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星の指令:全てのソルを奪取せよ

 ドラゴンポートの周囲は早朝から賑わっていた。それもそのはず。ドラゴンレースが始まれば選手達の勇士を一目見ようと老若男女が押し寄せるのだから。


 そして押し寄せる多くの観客を目当てに、ドラゴン関連のグッズ販売や食欲をそそられる軽食を扱う屋台が立ち並ぶ。


 ここ、まんじゅう屋もその一つだ。


「お姉さん、いっこください!」


 少年の声にその屋台の店員であるスワンは微笑む。


「はーい、少し待ってね」


 包み紙から覗く湯気とまんじゅうに目を輝かせる少年へ、スワンは声をかける。


「君もレースを観に来たのかい?」

「そうだよ! 近くに住んでて、毎年みに来てるんだ! レディ・レッドがビューンって先頭を飛んでくのすっごくカッコイイんだよー!」

「へぇそっかそっかぁ」

「おねえさんは、どの選手が好き?」

「そうだね……とっても小さいけれど、とっても速い鳥さんに乗る選手だなぁ」

「…………鳥さん?」


 ちいさな少年は目をぱちくりとしながら、首を傾げた。


 ***


 ……。


 ……頬を流れる風が徐々に熱く、そして乾燥してくる。


 風の動きは燃える浮島へ、追い風のまま上昇気流を駆使して進む。フューシャデイジーを出てひとつ目、燃え盛る浮島


 周囲の選手たちは風向きなんてお構い無し、相棒ドラゴンの力強い羽ばたきで前へと進む。

 俺とグラフォは乱れた風に近づかないように——

 

「——レスト」


 名前を呼ばれた気がして瞼を開く。視界に広がるのはドラゴンポートの真横にあるエリア。周囲には選手たちが同じく準備を進めており、ピリピリした空気がずっと漂っていた。


 そんな空気を気にもしない様子でアールがきていた。手に持つ何かを投げてはキャッチして遊んでいる。


「集中してるとこ悪いナ。仕上がったゾ」


 ほらヨ、と投げ渡してきたのは圧縮浮袋。ベクターとイースの改造バージョンだ。


「おお、ありがとう。流石イース、早いな」

「肌身離さず持ってろ、だとヨ」

「了解」


 受付時に受け取った浮袋のまま持ってたらとんでもないことになる。なんせ俺が小さくなったら、巨大な浮袋に押しつぶされるからな。


 アールは俺の持っていたメモに気づき、面白そうに顎でしゃくる。


「これか? 必要な物を紙に書き出したんだ。声に出してチェックすると良いんだってさ」

「ふうン」


 紙に書いて声に出すこと。これはゴーラン先生からのアドバイスだ。

 アールは目を細めてメモを眺める。


 メモに書かれているのは、レース用の特製チーサクナール、魔石、イースから借りたゴーグルと冷却魔術付き外套などなど。


 ちなみに、まんじゅうは必須である。


『ねーねーねー、レスト』


 ぶわり、と熱くない炎が広がり主張した。発生源は置かれた持ち物の辺りからである。


「イノ。もしかして何か足りなかったか?」


 持ち物と並べて置かれているのはイノの精霊石だ。

 そこから細い炎が吹き出し、タブレット携帯ケースを指し示した。


『おまけで貰ったこのドーピングタブレットって規則違反じゃないの?』


 あぁ、このタブレットはチーサクナールを大量購入した時にベクターからおまけで貰ったものだったな。


「それか……名前は酷いけど、ただの塩分とミネラル入りのタブレットだってさ。……名前が酷いけど」

『ややこしっ! チーサクナールの方がよっぽどドーピングじゃない』


 イノがペンを取り出し、ケースに何やら落書きを始めた。


「一応、チーサクナールでの参加は事前に許可貰ったぞ。何度も聞き直されて説明が大変だったな」


 運営からは「そんな無茶苦茶な選手がいる事を想定していなかった」という回答だった。すぐに了承を得られたのは、恐らくパージュ経由で俺の身元が丸わかりだったからだろう。


 けれど、身元がどうだとか、勇者パーティーだとかじゃなくてもいずれ許可はおりていただろうと聞いた。

 ベクター曰く、ドラゴンレースに規則などあって無いようなものだ。らしい。


『ま、ルール無用のレースだもんね。毎年死傷者が出てるし。でーきた!』


 ケースには可愛い装飾イラストの真ん中に"アンチ"ドーピングタブレットと書かれている。手書きのアンチがいい味を出している。


 グラフォはといえば、不思議そうにイノの炎を啄んでいる。熱くない炎だもんな。今は周囲を燃やさないようにコントロールしてくれているけれど、鉄くらいは簡単に溶かせるらしい。


 アールが見終わったメモを俺に返しながらも、俺の頭のてっぺんから足の先まで全身くまなく見つつ聞いてくる。


「で、レスト。今日の調子はどうダ?」

「おう、今ならパージュにだって負ける気がしないな!」


 しかし俺の返事はアールには気に入らなかったらしい。


 アールは口を引き締め、目を閉じる。


「願いを知りたい気持ちは分かル、が」


 アールが鎧の右腕を伸ばし、指先で俺に上を向かせる。

 顎の下がひやりと冷たく感じた。


 逃さないと言われるように、強制的に視線を合わせられる。


『成すべき事を忘れるな』


 覗き込まれたその瞳は底が見えなかった。まるで突然暗闇に放り出されたような感覚だった。

 

『これは星の指令だ』


 頭に響く声は、


『拒絶も失敗も許されない』


 異質な"重み"を脳に焼き付けた。


「良いナ?」


 ——いつの間にか、いつも通りのアールに戻っている。


 俺は無意識に止めていた息を吐く。


「…………分かったよ」


 アールは軽く言うが、やるしかない事は理解した。させられた、が正しいか。


 星の指令か……あの時の、ふたりきりでの秘密の話を鮮明に思い出す。


 ***


 衝撃的なコース発表の直後の事だ。


 鬼気迫るイース、酒気ゼロのスワン、写真選別中のノヴァ、騒ぎを聞きつけ笑い転げるイノ、と非常に賑やかな店内を後にして、俺はアールに連れられ部屋へ向かった。


 アールの部屋に入って早々、俺は疑問をぶつけてみた。


「みんなに聞かれちゃマズイ内容なのか?」

「間違いなくナ。レスト、ソルは知ってるナ?」

「ソル? 確か、各浮島に設置された魔術の光が"ソル"だよな。レースじゃ各浮島分を全部集めてゴールしなきゃ失格するってやつ。練習の時は綿毛で代用したけどさ」


 "ソル"はドラゴンレースの起源となる伝説由来の単語だ。


 伝説ではこの世に存在しない場所である"魂が還る海"がある。魂や記憶やチカラが混ざり合い、沈んだり浮かんだりしている不思議な海だ。


 そんな摩訶不思議な海で、主人公の男とドラゴンは勇気、助言、そしてほんの少しのチカラを受け取り、現世に戻るのだ。


 受け取ったそれらを"ソル"と呼ぶ。


「そのソルがどうしたんだ?」


 俺の回答を聞いたアールは満足そうに頷いた。


「任務ダ。ソルを全て奪エ」

「そりゃ各浮島の分を全部取らないと失格だぞ?」

「全てと言っただロ」

「…………まさか、レースに準備されたソル全てをか?」


 つまり参加する選手……全員分?


「ウム、他の選手の分まで全てダ」

「完全にレース妨害行為だろ!?」

「過去にもしていた選手は居るゾ?」

「そういう問題じゃなくて?! 何で全部取るんだよ?!」


 アールは椅子にふんぞり返り、頬杖をついた。


「詳細は省ク。やレ」

「いやいやいや、やれったって……」

「これはボクの救世主としての仕事に関わル。つまり、レストの協力者としての仕事でもある。——星の指令ダ。全てのソルを奪取せヨ」


 アールから有無を言わさぬ圧を感じ、俺は渋々頷いた。押し切られた気もする。


「でもさ、説明くらいしてくれたって良いだろ?」

「パージュに覗かれるとややこしいんダ」

「なんだそれ」


 何故この話にパージュが関係するのかは分からない。ただただアールからは、ソルを全て集めろ、という指令が俺に下ったことは理解したのであった。


 ***


 そろそろ他の選手たちも準備やウォーミングアップを完了しているようだった。


 闘争心、高揚感、それに自信、それらが鋭い眼差しや熱気をつくりだしている。


 緊張、不安、それに恐怖、それらが滲む汗と仕草に現れ、各々が探り合いを始めていた。


 そんな張り詰めたような空気の中、周囲を見渡せば俺ひとりじゃ太刀打ち出来ないようなドラゴンだらけだった。


 そいつらからソルを全て奪えと。


「アールの奴、簡単に言ってくれるなよな……!」


 だが、俺の体は期待と興奮で震えている。

 他の選手たちの熱気に当てられて、見たこともないドラゴンに囲まれて、興奮しているのもあるのかもしれない。でもそれだけじゃない。


「グラフォ」


 きょとんとした表情で振り返るグラフォはいつも通りだ。

 踏み潰されればひとたまり無い圧倒的な存在に囲まれていても、動じていない。これまでもそうだった。それで良い、それが良い。俺のグラフォは最高だ。


「俺たちが勝つぞ」


 俺の決意に対し、グラフォはいつも通り、なんて事ないように呼応した。

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