雨音の八卦
登場人物
私(霞原紗香) 岩島先生(担当教諭) 音花莉奈(生徒会執行部長)
岩といえば私の中では四谷怪談のお岩さんでものすごく怖いのであるけれど、その岩をもろともしない巨体が私たち2年D組の担当岩島先生であった。ただものすごく怖がりの先生でやっぱりお岩さんの怖さには勝てまい、ちょっとのことでびっくり大げさに反応するのだ。
「おおおおう!? なんだ霞原か。えっと……」
つごうとした二の句すら忘れてしまい、職員室のスツールの上でぽりぽりとこめかみ辺りを掻いている。私はたぶんお岩さんほど怖くないはずなのに、失礼でしょう、少し態度を崩して正気を確かめた。
「先生しっかりしてくださいよ。用事があるって言われて来たのですが」
天啓を得たのか、それとも我を取り戻したのか、ぽんと手のひらを拳で叩いて岩島先生は言う。
「転校生が」
が、と言ってまたあんぐり口をあけて、ゆっくりした動作でお茶をすすって汗を拭い始めるので、私は我慢、我慢、と自分に言い聞かせるしかなかった。
すると突然、あるいはゆっくり、背後で扉がすぅ~っと開いた。
あんまり急な出来事だったので私は「ひ」とお岩さんの幽霊を見た伊右衛門のように驚いてしまい岩島先生も「ひえええええ」とお茶をこぼしてしまう。真昼間のできごとであっても、私と岩島先生は手と手を合わせて肝試しに来たカップルが如し体同士密着してしまう始末だった。
幽霊ではなかった。
「一大事とは何でしょうか」
そこにおんわすは私たち生徒をまとめる生徒総会執行部長である、音花莉奈先輩で何よりも私たちの高校生活を守る象徴でもあった。音先輩は綺麗とだけ表現するにはあんまりにも失礼にあたるのかも。丁寧に梳かれた薄茶髪は長く、目鼻立ちは柔らかく整って、青く透き通っている瞳は雨粒のよう。あごのラインの曲線美と白さはとにかく天使の射る弓状にさえ思えて、その唇が動くたびに本当の天使に射られてしまい、心音がテンポよく高鳴っていくので思わず自分の胸に手を当ててしまう。
「霞原紗香君、君も呼ばれたのか」
名前を呼ばれてるのすら気づかなくて、上の空のはるか向こうの空模様で鮮やかに注がれる雨粒の虹色すら思い浮かべていて、なんだかきれいだなぁ、私も天使になってみたいなぁ、遠い空の上の雲を眺めているような気分に。
「霞原君」と肩を軽く叩かれ夢の世界から戻っていく。
「あっ、えっと、そうです」
「霞原君、大丈夫かい」そう笑ってからすぅ~っと息を吸って岩島先生の前で気をつけの姿勢を取る姿は絵にしたいくらいだった。それから私をちょっとだけ見て、ウィンクする。また心音が打楽器のように。絵画的な美しさを持つ人はいっぱいいるけれど、人を拒絶しない美しさをもつものは少ないので、何だか熱に浮かれた気分で岩島先生の前で気をつけをする。
「転校生が消えたってうかがったのですが」
音先輩が見下ろした先に尻もちを打っている岩島先生が咳払いしながら立ち上がるところで、転校生というまた謎めいた響きに私は胸が高鳴りついつい訊ねてしまう。
「転校生って誰でしょう」
咳というより噎せていると表現が正しいのか分からないけれども、岩島先生はやっと息を整えて立ちはだかる岩のように仁王立ちして私たち二人にある頼みごとをするのであった。
「時雨雨音が消えたというのでね。探してきてくれたまえ」
音先輩はそれを聞いてあごに手を添えて考える仕草をする。珍しく即答せず考え事をしているようだった。ゆっくりと考えてから先生に訊ねる。
「なるほど。雨音君に何か困ったことが?」
「わからんなぁあ」
あくびでもしそうな勢いで大きく口をあける岩島先生を見て私はたぶん目を輝かせていたように思う。謎、ミステリ、今にも雨が降り出しそうな物悲しい名前の子で、またいっそう深まる謎ばかりで私はむしろ喜んで手伝いたい気分だった。探偵小説ばかりこの頃読んでいたので、推理ならおまかせあれと心持ち鼻を高くして言う。
「何か手掛かりになるものはあるのでしょうか?」
岩島先生が答えたものは酷く私をがっかりさせるものだった。
「手がかりなどという大仰なものなんてないよ」
そう、事実は小説より奇なりとは言うけれど、事実は意外や単純たるものでありまして、単純なくせに曖昧なのだから当たるも八卦当たらぬも八卦というか、なんとなしに言ってみるのだった。
「男の子ですよね」
「そうだが、何故わかったんだ」
私の八卦が当たってしまった。
誰か岩島先生女にして百合にしてください




