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IronShell 白き灰のアイリス —自衛隊×AI×メカオタク。人類の反撃は一滴の洗剤から始まった—  作者: 須田唯屋
偵察 編

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013 廃墟

 『01より04 応答せよ』

 八代からの衛星無線が唐突に耳に届いた。

仙川は反射的に左手を耳のイヤーパッドにかけた。


「こちら04、感明よし!どうぞ」

『周辺状況はどうか』

「状況異常なし。任務続行の是非を問う」

『了解した。任務続行せよ。但し敵遭遇時は直ちに撤退、いいな」

「04了解。任務再開。移動します」


 短い通信の後、仙川は背伸びをした。

「さて、行くよ。佐倉くん、宜しくね」

「はい。お願いします」


 仙川はアクセルを踏み、ゆっくりと車両は走り出した。

車が1台も走っていない、広い片側2車線の道路を暫く進む。

道路の両脇の林を抜け、住宅街の街並みが見えてきた。


「住宅地に入ったけど、人気はないわね」

「仙川さん、その先の信号、右です」

「了解」


 偵察車両は交差点を右折し、ゆるやかな坂道に入った。

片側1車線の道路だが、路幅は広く取られており、坂に沿って段々畑のように住宅が建ち並んでいる。

たが、かつての美しい街並みはそこにはない。


 今は、巨大な獣の群れが無差別に蹂躙(じゅうりん)したようなひどい有様だった。

路傍にはミニバンや軽自動車が無惨に転がり、車のガラスはことごとく粉砕。

車内からチャイルドシートや買い物袋が引きずり出されて路上に散乱する有り様。

路上には無数の引っ掻(か)いたような傷跡と、ちぎれた衣服の切れ端や黒ずんで滲(にじ)んだ血の跡が点々と坂の上へ向かって続いていた。


 かつてはいくつもの世帯が暮らしていた家々。

門扉や玄関扉は引き裂かれ強引に押し通ったような跡が残り、部屋の窓はことごとく無惨に破られている。

その中で、引き裂かれたカーテンが無造作に風に揺られている。

屋根瓦は所々剥(は)げ落ち、巨大な何かの群れが残した爪痕がいくつも残されていた。


「ひどいわね」

「そうですね・・・あ・・・」


 カイは小さく声を上げ、目を背けた。

通り過ぎようとしていた潰れたミニバンの中に、大きな黒い塊があった。

塊は、血で黒く汚れた、人と思われる亡骸だった。

ほぼ人には見えなかったが、手足のような一部が見えたことで、初めてそれが人であったと判った。


「嫌なもの見ちゃったね、大丈夫?吐きそう?」

仙川がカイを見ると、前かがみになり、口を手で抑え必死に首を横に振っている。


 坂を上り切る手前で、仙川は車を停めた。

カイはシートベルトを外し車外に飛び出すと、アスファルトの上に這(は)いつくばって路上にぶちまけた。

アスファルトが熱を帯びて、ついた膝や掌が痛いほどだった。

それでも逆流は止まらず、胃液が鼻にまで上がってくる。

あまりの息苦しさから涙が溢(あふ)れた。


 仙川はマスクを付けて運転席から降りると、後部席から銃と背嚢《はいのう》を取り出して担ぎ、ゆっくりとカイに近付いた。

外はいつのまにか晴れ間が広がり、《《熱》》かった。

この時期なら湿気を含んだ不快な蒸し暑さのはずだが、路面は渇き、空気も乾いている。


 仙川はカイの傍で片膝をつき、カイの背中をゆっくりと摩《さす》った。

「我慢せず全部吐いちゃって。その方が楽になるから」


温かい手の感触がカイの背中で上下に動くのを感じる。

胃の中が空になってもなお嘔吐《えず》き続けていたが、だんだんと楽になってきた。


「ちょっと待って」

仙川は背嚢(はいのう)を下ろし、中をごそごそと探った。

背嚢(はいのう)から取り出されたのは、初めて倉庫で遭遇したときと同じウェットティッシュだった。

仙川は中から1枚つまみ出すと、アルミパウチごとカイに差し出した。


「ほら、これで顔拭いて」


カイはその1枚をつまんで受け取り、汚れた口元や鼻を拭いた。

アルミパウチの包装には「メイク落としシート」を書かれていた。


「ウェットティッシュじゃないんですね」


「はぁ?ウェットティッシュで顔拭いたら肌痛めるよ?」

仙川は呆(あき)れた声でカイを見た。

マスクでほぼ顔全体を覆っているせいか、表情は判らない。


「すいません、メイク落とし」


「あー気にしないで、これドーラン落とす仕事用。百均だし」

メイク落としを背嚢にしまうと、今度はオリーブ色のタオルを取り出した。


「すっきりした?はい、これ。使ったタオルは返さなくていいから」


 仙川はそう言うと背嚢を掴(つか)んで立ち上がった。

両膝をついていたカイも立ち上がったが、乾いた熱い空気に少し眩暈(めまい)がした。

いつの間にか雲は去り、青々とした空に照り付ける太陽が見えていた。


「大丈夫?」

「はい」

「異常なほど暑いわね。中に戻ろう」


 ふたりは再び、前へと進み始めた。

坂を上りきった交差点を左に曲がり、3階建てのアパートが立ち並ぶ団地の一角に出た。

誰もいない団地は、まるで時間が止まっているかのようだった。

昨日までは何十世帯もの家族の営み、生活の匂い、活発な子供の声が響いていたはずの空間。

今は全てのバルコニーの窓が抉《えぐ》られ、まるで巣穴という巣穴から獲物を根こそぎ奪いとったような有様。


 そんな中を、そろそろと1台の偵察車両が進んでいく。

住宅街を抜けたところに小さなコンビニがあったが、ガラス張りのファサードは完全に押し破られ、レジ袋や雑誌、スナック菓子は床一面に散乱し、踏み荒らされていた。


カイは《《見なくないものを見ないでいいように》》、まっすぐ前だけを見つめていた。

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