おまけ
『拝啓 カイル・ハウゼル殿
お元気かしら? カイルが王都を去ってから、もう半年経ちます。こちらは秋になり始めたのに、そちらはまだまだ暑いそうですね。
不思議なもので、わたしはあなたが王宮からいなくなることがあんなにも怖かったのに、今はかえって慎重に、落ち着いてものを考えられるようになりました。女王としての自覚がようやく出てきたのかもしれません。
信じられないかもしれないけれど、どうか、王宮のことはあまり心配しないで。
それと、これは内々な話ですが、バーティクス侯爵家のハワード様との婚約が決まりそうです。男性を思う男性の気持ちを知りたくてお話相手になってもらっていましたが、なんと、彼は男性とも女性とも恋愛なさる方だそうです! ちょっと軽薄なところもあるけれど、正直で良い方で、何より、わたしを『今まで遊んだ誰とも比べ物にならない聖女』なんて褒めてくれるのです。面白い人でしょ?
誰にも、唯一無二だったあなたの代わりは務まらないけれど、みんながわたしを支えてくれるから、きっとよい治世にしてみます。
安心して見ていてね。
あなたの愛する人と一緒に。
あなたのことが大好きな友人より』
「……男の趣味が、壊滅的……!!」
夜になって、ようやく涼しい風が吹き込むようになった、海を臨む屋敷の寝室。
書き物机に手紙を広げ、頭を抱えるカイルに、寝台で寝そべって本を読んでいたルディウスが視線も寄越さずに尋ねる。
「王宮からか?」
「……陛下だ」
「別れたのに仲いいな」
「優しい人だから」
「おまえが相手なのに」
「その喉、不要なようだな。……欠点なんて、探すほうが難しい女性だよ。醜聞なんかふさわしくない……」
ペンを取ったカイルは、ハァー……と深くため息を付いた。
「でも女性だったから……」
「……そこは相手もだが、おまえにも、どうしようもないところだろ」
返信を書くのを諦めて寝台に乗り上げたカイルは、「もう寝ろ、明日潜水訓練だろ」と言って、サイドテーブルのランプに手を伸ばした。
――ふと、その手が止まる。往生際悪く、最後の一行を目で追っていたルディウスの方を振り向く。
「……王宮、で思い出したんだが。あの、髪をかきあげて大げさにため息つくやつ、ちょっとやって見せてくれないか。前に貴婦人たちの前でやっていた」
ルディウスの目がカイルに向いた。二人の視線が交わる。
「…………おまえさぁ」
「いや絶対に私がやったほうが様になるとは思うんだが。一回だけ。とりあえず一回」
「…………」
「なんだその目は。勘違いするなよ紙より脆い貞操観念のくせに」
「あ?」
「誰でもいいんだからそうだろう」
「は?」
「……そうだろうが?」
「…………ちょっと立ちな」
寝台がきしんだ。
互いに、殺気立って睨み合う。
相変わらず、まだ言っていないらしい。
どっちも。
『追伸。
本当は、みんな少し寂しいの。あなたとあなたの大切な人さえよかったら、いつでも王都に帰ってきてね』
おしまい