会った現実
会わなければ、壊れなかったかもしれない。
でも――
会わなければ、ずっと騙されたままだった。
真実は、優しくなんてない。
約束の日。
俺は、駅前のカフェで彼女を待っていた。
時計を見る。
約束の時間、5分前。
やけに心臓がうるさい。
来てほしいのか。
来てほしくないのか。
自分でも分からなかった。
「……はぁ」
深く息を吐く。
逃げようと思えば、まだ逃げられる。
でも。
それじゃ、何も終わらない。
何も変わらない。
だから――待った。
「玲央くん?」
その声で、全てが止まった。
顔を上げる。
そこにいたのは――
間違いなく、彼女だった。
「……来たんだ」
当たり前のことを、口にしてしまう。
「うん、来たよ」
少しだけ笑う。
その笑顔は、画面越しで見ていたものと同じで。
でも、どこか違って見えた。
「座っていい?」
「うん」
向かいの席に座る彼女。
距離は近いのに、妙に遠く感じる。
沈黙。
何を話せばいいのか、分からない。
先に口を開いたのは、彼女だった。
「なんか…変だね」
「そうだな」
「前は、こんな空気じゃなかったのに」
胸が、少し痛む。
それは、本当だったから。
でも。
もう、あの頃には戻れない。
「玲央くん」
名前を呼ばれる。
まっすぐ、見つめられる。
逃げ場がない。
「なんで最近、冷たいの?」
その問いに、少しだけ間が空いた。
そして――
「俺の方こそ、聞きたいことある」
初めてだった。
ちゃんと、踏み込んだのは。
彼女の表情が、ほんの少しだけ固まる。
「……なに?」
「SNS、やってないって言ってたよな」
空気が、止まる。
一瞬。
ほんの一瞬だけ――
彼女の目が揺れた。
「……やってないよ?」
でも、すぐに戻る。
その“速さ”が、答えだった。
「これでも?」
スマホを、テーブルの上に置く。
あの写真を表示したまま。
彼女の顔が、はっきりと写っている画面。
沈黙。
数秒。
いや、もっと長く感じた。
「……なにこれ」
小さな声。
でも。
「俺に聞くなよ」
自然と、言葉が出た。
初めてだった。
こんな言い方をしたのは。
「違うの」
すぐに返ってくる。
「これ、私じゃない」
――来た。
予想していた言葉。
でも。
「無理あるだろ」
即答だった。
「顔も名前も一緒で、違うは通らん」
彼女が、黙る。
その沈黙が、何よりの証拠だった。
「……なんで、こんなことしたんだよ」
声が、少し震える。
怒りか、悲しみか。
もう、自分でも分からなかった。
彼女は、俯いたまま。
しばらくして、ぽつりと呟いた。
「……だって」
小さな声。
「寂しかったんだもん」
その一言に、思考が止まる。
「は?」
思わず、声が出た。
「玲央くん、忙しいし…」
「だから、他の男と?」
言葉が、強くなる。
止められなかった。
「違う!」
彼女が顔を上げる。
目が、少し赤い。
「本気じゃないもん!」
――その瞬間。
何かが、完全に壊れた。
「……は?」
「遊びだよ」
平然と、言い切った。
「だって、玲央くんは特別だし」
「……」
言葉が、出なかった。
理解が、追いつかなかった。
「ちゃんと戻ってきてるじゃん、私」
笑おうとする彼女。
でも、その顔が――
どうしようもなく、気持ち悪く見えた。
「金もらって、他で遊んで、それで戻ってくるのが“特別”?」
静かに言った。
でも、自分でも分かるくらい、声は冷えていた。
彼女の表情が、固まる。
「違うって…」
「もういい」
その一言で、全部終わった。
椅子から立ち上がる。
「待って!」
腕を掴まれる。
その手を、振り払った。
「触んな」
低い声だった。
自分でも驚くくらい。
彼女の目が、見開かれる。
「俺、バカだったな」
小さく笑う。
「ほんとに」
もう一度、彼女を見る。
そこにいたのは――
好きだった“彼女”じゃなかった。
ただの、知らない人だった。
「もう連絡しなくていい」
それだけ言って、背を向ける。
呼び止める声は、聞こえていた。
でも、振り返らなかった。
一度でも振り返ったら――
また、戻ってしまいそうだったから。
外に出る。
空気が、やけに冷たかった。
「……終わったか」
そう呟いた瞬間。
胸の奥が、じんわりと痛んだ。
でも。
それ以上に――
少しだけ、軽くなった気がした。
壊れる時は、一瞬だ。
でも、その一瞬のために、
人は長い時間をかけてしまう。
失ったものは大きい。
でも――
気づけたことも、確かにある。
次回。
「終わったはずの関係」が、もう一度動き出す。
本当に終わりなのか。
それとも――まだ続くのか。




