出会
=教室戦争 Ⅱ=
「ふむ」
シャツは若干青がかっている。ネクタイは赤っぽい橙っぽい感じに藍色のストライプが斜めにかかっていて、ジャケットは青に近い緑。下も然り。
ダサい気がしないでもないが、私服登校の学校ではないので仕方がない。
もっとも、私服登校の場合俺のセンスが問われるわけで、そう考えると制服登校というのは一種の救いかもしれないとかなんとか考えながら初めて袖を通したその制服からは、真新しい布のにおいがした。
「兄さん遅いです。そろそろ家を出なければ遅刻してしまいます」
「おう」
中学の制服もブレザーらしい。俺としては中学生にはセーラー服を着て欲しかったのだが。
「何を言っているんですか。早く朝食を食べてしまって下さい」
俺は適当に返事をして我が妹お手製のトーストの目玉焼きのせケチャップがけを食べる事にした。
何故この妹は15歳になっても目玉焼きにケチャップをかけるクセが抜けないのか。そろそろ醤油かソースにかえても良い頃だと思っているのは俺と父さん共通の見解だろう
と、そこまで考えたところで
「…あれ、父さんは?まだ寝てるのか?」
「はい。昨日はお一人で片付けを頑張っていましたから。…誰かさんがすぐに寝てしまったせいで」
悪かったって。
しかし昨日は仕方なかったんだよ
「言い訳は求めていません。私はもう行きますのでお皿洗っといて下さいね」
「はいはい…」
そう言い放ち、牛乳を一気に喉に流し込んだ妹は、写真の中で笑い続ける自らの母親に「いってきます」と中学生らしさの残る笑顔を零して家を出た。
俺は一つ溜息をついた後に妹に命じられた皿洗いをほどなく遂げ、ソファにて眠りについている我が父親に起きろと一言言ってやろうかと思ったがこの父さんがここまで眠っているということは今日は仕事はないのだろうと踏んで、俺は無言のまま我が家を後にした。
「お、らぎやっと出てきた。急げ遅刻するぞ」
家を出ると咲晴が門の前で待っており、俺の左腕を掴みそのまま直進を……
「って何故お前がここに」
「んなことどうでもいいから早くしてよバス乗り遅れる」
どうやら思いも寄らぬ形で女子と一緒に通学することになったようだ。あとどうでもよくはないぞ咲晴。
この後変なラブコメ展開がなければいいが。俺はラブコメは苦手なんだよ。
とかなんとか考えている間にとりあえずバスには間に合ったようで、咲晴に引っ張られるようにして俺はバスの車内に乗り込んだ
「ほらやっぱ座れるとこないじゃんらぎのアホ」
何故アホ呼ばわりされねばならないのか。
「らぎが早く家出てきてくれれば座れたんだってばバカ」
バカでもアホでももうなんでも好きに呼んでくれ。
咲晴と中身のない会話をしていると、俺の目の前―正確には眼下―にいる女子高生が漫画のようにクスクスと笑い始めた。
普段の俺ならばこのわざとらしさにいらっときていたところだが、その女子高生は容姿からして「漫画のように」と形容しても問題はないような見た目をしていて
つまりはクスクスが似合っていたということさ。おさげに眼鏡というガリ勉ルックをしていてここまで可愛い子なんてそうそういないだろ?
「あれ、三好さんじゃん。おはよー」
隣から俺の眼下に向けて朝の挨拶が交わされた。
「…咲晴、知り合いか?」
「まぁね」
「おはよう五月さん。…あなたは……転校生、よね?おはよう。それと初めまして。五月さんのクラスメイトの鈴蘭といいます。」
なるほどクラスメイトか。
それにしても高校生同士でこの敬語って。
とりあえずここまで丁寧に挨拶されたらシカトするわけにはいかないよな。というかシカトする気は無かったのだが。とか誰に宛てた言い訳だかわからんが俺は頭の中でそう考えたあと、その女子高生に軽く会釈をした。
「三好さんうちのクラスの委員長なんだよ」
ほぉ。
そして何故お前が得意気にしているのか理由を聞こうか。
三好さんとやらと出会ってから十数分後にバスはとある県立高校の前で止まった。
―県立仙泉高校。「仙泉」とかいて「せんせん」と読むそうだ。
北海道にいるころにこの辺の地名について結構勉強したのだが、転校先の学校であるこの「仙泉」という地名は無かった。
県立だから地名から学校名をつけたのだろうと思ったが俺の考えは違っていたようだと思い知らされたのを覚えている。
それにしても大きい校舎だ。生徒数何人だっけな。
「下駄箱はこっち。上靴、ちゃんと持ってきたでしょ?」
「あたり前だ」
「だよね。…とりあえず、ここ空いてるから外靴置いとけば………っと、お、北町せんせー!おはよー!」
咲晴の性格は5年経った今でも変わっていないらしい。社交的で明るいなんて俺と正反対すぎて羨ましい限りだよ。
「こら五月。先生には敬語を使えといつも言ってるだろ。……ん?そっちは……」
「…あ、今日転校してきました…あの、…」
「霧ヶ崎くん!もー先生なんだからちゃんと知っててよ!」
「………!…あぁ…、…霧ヶ崎君か。北海道から転校してきた子…だっけか?」
「え、…はい」
俺が目をそらしつつ質問に応答すると北町先生と呼ばれた20代後半くらいの男性教師は「そうかそうか」と言いながら目の前の人見知りの男子高校生の頭を撫でた。
…頭触られるのは好きじゃないのだが。
「よし、五月は教室へ戻れ。霧ヶ崎は……とりあえず俺と一緒に職員室へ行こうか」
「はい」
「はーい。じゃあね、らぎ。また教室で」
教室でって。まだ同じクラスなのかもわからないのに。
咲晴は通学用と思われる鞄を背中の後ろで左右に揺らしながら階段を二段飛ばしで上っていった。
「…職員室の場所はわかるか?」
「あ、いえ…」
「そっか。じゃあ俺についてきて」
そして俺は北町先生に連れられ、学校の職員達の巣窟へと向かった。
校舎は内装外装ともに新品に近い感じがした。
というか、実際この校舎は出来て2,3年程度しか経っていないのだろう。学校の廊下の壁に必ずあると言っても良い落書きが全く見あたらない。
しかし代わりに、壁には何かで切ったような跡、床には数カ所焦げ跡がついている。なんだこれ。
「あの、先生…」
「さぁ着いたぞ。霧ヶ崎。」
なんだろう最近人の話を遮るのが流行っているんだろうか。俺が流行に乗り遅れているのだろうか。
嘆息しつつ俺は顔を上げた。
―すると。
「…………なんですか、これ…」
そこは職員室というにはあまりにも狭く、あまりにも質素だった。
その部屋に、職員はもちろん、机、椅子、窓すらもなく。
天井、床、壁、全てが白く染め上げられている。
しかしひとつだけ、異質なものが置いてあるのが見えた。
目の焦点があわなくなっている俺の横を、北町先生は何事も無いように通り過ぎ、その異質なもの―一辺が10センチ程の箱のようなもの―を持ち、俺の前に持ってきた。
「霧ヶ崎くん」
その箱の中には時計のようなものが入っていた。
先生はそれを取り出し、俺の腕につけながら、目の前の動揺しまくっている男子高校生に向かって、こう言った。
「君には基礎体力強化時間実験者になってもらう」




