記のあのひみつである。
「濱原神社です。そこにひみつがあると。そこで鯛を釣るんです」
「う」
うめきに近い声を吐いてみるみる青ざめていくのは音先輩であった。
「それしか手がないのなら、行くしかない……、しかし」
まずい、まずいと繰り返して、何か杞憂でもあるのだろうか、こちらが心配になってしまう。
煮え切らない様子の音先輩にちょっぴり寄り添ってから背中に手を添える。
「大丈夫ですか?」
「夜の神社はまずい……。しかし執行部長である私が同行せねば……」
聞こえすらしなかったのかぶつぶつ呟いてはいやいや、行かねば、と頭を振る音先輩に毅然としたいつもの態度はなくて珍しいもののかえって私たちの不安をあおるものだった。
はてな、浮かんだのはそれだった。どうにも様子がおかしく言い淀んでいる音先輩は神社へ行く案に対して賛同の意思はあるものの、二の足を踏んでいるようで考え込む彼女の険しい表情はまるでこれから戦にいこうとせん、女武将の井伊直虎ではあるけどただの神社を前にして恐れをなしている。ひょっとして。
「こわいんですか?」
「あ」
うん、怖いんだ。
終了条件未遂。