オーキクナール・チーサクナール
アールとスワンはレースの情報収集で外出、イースとゴーランはビルノアの羽を調整しに出て、ノヴァは浮遊島の写真を撮ると観光に行ってしまった。
一気にがらんとした店内で俺と一人の男がテーブルに掛けて向かい合う。
「おかわりだ」
「おう」
俺はまんじゅうを食うベクターにピッチャーごと茶を渡す。
アールが言っていた、グラフォに乗る方法を知っている人物。それは元勇者パーティーメンバーである魔術師ベクターの事であった。
「急に呼び出して悪い。来てくれて助かった」
「暇だった訳ではない。あの嫌味騎士の鼻っ面を明かすなら喜んで協力しよう」
鼻っ面を明かすって……過去にパージュと何かしら揉めた事があるのか?
ベクターの動機が何であれ、強力すぎる助っ人だ。
連絡した時にもベクターに伝えていたが、改めて向き直り告げる。
「グラフォに乗れるようになりたい」
「ドラゴンレースにコイツで参加か。参加者の殆どがドラゴンだろう? 随分無茶をする」
無茶なのは十分過ぎるほど理解している。
魔術や物理による妨害なんてのはレースの基本。殺しはアウトではあるが、事故による死者は珍しくも無いのだ。
しかしベクターは俺を止めようとはしなかった。
注ぎ終わったピッチャーを机に置いた後、前屈みになって両手を組む。
「だが、それが良い」
にやりと口角を上げる。
「嫌味騎士のドラゴンがレース初心者の鳥に負けた、となれば実に刺激的なニュースじゃないか!」
「……なぁ、本当にパージュと何があったんだ?」
「忘れたままで結構。再び知る必要は無い」
……そこまで言うなら聞くのは控えておこう。
ベクターは腕を組みピンと指を2本立てる。
「で、方法としてはふたつ」
ベクターの目線はグラフォ、そして俺に向けられた。
「獣魔が大きくなるか、お前が小さくなるか」
「そんなこと出来るのか?」
「誰に言ってる」
ベクターは懐から二つの瓶を取り出し、几帳面にそれらを机へ並べた。
「ここにオーキクナールとチーサクナールがある」
「すげぇ名前だな」
「商品名だ。俺様はモノを作っただけ。売り出した奴に文句を言え」
「良い商品名だと思う。どんな効果か分かりやすいし」
「ふん、まぁ聞け。効果が優れモノなんだ」
オーキクナールは飲んだモノの体を大きく。
チーサクナールは飲んだモノの体を小さく。
飲んだけで体の大きさを変えられる。
そういった魔術を封じ込めた薬らしい。
魔導具の消耗品、といったところか。
しかも、それを飲む人の魔力は一切消費しないのだという。すごく使い勝手が良いな。
「これは既製品だから二倍と二分の一倍だが、オーダーメイドで大小のスケールを調整出来る。今回は俺様が直々に調整してやろう」
「へぇ、これ一本でどのくらいの時間、効果がもつんだ?」
「ひとつの島から次の島まで迷わず飛んだ時間だ。レースでは必ず五つの浮遊島を回るだろう? 六本は使用する事になる」
スタート地点のフューシャデイジーを出て、五つの浮遊島を巡り、ゴール地点のフューシャデイジーまで戻ってくる。
「それと、使用するにあたって重要な注意事項がある。しっかりと聞け」
「よし、来い」
「使用するのは一日八本までにしろ。それと難しいだろうが、効果が切れた直後に続けて飲むな」
「どうしてだ? 効果が弱くなるとか?」
「命の保障が出来ない。効果が強過ぎる」
下手をすれば死ぬ。
真剣な表情でベクターは告げる。
「俺は死ん——」
言いかけて口をつぐむ。
死んでも良い、と以前俺が言った時にアールが酷く怒っていたのを思い出した。
そう思うのは良いのだろうが、口には出さないようにしておかないと。
「それで、どっちにする? 獣魔が飲むか、お前か飲むか」
「そんなの一択だ。俺が飲む」
俺なら死んでも大丈夫だから。




