山積みの課題
「ゴルルルル」
「きゃ!」
『ちょっとー! 鼻から吸い込むのやめてってビルノアー!』
ブルーローズの宿の裏でドラゴンの鳴き声と炎が弾ける音、女の子たちの笑い声が聞こえる。
ゴーランのドラゴン、ビルノアと炎の精霊イノ、宿屋の娘ティーラだ。外で遊んでるらしい。
仲が良いのは何よりだ。
それに今日はいい天気だからな。
しかし俺たちには遊ぶ暇は無い。
例えどんな困難が待ち受けているとしても、やらなければならない事がある。
俺は立ち上がり、机に両手をついてみんなに目線を合わせる。
まんじゅう屋、休業中の店内で各々寛いでいるみんなの視線が俺に集まる。
「俺は、レースに出る。みんな、力を貸してくれ」
「……どうしてそうなっタ?」
見てはいたが、と言いつつ眉間に皺を寄せてアールはため息をつく。
「いぃーじゃないかぁ。空飛ぶレス……ト、は何にのるんだ……?」
「グラフォリオンで申し込みした」
「……ぐら? …………あの、レストのじゅうま?」
スワンは、酔ってきたかかもしれない、と持っていた酒瓶の液量を確認した後、まだ余裕だと頷いて、更に酒を呷り始めた。
「グラフォリオン! ほう! あの始祖竜の名だな! いいや、始祖竜の名をつけたドラゴンか?」
「グラフォはこいつだ」
「ふむ。 ——ただの鳥よな」
ノヴァがグラフォを観察し始め……いやこれは目線で張り合っているな。
これを機に俺のかっこいいグラフォリオンを存分に見てくれ。
「そこのトカゲには乗らんのカ?」
「僕飛べへんねん、勘弁して」
イースがアールに首を横に振って全力で拒否している。
イースが飛べない、というのは恐らく完全に竜の姿になるとイースの意識が無い状態になるからだろう。
俺がドラゴン状態のイースに乗るって案は考えたこと無かったな。イースはドラゴンが苦手だし、それに……
「冒険者がレースに参加する場合、相棒はギルドに登録の獣魔に限定されているんだ。もしドラゴンで飛ぶなら前々から獣魔登録してないと駄目らしい」
「冒険者登録も獣魔登録も似たようなもんだロ?」
「全然ちゃうやん!?」
アールもイースに乗れない事は分かっているのだろう。それ以上の追求はせず、まんじゅうを食っていた。
「れすとぉ。きみ飛んだことはあるのかい?」
「無い。これから教えて貰う」
俺が空を飛んだ事はない。
始祖竜に飛ばされた事はあるが。
「幸いにして、ここにゴーラン先生も居る」
「先生だなんてそんな」
ゴーランは照れたように頭を掻いた。
ゴーランとビルノアは何度かレースに出た事があるらしい。
まさに俺たちレース素人にとっては救世主とも言える存在だ。
「……知っている事を教えるだけで、本当に良いのかい? テスさんの家まで訪ねてくれて、ビルノアの羽までだろう? それで良いだなんて申し訳ないな」
「徹底的に教えてやってくれ、ゴーラン大先生! 僕が完璧なビルノアの羽つくるから! ほんま頼むで……!」
「……何か切実な理由でもありそうだね」
「えっと、実は……」
レースにはグラフォで出るとパージュに言った後の事。
***
俺がグラフォで出ると言った時のパージュといえば、それはそれは悪どい表情で嬉しそうに笑った。
俺がレースに参加するだけでそこまで喜ぶか?
「良いねぇ、俺が勝ったら嬢ちゃんを貰う」
「絶対負けない」
「僕の意思は!?!?」
俺はパージュの目の前で受付に冒険者タグを渡し、レースの参加登録を願い出る。
パージュは俺が本気である事に気持ちのいい笑い声を上げた。
「んで、お前が勝ったらどうする? カーシャルシアはやらんが」
「俺が勝ったらヴェンジの事を教えてもらう」
「良いだろう」
「僕にはデメリットしかあらへんやん!?!?」
***
「と、いう経緯でイースを賭けてパージュと争う事になった」
「な? 意味分からんやろ?」
「勝てば良いじゃないカ」
「あぁ、パージュには絶対勝つ」
「僕に味方はおらんのか」
「でもさ、イース。ドラゴンは強さで上下関係をつくるだろう? もし俺がカーシャルシアに勝てばイースには無理に来ないだろ?」
「それは……せやなぁ」
そう、カーシャルシアに勝てば良いのだ。
カーシャルシアにとって、己より強い存在がイースの近くに居ると分かれば、イースへ強引に来ることは無い。
それで、あわよくば俺がカーシャルシアにアプローチされちゃったりとか……あわよくばカーシャルシアに撫でさせて貰ったりとか、あわよくば!!!!
「顔、ニヤケとんで」
「……」
そんなにニヤけてるか……?
ニヤけてるか……。
頬をマッサージしておこう。
「そもそもな。どないしてグラフォと飛ぶつもりやねん」
「俺の助走があればこう……グラフォが俺を掴んでだな」
グラフォを手の甲に乗せて両手を頭上に挙げる。俺がグラフォにぶら下げるような感じだろうか。
「レストの体重でも流石に重いナ」
「どう考えても重すぎて無理やって。レスト、体重どんくらいよ」
「俺の体重? 小麦粉の大袋で、一つと半分くらいだな」
周囲が静かになった。みんな真剣に考えてくれているのだろう。
ゴーランが真剣な表情で指を折って数えていた。
「……軽すぎるんじゃないかい?」
「でもグラフォにとっては重いんだよなぁ」
「せやけど。君なぁ……」
腕組みしながら頭を捻るものの、出てくる案はただ、俺が速く走ることだけ。
「俺がグラフォを抱えて飛ぶ。もしくはグラフォが飛ぶのと並んで飛ぶ」
「ふむ、足場が必要であるな。儂なら不要であるが、人は足場が無いと空を飛べぬであろう?」
「足場なら……ほら、他に飛んでるドラゴン居るだろ?」
手でドラゴンからドラゴンへと飛び移るジェスチャーをする。
「ははは! ずいぶんあくろばっとだねぇ。んぐ……しかし、らいばるドラゴンのタダ乗りかぁ、来年出禁になったりしらい?」
「安心してくれ、ライバルへの妨害行為は普通にオッケーだ。ここに書いてある」
「……文字が踊っててよめらい」
スワンはデバイスに鼻先が触れてしまいそうなくらい近づく。
注意事項の文字は細かくびっしり書かれているから無理もない。
しかしゴーランの表情は難しそうだ。
「うぅむ……レース後半には参加者はばらけて飛んでるだろうから、ライバル参加者を足場にするのは難しいだろうし……そもそもスタート時にはみんな一斉に飛び立つから空が混戦になる。そんな中で足場だなんて考えてはいられないと思う」
「そうか……俺がグラフォに乗れれば解決するんだけどなぁ」
俺とグラフォ、大きさ的に乗れないのが痛いところだ。
どうにかならないものか。
みんなして悩んでいると、まんじゅうをひとつ食い終わったアールが怠そうに告げる。
「乗る方法ならあるゾ」
「あるのか? どうやって?」
「正確に言えば方法を知ってる奴を知ってる、だガ。レストも良く知る奴だヨ」
「俺も?」
グラフォに乗る方法を知ってる人物で、俺も良く知る……誰か居ただろうか?




