訓練に事故はつきもの
グラフォの大きな身に頭を埋め、俺はグラフォと空を降りる。
どくり、心臓の音が大きく聞こえる。
「っ、はぁ……!」
滝のように流れる汗と体にこもった熱を吹き飛ばすような風が吹いている。
グラフォから転がるように降りる。途端に薬の効果が切れ、俺の体が大きくなる。
「間に、合った……!」
目元のゴーグルを引ったくって外すと、汗がボタボタと溢れ、地面に染みが出来上がる。
さっきまで飛んでいた空を見上げれば、眩しさに目が細まる。
太陽がこんなに眩しいものだったのか。イースから借りたゴーグルがあるのと無いのとで段違いだ。
「はっ……はぁっ……」
少し息を整え、腰のポーチからチーサクナールの小瓶を取り出して呷った。これで連続三本目か。
二本でも連続で飲み続けると本当に死にそうな程キツかった。あとこの一本くらいで今日の練習は終わりだな。
遠目からイースがこちらに向かってきているのが見えた。
「レスト、今回のは具合どないよー!」
「んぐ、ふぅ……悪くなさそうだ! あと一回だけ飛ぶ!」
グラフォは翼を大きく広げて今にも飛びたそうに俺を見る。
その翼には超絶格好良い鎧が装着されている。それはもうずっと見てたいくらいに。
初めは鎧に違和感を抱いていたグラフォだったが、今回の改良版は良い具合らしい。鎧の構造全て覚えるくらいに改良を重ねた甲斐があった。なんせこの鎧、最終的に重さは羽根一枚分なのだ。それにドラゴンブレスまで防げるようになったんだぞ。あちこちに自慢してまわりたい。
どくり、と薬の効果で心臓が脈打ち、視界が縮む。体が縮む時、未だに変な感覚で全く慣れやしない。
縮んだ直後は手足が動く事を確認する。よし、問題無し。
俺はグラフォに飛び乗り、その翼に装着された格好良い鎧をぽんぽんと軽く叩く。
「行こう。グラフォ」
あとは、誰よりも早く飛ぶだけだ。
***
飛び方はゴーランから教えて貰った。
俺がグラフォと飛ぶ為に、一番大切なこと。
『グラフォを信じること?』
『あぁ、それがあれば十分だ』
俺はいつだってグラフォを信じている。大事なのは分かるが、それだけで十分とは言い過ぎじゃないだろうか?
『飛ぶ時のマル秘テクニックは?』
『うーん……今の君にそれは要らないかな』
『俺がグラフォに乗るには必要なんじゃないのか?』
疑問だらけの俺の問いにゴーランは首を振る。
『レスト君がこの子に乗るんじゃない。この子がレスト君を乗せるんだ』
『? それって、どう違うんだ?』
『そうだね……どちらが主体か、かな?』
ゴーランは俺の頭上でくつろいでいるグラフォに目を向けた。
『飛び方はこの子が一番良く分かっているんだよ』
グラフォ君は上昇気流を掴むのが上手いんだろう、と言いながらゴーランはグラフォに指を差し出した。しかし、即座にそっぽ向くグラフォの反応にゴーランは笑う。分かりやすすぎる。
『この子の目線や仕草、少しの体の動きでも細かく観察して、グラフォが感じている事を読み取るんだよ』
『……それって例えば俺が乗った時にちょっと体重が左に寄ってるーとか?』
『ははは、そうだよ。その時はバランスを取ろうとする動きを取るかな?』
ゴーランはまんじゅうを箱からひとつ取り出し、二つに割る。そして大小で差が出来た二つをグラフォから遠ざけて見せると、グラフォは素早く大きい方を奪い取った。
『うん、この子は賢いね。レスト君がこの子に伝えたい事もきっと伝わって……おっと、ははは』
直後、グラフォは小さい方も奪い取っていた。
俺もゴーランも見ていない隙だった。
やはり俺のグラフォは凄い。この機動力ならどんなドラゴンだってすり抜けて追い抜くに違いない。
***
風を感じる。グラフォの温もりを感じながら目的地へ。
ひとつ目の浮台へ。
浮台が近づく。
グラフォと呼吸を合わせる。
「取るぞ!」
台の上にはふわふわ綿毛が軽く貼り付けてある。
グラフォの体が傾く、その瞬間にぷちりと綿毛をむしり取る。
「ひとつめ!」
練習では綿毛を使っているが、本番は魔術で出された光らしい。触れた者の側でぷかぷか浮かぶ明かりだそう。持たなくて良いなんてとてもありがたい。
「次いくぞ!」
遠目に見える崖の上の浮台へ目線をやる。二つ目を取れば次は時計台の上の浮台だ。
***
フューシャデイジー中に設置した四つの浮台を巡って飛び回る。五つ目と六つ目はフューシャデイジーとは別の浮島に設置してあるのだ。
「これでっ、五つ目!」
五つ目の浮台に近づき、綿毛をぷちりとむしり取る。
そして最後の六つ目の浮台は、と思った途端、一瞬で視界が陰った。
「何だ? 上?」
真上で何かがぶつかる音がする。上を見上げれば、光が反射した。
見えたのは変な飛び方をするブラックドラゴンとレッドドラゴンと……
あれは……機械の、人の足じゃないか?
「まずっ!? グラフォ!」
ブラックドラゴンとレッドドラゴンが揉み合いになって落ちている。乗っていたであろう人とアンドロイドもだった。
グラフォにぶつかればタダじゃ済まない。
慌てて回避するものの、落下してくる陰から抜け出せない。
「くそっ、こっちに落ちてきてる!」
方向転換をした時だ。
どこからともなく笛の音が、下から上に突き上げていった。
「良いね、メロディ」
「たっ、助け……あぐっ!」
青白く細長いドラゴンが落ちていた人と機械のもげた足を拾っていた。
その背に乗るのは銀髪の青年騎士。名は確か、シルバ・セレナイト。
シルバは未だ落ち続けるドラゴンたちを一瞥する。
「後はよろしく、ガンドール」
すると轟音と爆風が下から嵐のように突き上げられた。
「レーーーーーーーーディ!」
巨大なレッドドラゴンが墜落するドラゴン達二体を掴み、俺の居る浮島へ軽々と放り投げた。
「レッーーーーーーーードォ!」
巨大なレッドドラゴンの背に乗る赤い騎士は目を回しているアンドロイドを鷲掴みにしていた。以前にも見た筋骨隆々な赤髪の騎士はガンドール・スカーレット。腹から出る楽しそうな笑い声が空を満たしていた。
「あれは確か、優勝候補の……騎士たち」
投げられたブラックドラゴンは木々を薙ぎ倒し、砂埃を上げる。途中で何か浮いてるものが跳ね飛ばされ……
「あ、……………………あ゛っ!?」
島の端からぽーんと小さな機械が投げ出された。
急ぎ駆け抜け、手を伸ばす。
俺が落ちるか落ちないかのギリギリの速度。
でもそれでも、するりと動くモノには届かなかった。
見えるのは掴み損ねた空っぽの手のひらだけ。それだけだった。
こんな、こんな事って……こんな事ってあるか……?
「ぅぐ……………ろ、ロイヤルストレートフラッシュ五号……」
ベクターに借りた浮台は虚しく手をすり抜け、遥か地上へと落下していったのだった。
俺はただ空の手を呆然と見る事しか出来なかった。
……あぁ、分かってる。やらかした。




