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女神デザイアの慈悲

 つい先程まで時が止まっていた町が、今や祭りの最中のように活気付いていた。


 俺は背中の男性がこれ以上ずれ落ちないように背負い直す。


「腕の怪我の痛みは無いか?」

「こんくらい大した事ねぇよ! それよりアレだよアレ!」


 先ほどから上擦った声で話す男性に相槌をうち人が溢れる町中でスワンを探す。

 ……いた。スワンが手を挙げている方向へ、男性をなるべく揺らさないよう注意しつつ近寄る。


 男性は怪我を診て貰っている間も、身振り手振りを交えつつ、目を輝かせながら伝えていた。


「ねえちゃんも見てたか!? あんな山ほどの魔族みーんなズドンと一撃だ! しかも俺たちには当たらずにだぜ!?」

「あぁ、敵が一斉に倒れていった。本当に見事な魔術だった」

「あんたもさ! 体が砂になる魔術もすげぇが、エクリプス様のは例外中の例外さ! あんなの誰にも真似っこ出来ないよ!」


 スワンの手が傷口へと翳されて温かな光が傷を癒している。


 回復魔術は見ていて本当に面白い。

 傷が逆再生で戻る様を貴重な機会だ、と俺はまんじゅう片手に背後でじっくりと見る。


 そんな時だった。


「騙されるな! あいつは俺を! 襲ったんだぞ!」


 顔を真っ赤に声を荒げていたのは、肩に怪我をしていた男性だ。そんな彼の正面でギャリエラは困ったように眉を下げている。男性の傷を治した後、宥めていたようだが……。


 ギャリエラはささくれひとつない白く細い指で頬に触れる。


「ん〜、あんまり興奮しちゃうとまた傷口開くよ?」

「しかしギャリエラ様っ!」


 男は拳を自身の膝に叩きつける。

 その背後に忍び寄る影には全く気づいていなかった。


「聞いてくださ——ぐぇ」

「治ったならいいだろウ? ボクを診てくレ」


 ガシャリ、と男の頭を鎧の右腕が鷲掴みにした。そこからぬるりと男の後ろからアールが現れる。


 アールがこの距離に来るまで全く気づかなかった。姿がぐるぐるの芋虫では無くなっている所を見ると、ギャリエラにどうにかして貰ったようだ。


「アール、無事でよかった。……じゃなくて、人の頭を杖代わりにするんじゃない」

「ほんと、もうレイってば〜」

「…………エクリ……プ……?」


 しかしさっきまで怒鳴っていた男性は表情を一変し、不思議そうに首を捻っていた。

 ……うん、きっと何かあったのだろう。

 とりあえず落ち着いたなら良かった。


 ギャリエラは何とも言えないような表情でアールを見ていた。


「まぁ良いか〜……てか診るって、レイ。さっき呪いの繋がりは断ったじゃん?」

「呪いを繋ぎなおすんだヨ。出来るカ?」

「これ以上、呪いを増やしてどうするのよ〜病人はちゃんと寝てなさいな」

「おーい、アール! ベッドはこっちにあるぞ」


 俺は問答無用でアールをベッドまで誘導する。

 アールはぶつくさと文句を言いながらも、案外素直に横になった。疲れてはいたようである。


 スワンはといえば、丁度手が空いたのだろうか。

 いつもとは打って変わって、真面目な口調でギャリエラに声をかける。


「ギャリエラ様もお休みなってください。神隠しに遭われた方々は宗教都市で治療する事になりましたし、この場の怪我人もそう多くはありませんから」

「そうねぇ……ずっと働き詰めで疲れたし。お言葉に甘えて教会で休ませて貰うわね」


 ギャリエラは両手を真上に伸びをして体をほぐす。そして目尻に滲んだ涙を指で拭うと、俺へと振り返った。


「それじゃあ休憩に行きましょ、ヴェンジ」

「行くって、俺も? 俺は体力あるし休まなくても問題無いぞ?」

「ちがう、ちがーう! 記憶を失う前の話聞きたいんでしょ?」

「そうだ。今は時間良いのか?」

「こんなタイミングじゃなきゃ時間取れないじゃない」


 ほらほら早く、とギャリエラは俺の背を押す。


 ***


 町の端にある教会はこぢんまりとしており、町の風景に完全に溶け込んでいた。


 中に入って扉を閉じると外の賑やかな世界が遠ざかり、澄んだ空気で包まれる。


「そうだ、ノヴァたちはどこに行ったんだ?」

「ノヴァって雷獣の事? のえるんと二人でお話ししてるんじゃない?」

「話って、なに話してるんだろ」

「今後の事についてだろうけど、のえるんだから心配しないでも良いでしょ〜」


 メニックたちを退けた直後、ノヴァはエクリプスを抱えて去ろうとした。その時にノエルが現れたのだ。ノヴァは、すぐ戻ると告げてノエルとどこかへ行ったのだ。


 そうだな、ノエルなら上手くしてくれそうだ。俺の予備の下半身も何とかしてくれたのだ。


 ギャリエラは教会の天井を眺めながら、中心までゆっくりと歩みを進める。

 ステンドグラスには中央にメイズロータスを象徴する花が表現されている。周りには他の花や葉、動物が描かれている。窓のステンドグラスには黒い月と、それを光輝く美しい女性と花が封じている風に描かれている。


「ヴェンジはね、いっつも怒っててね〜……魔族を殺すのが俺の人生だって言ってるような男だよ〜」

「だろうなぁ」

「私は今のヴェンジの方が好きだけどね」


 にこり、と包み込む様な笑顔だった。


「それじゃ、お慈悲も見よっか。どんな風になってるのかな?」

「……お慈悲? あぁ俺のスキルの事か」

「その状態じゃ女神様のお慈悲変わっちゃったんでしょう?」

「多分そうだと思う。ずっと発動しないし、発動方法もわからないんだ」

「りょ〜かい! デザイア様からお慈悲を頂く時って、とっても美しくてね。私、見るの好きなのよ〜」

「お慈悲を頂くって、どんな風なんだ?」

「それは見てのお楽しみ〜」

「レイが居ない今がチャンスね」

「アールが居ない方が良いのか?」

「あの子はデザイア様と仲が悪いみたいなのよ〜。そこ立って! 目を閉じて〜」


 言われた通り、ギャリエラの正面に立ち、目を閉じる。肌感覚からギャリエラが俺に向かって手を差し出したのがわかった。


「それじゃあ……あれ、何で反応しないんだろ?」

「……」


 喋っても良いのか、それとも黙っていた方が良いのか。しばらくそのままで様子を見てみた。


「……女神デザイア様?」

「ひょっとして既に女神様のお慈悲を貰ってたりして?」

「それは無いわね。見たら分かるもの」

「例えば……って聞いて良いか……?」


 聞くと、お慈悲を受ける人物の目の前に半透明な葉が光と共に現れ、くるくると舞い降りて慈悲を受ける人物の胸に吸い込まれていくらしい。

 確かに見ればすぐに分かりそうだ。


「……私は天啓の聖女。女神デザイア様を私の体に降臨頂いてこの世に美と正しさを伝えるのが役目よ。魔王討伐の活躍者がお慈悲の発現出来なくなるなんて、正しくない。……少しだけ女神様のおチカラをお借りしましょう」


 すぅ、とギャリエラが一呼吸する。


 その直後、人ならざる澄んだ音がギャリエラの口から発せられた。


『美しい世界を彩るものたちよ。貴方の望みを芽吹かせましょう。届かぬ望みを掴む為、心からの願いを満たす為、常にそれを慈しみ、育てるのです。——貴方に幸多からん事を』


 ギャリエラが胸の前で手を組む。

 キラキラと光る神聖な光景をしばらく眺める。

 ……葉っぱとやらは見当たらない。


「……これで俺のスキルが戻ったのか?」

「無い」

「え?」

「貴方には何も無いわ」

「それは……どういう事なんだ?」


 教会には俺とギャリエラの二人きり。

 顔を上げたギャリエラと目が合った。


 ギャリエラはまるで俺を初めて見たかのように目を見開き、ビクリと動きを止めた。


 明らかに好意的な反応では無い。

 嫌な予感に心臓がどくり、と大きく鳴った。


 彼女の瞳に僅かに恐怖の色が見えていた。

 未知に対する恐怖だ。

 ありえないものを見た時の反応だった。


 視界が遠く感じる。俺じゃ無い人物を後ろから眺めている気分になる。


 何があったというのだろうか。


「……ねぇ……デザイア様からお言葉を頂いたのだけど……"産まれて間もない"って何なの……?」


 外で流れている音楽がやけに強く聞こえる。


 発せられた単語の理解を、脳が拒んでいた。

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