近づく距離と、埋まらない隙間
ネット越しの関係は、距離が近いようで遠い。
でも、その曖昧さが心地よく感じてしまうこともある。
この時の俺は、まだ“違和感”に気づいていなかった。
彼女と出会ってから、俺の生活は少しずつ変わっていった。
仕事が終わると、真っ先にスマホを開く。
通知が来ているか確認するのが、いつの間にか日課になっていた。
『おつかれさま〜!今日はどうだった?』
その一言だけで、疲れが少し軽くなる気がした。
最初はただの雑談だった。
好きな食べ物、休日の過ごし方、昔の話。
画面の向こうの彼女は、俺の話をちゃんと聞いてくれた。
それだけで、嬉しかった。
気づけば、毎日通話するようになっていた。
「声、落ち着くね」
そう言われた時、少しだけ誇らしかった。
現実では誰にも言われたことのない言葉だったからだ。
彼女の声は、少し高くて、優しくて。
どこか守ってあげたくなるような、そんな声だった。
「ねえ、今度さ…もっと長く話さない?」
そう言われた日から、通話時間はどんどん伸びていった。
気づけば、寝落ちするまで繋いでいる日も増えていた。
――まるで、本当の恋人みたいだった。
ある日、彼女がぽつりと呟いた。
「最近ちょっと体調悪くてさ…」
心配になった俺は、すぐに聞き返した。
「大丈夫?病院行った?」
「うーん…行きたいけど、お金ちょっと厳しくて…」
その言葉に、胸が締め付けられた。
助けたい。
そう思うのは、自然なことだった。
「少しなら、俺出すよ」
気づけば、そう言っていた。
彼女は少し間を置いてから、こう言った。
「え、いいの…?そんなの悪いよ」
「大丈夫。無理してるわけじゃないし」
本当は、少し無理していた。
でも、それでもよかった。
彼女が安心するなら、それでいいと思った。
「ありがとう…ほんと優しいね」
その言葉だけで、救われた気がした。
その日、俺は彼女にお金を送った。
たった数千円。
でも、それが“最初”だった。
その後も、彼女は時々こう言うようになった。
「今月ちょっとピンチでさ…」
「携帯止まりそうで…」
「会いたいけど、交通費が…」
その度に、俺は悩んだ。
でも――
『頼れるの、〇〇くんだけなんだ』
そう言われると、断れなかった。
嬉しかったんだと思う。
誰かに必要とされることが。
現実では感じられなかった“存在価値”を、
彼女がくれている気がしたから。
だけど、その頃から少しずつ、違和感も生まれていた。
彼女は、決して顔を見せようとしなかった。
「今ちょっと部屋汚くてさ〜」
「カメラ壊れてて…」
理由は毎回違った。
でも、深くは聞かなかった。
聞いたら、壊れてしまいそうで怖かったから。
俺はただ、信じることを選んだ。
――いや、信じたかっただけなのかもしれない。
少しずつ距離は縮まっていく。
でも同時に、見えない“隙間”も広がっていく。
その違和感に気づいた時、
もう戻れなくなっていることもある。




