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大きな世界

 ブルーローズの町を出てしばらく道沿いに歩いて行くと、だだっ広い草原に出た。


 風が吹くと草が傾いて波打ち、それが地平線の向こうまで流れていった。まるで広大な緑の絨毯が広がっているようだ。


 空には雲ひとつないし、グラフォと飛ぶ練習にもってこいだろう。肩に乗るグラフォは機嫌良さそうに俺の耳や髪を甘噛みしている。


 雑草を踏みしめ、ベクターの頭の横に目線をやる。実は先ほどから気になっていたんだ。


 なんせ謎の機械が網に掛かって浮いているのだ。丁度、俺たちの頭の高さくらいでぷかぷかと。

 こんな感じで魚を捕まえる漁があったな。


 ベクターは立ち止まり俺に向き直る。


「では検討を始めようか」


 すると、ベクターは手に持っていた網の口を丁寧な手つきで開き、網を剥ぎ取るように中身を出した。


 中身の謎の機械は歩いてる間中、ずっと宙にぷかぷか浮いていたが、網という囲いがなくなると、機械はばらけて俺の方まで浮かんでやってくる。


「この浮いてる機械は?」

「浮台の魔導具だ」


 上に何かを置いて浮かべる魔導具らしい。

 平たい板が機械の上につけられ、下は半球の形状になっている。

 半球の隙間からは黄色い光がうっすら漏れていた。


「中に何か入ってるのか?」

「天空樹の琥珀だ。これで宙に浮く」


 ベクターが指でさした先、半球の隙間から中を覗くと透き通った黄色い宝石が設置されていた。この天空樹の琥珀で浮くらしい。


 宙に浮く浮台に指を乗せて傾けてみる。指を離すと、傾いていた台座はゆっくりと地面と水平に戻っていく。

 台が傾いたとしても戻るようになっているようだ。


「なぁ、これに乗れば飛べるんじゃないか?」

「乗るな。壊れる。高価なんだぞ。俺様の天才的な頭脳とロイヤルストレートフラッシュで上官からやっと巻き上……回収したんだ」

「ギャンブルじゃねぇか」


 買ってなかった。なんてやつだ。


 ベクターが近くの浮台を一台弄ると、浮台はより空高く浮かんで止まった。

 そんなに高くは浮かばないらしい。浮台に乗って島から島へ飛ぶのは厳しそうだ。


「この琥珀の小ささなら建物の三階までだ。そこまで高さは出せない。高さ調節用の魔導具と台の重みが無ければもう少し浮くんだがな」

「そうなのか、じゃあ琥珀が大きかったら乗れるな」


 琥珀が大きくて乗れるもの。ふと、思い当たる節がひとつ頭に浮かんだ。


「あ、浮遊都市フューシャデイジーがそれか」

「冴えてるな。察しの通りだ。浮遊都市とその周辺の浮島が浮いてるのは、このチビ琥珀とは比べ物にならない程デカい琥珀が島に埋まっているのが理由だ。練習ではこれを島に見立てる」


 六つの浮台をバラバラの場所、高さもそれぞれに設置した後、ベクターは俺に小瓶を渡す。


「時間が勿体無い。始めるぞ、飲んでみろ」

「おう」


 小瓶を手に取り、飲んでみる。

 喉にどろりと濃い甘さが纏わりついた。


「うぉ、これ甘すぎるんじゃ……っ!」


 どきりと心臓が大きく脈打った。

 視界が一瞬ぶれてボヤける。膝から崩れ落ちる感覚に襲われた。いや、俺はちゃんと立っていた。


 俺の背が縮んだんだ。


 目の前が草の緑でいっぱいだ。


「雑草デカいな……というかデカすぎる」


 肩に乗っていた筈のグラフォが見えない。周囲を見回すが視界は全て雑草で阻まれている。


 俺、絶賛迷子中だな。グラフォに乗るどころじゃない。


「おーい! ベクター!? 聞こえるか!?」

「ううむ………どこだ?」

「ここにいるー! これさー! 俺、小さすぎるってー!」

「レスト、聞こえてるな、動くなよ? そこで待て」


 動くなと言われた直後、空が暗くなる。

 暗がりで見えたのは大きく開かれたクチバシ。


 うん、今の俺は間違いなく丸呑みできる大きさだな。


 グラフォの口の中なんて見る機会無かったけど、上顎に穴なんてあるんだなーなんて感心した。


 瞬間、首が持ってかれる感覚と遠ざかる緑。


 背中が引っ張られるような服の突っ張り。


 視界は緑から青に変化した後、灰色の金属が現れて額を撃つ。


「痛っ」


 不安定な冷たい金属板から起き上がる。


 ……しまった、乗るなと言われた浮台に乗っちまったな。

 もふりとあたたかな羽毛がのし掛かり、俺の体を埋めた。


「ありがとな、グラフォ」


 そのまま俺は浮台の上でグラフォを全身でモフモフする。

 すこぶるあったかい。このまま寝たら気持ちいいだろうな。

 

「賢いじゃないか、そいつ。俺様の話は聞いてないらしいが」

「グラフォは俺以外にはあんまり懐いてくれないんだよ」

「まぁいい。次だ」


 ベクターは目の前に俺の身長より大きな瓶を置いた。


「今回、検討で飲む分は数分で効果が切れるようにしてある。安心安全に考慮した俺様に感謝しろ」

「お、おう」


 サイズだけではなく効果まで調整してくれたらしい。滑らかに小瓶が出てくるあまりの手際の良さに驚いた。

 ベクターはこういった検討が好きなんだろうな。楽しそうで何よりである。


 再び心臓の音が大きく聞こえるのを感じ、浮台から降りた。

 じゃあ次の大きさだ。


 ***


 俺は一体小瓶の薬を何回飲んだのだっけか。


「飲み過ぎて気持ち悪ぃ」

「獣魔に乗る前だろ。我慢しろ」


 胃の中で甘ったるい薬がちゃぷちゃぷと音を立てている。胃袋の中で飴が出来るんじゃないか?


 飲んですぐにグラフォの背に乗る。

 大きさは大体このくらいだろう。後はグラフォが飛べるかどうかだ。


「グラフォ」


 俺はグラフォに見えるように、宙に浮く近くの浮台を指さす。


 グラフォは俺の指先の先を確認すると、羽を羽ばたかせる。振り落とされないように、グラフォしがみつき、羽ばたきで発生した風を感じる。


 力強い飛ぶ感覚、風が前から後ろに流れる。


 体感は一瞬だった。下からの、着地の反動を感じて振り返る。先ほどまでいた浮台は後方下に確認出来た。


 出来た。ちゃんと目的の浮台まで飛べた。


「っ! 出来たぞ! この大きさなら飛べたか! おい、ベクター! 見てたか!」

「ああ、中々良いじゃないか。それで、乗り心地はどうだ?」


 ひとしきりグラフォを褒めちぎる。グラフォは嬉しそうに俺を甘噛みしていた。


 乗り心地か、今短時間で普通に飛んでも落ちる不安があった。

 レースなら激しい動きだろうし、乗る時間だって長いからその点をクリアしないといけないな。


「そうだな、長時間乗るなら少しキツイ。グラフォにしっかり掴まってないと振り落とされそうだな」

「鞍はつけた方が良い。技師の伝手はあるか?」

「あぁ、ある……」


 鞍はイースに聞けば用意してくれると思う。しかし、技師か。頭をよぎるのは音信不通のアンドロイド技師、テスさんだった。


「どうした?」

「なぁ、ベクター。レースの設営スタッフってさ。長期間、家を不在にするものか? ちょっと気になってさ」


 俺はゴーランの技師であるアンドロイドのテスさんが不在でずっと連絡が取れないこと、パージュに聞いてみたものの不在だと即答だったこと、それと……恐らく不在スタッフの代わりがひとりだけ選ばれて来ていること、これまでの状況を伝える。


「あのクソ騎士が断言したのか。なら不在の原因は把握しているんじゃないか?」

「やっぱりそう思うか」

「彼奴は減らず口に脳味噌のリソースを全て注ぎ込んでいるクソ騎士だがな、そのスタッフについて何も情報が入っていないのなら、『後で調べてやる』くらいは告げる。そういう奴だ」


 パージュを非常に罵倒しているが、信頼しているらしい。


「……それじゃあ、居ないのは事件か事故に巻き込まれた?」

「無闇に首を突っ込むな。騎士が動いているんだろう? それに、お前に無駄にする時間は無い」

「それは、そうだな」


 時間はないのはもちろんそうだ。

 でも、もやもやした気持ちはずっと心の底に残ったままだ。何かに巻き込まれた可能性が高いのだと一度知ってしまえば、例え騎士が動いているのだとしても、何もせずにはいられない。


 こうなったら何か企んでるアールに直に聞く。


 答えてくれるかは分からない。

 でも、質問の仕方次第で答えに辿り着けるだろう。


「そうだ。ベクター、この浮台しばらく貸してくれ」

「利子をつけて返せ。あと、壊したら弁償してもらう」

「まんじゅうは……」

「論外だ」


 ……利子についてもアールに相談だな。

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