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滑る体、落ちる小瓶

「……先生?」


 耳をつんざく風の中。

 ゴーランの目はどこか揺らいでいた。

 直後、視線がふっと逸らされる。


 短い沈黙が俺たちの間に流れた。

 風の音が一瞬だけ弱まったその時だ。


 ゴーランは真一文字に結んでいた口が緩み、たった一言、その名を呼んだ。


 低く、しかし覚悟を決めた落ち着いた声だった。


「ビルアノ」


 白いレッドドラゴンのビルアノは息を吸う。

 機械で出来た片方の羽がギシリと音を立てた。


「っグラフォ! 逃げ切るっ!」


 吐き出される炎の熱気が頭上をすり抜ける。


 炎の真下に隠れ、速度を落とす。

 ビルアノの体の下を潜り抜ける。


 背後を取った——俺たちはビルアノの陰へと潜り込む。


 ゴーランが警戒しながら、周囲を見渡している。


 このまま死角を飛行して、逃げ切る。


 小さい体を利用して隠れられそうな雲は無いだろうか。無ければ上空か真下を飛行して、と考えていると、どくりと心臓が強く跳ねた。


 心臓の音が段々と感覚が狭まっていく。そろそろ制限時間だ。チーサクナールの小瓶を取り出し、それに口をつけようとした瞬間の事だった。


 景色が一瞬、引き延ばされたように歪む。


「っ!? は!?」


 いや、違う——俺だけが前に吹っ飛ばされた。


 間違いない、時が止まっている。


 目の前に迫り来る金属の羽にしがみつく。


「ぐっ、うおおッ!」


 掴んだ直後に時間が動き出す。

 チーサクナールは落下し、グラフォは俺が突然移動したことに鳴き声をあげた。


 時が止まったのは、ほんの一瞬だけらしい。


 落ちずに済んだと一息つく。


 だが、それも束の間——冷たい風が一気に増える。


 俺の体が元のサイズへと大きくなった。


 金属の羽が一気に重くなったからだろう。

 ビルアノが驚いて羽ばたきを強める。


「悪い! ちょっと乗せてくれ!」


 ゴーランも俺がしがみついていることに気づき、驚いた声を上げる。


 ビルアノたちは俺を振り落とそうと、荒っぽい飛行を始める。しがみつくので精一杯だ。


「っアール! さっきのノヴァだよな!? 何があった!」


 少しの沈黙ののち、いつもより少し早口でアールから返事がきた。


『——ノヴァから伝言、「ゴミ掃除に少し手間取った」。気にするな』


 なるほど、ゴミ掃除で時間を停止させたと。


「何してんの?!」

『レストはソル回収に集中しろ』

「くそっ、後で聞くからな!」

『時間があればな』


 そんな風に不穏な台詞をアールは告げたのだった。


 ***


 ——その"掃除"の最中の本部では。


 本部オフィス内はあちこちが黒焦げで破壊されていた。

 ノヴァは服を叩いて埃を払う。


「それで、フラフとかいうものか」


 イエス、と目の前で光の文字が浮かび上がる。


 アールの文字によると。

 この本部に設置されている人工知能フラフは巨大な浮島であるフューシャデイジーの平衡を制御していること。

 そのフラフが今現在機能していないということ。


 ノヴァはアールの文字を見た後、上を見上げる。穴の空いた天井越しに、大きくひしゃげた装置が落ちかかっていた。


 その装置には、"フラフ"と書かれており、中身が抜かれて空っぽになっていた。


「その中身を抜いて逃げた女を知っておる」


 ノヴァが目線を外へやる。

 崩れた壁から覗くのは、町の中心地だった。


 ***


 そして一方、町の中心にある転移陣施設にて。


 ドラゴンレースの会場に人が集中しているため、ここはいつも以上に人が閑散としている。


 しかし、それぞれの不安なざわめきが周囲の空気に大きく伝播していた。


「駄目だな、ここも壊れてる」


 屈んで転移陣を撫でているのはスワンだ。

 そんなスワンの目の前で光の文字が浮かび上がる。


「"糸目の女を捕まえろ"? 次はこれか。全く……人使いが荒い」


 スワンは、ふぅ、と息を吐いて立ち上がる。


「ドラゴンレース中だというのに厄介事か……レストは無事だろうか」


 スワンは曇る空を心配そうに見上げた。


 ***


 金属の羽は軋み音を上げる。

 掴む手に、氷のような冷たさが食い込んだ。


 上下左右にもみくちゃになりながらも、雲の中へ突っ込んでいく。


「先生! 何かあったんだろ!」

「レストくんには……関係無いよ、ビルアノ」


 ビルアノは不安気な鳴き声を上げる。

 一拍置いて、ビルアノは捻れながら飛行する。


 羽から大きく浮かぶ体。どうにか足を伸ばし、金属の羽に引っ掛け耐え凌ぐ。


「先生っ……!」

「……そう、そうさ。ドラゴンレースに、危険は……つきものなのだから」


 まるで自分に言い聞かせるようにゴーランは呟いた。

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