勝つために
落としたなんて言えばベクターにどんな反応をされるのだろうか。
「わざとじゃなかったんだよ……見てたろ?」
俺を中心にとぐろを巻くドラゴンに語りかける。青白く美しいドラゴン、ヴォイドウィスパーと呼ばれる非常に珍しい種のドラゴンだ。
「——ォォオオオ……?」
空を見上げていたドラゴンは俺を見下ろす。
あぁ、とても美しい。吸い込まれるような煌めく瞳を見れば徐々に心が癒されていく。
しかも俺が話しかけたらちゃんと俺を見てくれるんだな。
「ありがとう……メロディ」
メロディという名もこの美しいドラゴンにぴったりだ。
名前を呼ばれたメロディは瞼を閉じて羽をゆっくりと畳む。
八枚のそれぞれの羽も可愛らしくて美しい。羽には細かいギザギザがあり、飛行時の音を抑える機能性もある。
つるりとした鱗を撫でると低い笛の音のような音がした。
穏やかで優しい音だった。慰めてくれるのだろうか? なんて優しい子なんだろう。ちょっと涙が出て来た。
あぐらの上で眠るグラフォを起こさないようにしつつ、メロディを撫でる。
背後の方から刺すような鋭い目付きを向けてくる銀髪の騎士なんて見えてはいけない。この幸せ空間にはいないのだ。
しばらくすると、赤髪の筋肉質な騎士、ガンドールがやってくるのが見えた。落下していた人物たちとの話が終わったらしい。
「シルバ、お前にしちゃ珍しい。メロディに触れさせてやってんのか」
「今にも死にそうな顔で頼まれて仕方なく。……メロディ……"嫌なら突き落とせ"と言ったのに。どうしてあんな奴を」
「ははっ、メロディが良いってんなら見守るのも相棒の役目だろ? 俺たちはドラゴンと支配関係じゃない」
「分かってる。俺たちは、「竜と共に在る」」
二人の声が重なった。
ガンドールはニカっと笑っていた。
「あっはっはっ!」
「……いちいち被せてくるんじゃない」
少し不機嫌そうなシルバの背をガンドールは励ますように叩く。その後、俺の方にやって来た。
「おぉい! そこのお前!」
「メロディ、写真撮っても良……え、俺?」
「おぉ見てたぞ、お前面白い飛び方してたよな! こーんなにちんまくなってソイツに乗ってたろ?」
ガンドール・スカーレット。
少し長めの赤髪を後ろでひとつにまとめており、サイドにある編み込みの三つ編みが特徴の男だ。
ガンドールの整った顔と肉体美、そして相棒のレディ・レッドの速さと力強さは見るもの全てを熱狂させる。
今では世間で知らない者は居ないとさえ言われるほどの有名人。こないだなんかは、今年のレースの優勝最有力候補としてインタビュー付き特集記事が掲載されていた。
記事を読んだが、彼の親兄弟は皆が竜騎士なのだという。めちゃくちゃ羨ましい環境だ。記事の写真にはスカーレット一家に加えてドラゴン大集合で非常に興奮した。
そうだ、忘れないうちに……。
「初めましてサイン下さい」
「ははは、用意が良いな」
ガンドールは色紙とペンを慣れた手つきで受け取り、色紙へと滑らかに走らせる。
「ところでさ、俺を見てたって、グラフォに乗って飛んでるところが見えたのか?」
「あぁ、目が良いのが自慢でな。変なの見つけちまって目ん玉ひん剥いたぜ! あっはっは!」
ガンドールは大笑いしている。
確かに変だよなぁ、普通は自分が小さくなって飛ぶなんて考えないだろうし。
「いやぁ、にしても魔族じゃなくて良かったぜ! 危うく引き金を引きかけた!」
「え、俺ギリギリで助かってたのか??」
「あっはっはっ! まぁまぁ。こんな時期に飛んでたって事はレース参加者だよな?」
「あぁ、今日も訓練しててさ」
「そうか、さっきみたいな事故はよくある。寧ろ当日の方が荒れるな」
ガンドールは笑顔から一変、真剣な眼差しを向けてきた。
「お節介かもしれねぇが……緊急時、メカニックが滞在する浮島まで持つのか?」
彼は本気で俺の事を心配してくれている。
それもそうだろう。俺が墜落したって、小さすぎて誰にも気付かれない可能性の方が高いのだ。
自力でなんとかするしかないのである。
「冷静に対処すれば大丈夫だ」
「なら良かった」
今回のような件であれば落下対象をきちんと見て対応出来れば問題は無い。
俺が落ちる分には問題無いし、グラフォに何かあった時には非常用の圧縮浮袋でグラフォを浮かせられる。
後は……攻撃の引き金を引かれた時の為に防御の魔術を使えるように練習しなきゃな。
「事故の際の対処も大切だけどさ、優勝する為に足りないものを今必死で引っ掻き集めてるよ」
「ほう」
安堵の笑みを浮かべていたガンドールだったが、優勝する、という一言を発した途端、好戦的で楽しそうな雰囲気に変化した。
そして、その一言に反応したのはガンドールだけでは無かった。
「メロディ、俺とデュエットしよう。——今度こそ俺たちが優勝するんだ」
低い笛のような鳴き声でシルバに返事をするメロディ。そのまま俺から離れ、シルバの元へ向かって彼の手に頬を擦りつけた。
物凄く羨ましい。
「あぁ、レディと飛びたくなってきちまった」
ガンドールは力強く指笛を吹き、近くを飛んでいたレディ・レッドを呼ぶ。
彼は現れた巨大なレッドドラゴンに飛び乗り、俺へと振り返る。
「それじゃあレース当日。空の先で待ってるぜ」
「あぁ」
シルバとガンドール達は空に飛び去って行った。勝ちを譲る気はさらさら無いといったところだろう。
「望むところだ」
***
ひと気の無い小さな浮島にて、パージュ・テレスがカーシャルシアに背を預けながら、デバイスを掲げてある資料を確認していた。
「"祭日、愚かな羽虫は、全てあの世へ堕ちる"か」
そんなパージュの元へとひとりのアンドロイド、マースワントが歩み寄る。
「どこからどう見ても魔族からの殺害予告だな」
パージュは手元のデバイスを指で叩いてマースワントに示す。
「で、その疑いの魔族に殺されかかった身として、本当に当日は飛べるのか? こちらとしちゃ、メカニックとして滞在でも良いってのに」
「あぁ飛ぶ。俺は飛べる。……テスの為に」
「そうかい」
パージュは胸焼けしたような表情でカーシャルシアを撫で、手元の資料を何度も読み返していたのだった。




