海の上は走れる
目の前には広大な海が広がっている。
素足から感じる砂はさらさらだ。
少し熱いくらいだろうか、これからどんどん日に焼かれて熱くなってくるのだろう。
踵を砂につけて深く伸脚をする。
体を落として右足を伸ばした後は左足だ。
俺の隣では、イースが大量の空飛ぶカメラを即席で量産しては海へと飛ばしていた。
ノヴァの飛行写真機を見た後、あり物で作ったのだ。
砂浜には大きめのデバイスが斜めに刺さっている。映し出されている映像はすべて青い海だ。飛ばしているカメラの映像からグラフォを探しそれらしき影を見つけていたのだ。
「んん、やっぱこの影グラフォやな。ほいじゃ船を調達して……」
「いや、走るから大丈夫だ」
腕の筋を伸ばして準備運動を進める。
俺の言葉にイースはカメラを砂浜に落として驚いた。
「……って、海の上ぇ走るてか!?」
「おう、俺が沈む前に足を動かせばいけるだろ?」
イースはまるで不可能であるかのように驚くが、不可能ではないのだ。
当たり前だが、水を踏んだ時にはちゃんと足の裏に水がある。足の裏には水の感覚があり、水からの抵抗を足で感じるのだ。ほんの少しではあるが。
そこで俺は閃いた。
早く走れば、海には沈まない。
俺が沈む前に足を動かせば良い。
「沈む前に足動かすて、そんなん………………レストなら出来そうやな……」
「だろ?」
「でもなぁ……ヨットとかの方が安全やろ」
「グラフォに追いつくなら、俺の足のほうが早い」
「追いつくって……せやけどなぁ……」
悩みながらイースは砂に立てたデバイスを手に取り、グラフォの影を眺める。
グラフォは海の上を飛んでいる。ブルーローズの町の方へ戻ってくるかと思えば、空でくるりと曲がって遠ざかる。
不思議な動きを繰り返していた。
飛んでいるカメラにはグラフォは気づいているようである。
「……まぁグラフォがヨットまで来るとは限らんか……」
「グラフォは何か見つけたのかもな」
最後に伸びをひとつする。
準備運動を終えて両手の指を地面の砂へ。
左足は曲げて前にして屈み、右足は後ろへ伸ばす。
腰を上げて目線は、海へ。
「それじゃ、ちょっと行ってくる」
「気ぃ付けやー。もし沈んでしもたら連絡しいや」
「沈んだら連絡どころか普通に溺れ死ぬって」
「はは、違いない。ほな、なんとか海面まで上がって来てもろて」
「りょー、かいっ!」
背後で砂が吹き飛ぶ音がした。
熱い砂からひやりと海水の冷たさを足の裏で感じる。
砂の匂いから一変、潮の匂いが鼻をくすぐった。
涼しい風を全身でぶつかり、細かな海水の飛沫が火照る体を冷やす。
グラフォはこのまま真っ直ぐ進んだ場所に居るとイースは言っていた。
視界全て青染まった中、見覚えのある影が俺の真横を横切った。
「っ!? 今すれ違ったのグラっ……うぉ!?」
うっかり足を止める。
足を止めるとどうなるか。足を止めてから気づく事になるなんて。俺はうっかりさんだったようだ。
海に落ちる。
いや少し語弊があった。
俺は海の中に突っ込んだ。
「うがぼっ!?」
全身が海の中に沈む。
ぼこぼこと泡と海が容赦なく耳に流れ込んでくる。
耳鳴りが遠くから聞こえてくるようだった。
グラフォまで海に落ちては居ないよな?
日が差す方へと焦る気持ちを抑えながら浮上する。
「っぷは! グラフォ!? どこにっ……!?」
海面から周囲を見渡してもどこにも居ない。
焦る俺の頭部に何か生き物が着地した。
鋭い爪が頭皮に食い込む感触にまさか、と呆れと安堵を感じながら、俺は頭上に腕を差し出した。
バサリと羽ばたき腕に止まるのは、一羽の大きくてかっこいい鳥だ。
「グラフォ、こんなところにい…………バングルどうした?」
グラフォのどこをどう見てもバングルを身につけていなかった。
グラフォは可愛らしく首を傾げ、直後にバサリと翼を広げて飛び立っていった。
「グラフォ!」
一度俺の頭上を旋回して、ブルーローズとは反対方向へ。
「そっちに何かあるのか?」
***
小さな小島で壮年の男性はまんじゅう口に含み、遠くを眺める。
グラフォはまたこの島の方に飛んできていた。
「あの鳥……あっちに行ったり戻ったり、何をしているんだ?」
男性はまんじゅうを取り出して伏せったままのドラゴンに食べさせる。これをただ繰り返していた。
「これが大量にあるから、飢え死には無いが……ん?」
男性は海面に妙な白い筋に気がついた。
それはとんでもないスピードでこちらにやってきていた。
どうも鳥がその生き物に追いかけられているようにも見える。
人智を超えた音とスピードを鳴らしながら真っ直ぐこちらに進んでくる。
男性は、それの理解できない速さに恐怖すら覚えた。
「ま、まま……まっ、まもっ、魔物だー!?」
男性はドラゴンの頭に覆い被さり、庇うようにして体を縮こませたのだった。




