グラフォのゆく先は
宿屋の一階、厨房の中で俺とイース、ティーラで集まっていた。
ティーラは椅子にちょこんと腰掛けて小さく縮こまっている。
俺はキッチンのシンクに軽くもたれ掛かりながら、厨房の入り口を見る。
そこではイースが店内へ首を出して来客の有無を確認していた。この時間帯はもう客は全てはけているようだ。イースは衝立を引いて厨房の入り口を隠し、こちらにやってくる。
イースが来たので再び俺はティーラに聞き返す。
思いもよらないことだったので聞き間違えたかもしれないのだ。むしろ聞き間違いであってほしい。
「それで、もう一度確認するが……グラフォがまんじゅうを取り出せるんだって?」
「……うん」
ティーラは叱られたかのように、俯いてスカートの裾をきゅ、と握りしめた。
「怒ってへんで、大丈夫やから!」
「おう怒ってないぞ! 話を聞いて、グラフォがどこに行ったか分かるかなって思ってさ!」
俺とイースは慌てに慌てた。なんせ顔を上げたティーラの目が少し涙で滲んでいたのである。
というか、本当にグラフォはバングルからまんじゅうを取り出せるのか……どうやったのか分からないが、グラフォは賢いんだなぁ。
ティーラは目元を擦ると厨房の端を指差す。そこには小さな机がある。机の上には可愛らしいハンカチが畳んで重ねられていた。ハンカチの中央は少し凹んでおり、何かしらが置かれた跡が残っている。
「バングルをそこの机の上に置いていたの」
「初めは確か……身につけてたよな?」
バングルは元々はアールの持っていたものだが、ティーラが持っていた方が便利だと言って渡していたのだ。
「お客さんに冒険者じゃないのになんでつけてるんだって言われちゃって……」
「……それで厨房の奥に置いとったんか」
こくり、とティーラは頷く。
「その机に置いてあったのをグラフォが取って行ったって事か……」
「バングルどっかに落としてへんかったらええんやが……」
イースはバングルの信号を追えるかどうかとか言ってるのですぐに居場所を見つけるのは難しそうなのだろう。
イースと二人して頭を悩ませていると、衝立の上からひょいと何かが飛んできた。
「なんだあれ?」
飛び越えて来たのは透明な細長い葉が四つくるくる回って飛ぶ機械だ。
「なんや、ツクバネ? いや、レンズに羽……飛行写真機か」
空飛ぶ機械が衝立をずらしたかと思うと、そこから重そうな袖を振るったノヴァが堂々と厨房に足を踏み入れる。
……随分と格好をつけた現れ方だ。
写真機がノヴァの周囲をくるくる回って写真を撮っている。
そしてノヴァは懐からデバイスを俺たちへと見せつける。
「儂が解決してやろう。グラフォというのは、この鳥のことではないか?」
「これ……写真?」
「……何で厨房で自撮りしとんねん……」
「この姿で厨房に居る姿を写したくての。どうだ? 威厳ある儂がそこに居るだけでまるで王城の厨房のようではなかろうか?」
「逆に厨房のチープさが目立っとるわ」
「……イース、見てくれ。おそらくこの影だ」
写真に映る窓の影を指で指し示す。
「どう見てもグラフォやんけ!?」
「写真の方角的に……海の方に向かってるな……」
俺はイースと顔を合わせてグラフォが向かったであろう先を、どちらからともなく見つめた。
***
海の上にポツンと浮かぶ島にて。
砂と一本の木くらいしかない狭い無人島にも関わらず、一頭の大きなドラゴンと壮年の男性が一人いた。
「こんな何も無い場所でごめんなぁ」
壮年の男性は足から血を流しつつも辛そうに横たわるドラゴンの体を必死にさする。
ドラゴンの片翼は失っており、代わりに金属で出来た義手ならぬ義翼が装着されていた。
しかしその義翼は折れてしまい、それが体に突き刺さって動けなくなっているようだ。
壮年の男性は腰のポーチをひっくり返し、乾燥の木ノ実を手のひらに全て取り出す。
それをドラゴンの口元へと近づけた。
しかしドラゴンは鼻を鳴らし、首を横に振る。
「良いんだ。お前が食え、体だって大きいし羽の怪我も痛むよな……死ぬ時は2人だ」
喉から悲しそうな鳴き声を鳴らすドラゴンとそれを見つめる男性。
空からは、ぴーひょろと遠くから鳥の鳴き声しか聞こえてこない。
その鳥は彼らのいる島の一本の木のてっぺんへと止まる鳥。
「鳥か……少しでも腹の足しに…………………今何か出したぞ?」
壮年の男性は埋まっていた手頃な石を即座に鳥へと投げつける。
「悪いっ!」
鳥は驚いて飛び立ち、銀に輝く何かを落とした。
急ぎ壮年の男性はそれを拾う。
男性は知っていた。それは冒険者が使用する収納用の魔導具なのだと。
「これは……バングル? バングル!?」
盗まれたとばかりに鳥が戻って来て壮年の男性へと足を向け、何度も攻撃する。
「おっ……おい、辞めてくれ! 少し借りるだけだから! 中は何があるっ!? 中身は……まんじゅう?! 食えるぞ!」
男性はまんじゅうを頬張り、体に異常がないことを確認してドラゴンにも分け与える。
遠くからそれを眺める鳥を観察すれば、冒険者の獣魔である証があるのを男性は見つける。
「……お前、獣魔なのか? ただの鳥なのに?」
もしかしたら。と、一縷の望みをかけて男性は一匹の鳥へと頼み込む。
「石を投げて本当に申し訳ない! この通り俺たちは動けなくて困っているんだ。お前の飼い主に助けを呼んでくれないか? 頼む」
鳥はくるくると首を回し、その場でしばらくじっとした後、短く鳴いて飛び去っていった。
ブルーローズの町の方へ。




