しかとその目に焼き付けよ
メニックは魔石を手にして笑みを浮かべる。
頬にこびりついた血も、人を殺しても、何一つ気にもしない。
お茶でも飲むか、と俺に問いかけてきた時と同じ口ぶりで魔石の回収を俺に提案してきた。
ダメ元で聞いているのか、聞く相手を間違えているのか、どちらにせよ答えなんか明らかだ。
「誰が手伝うか、よ!」
一直線に駆ける。メニックがばら撒いてきた丸い爆弾がいくつも頭上に広がった。
この数、その投げ方——隙間だらけだ。
体勢は低いまま、爆発物を掻い潜り、肉薄する。そのまま横から足を叩き込もうとした時だ。
俺たちに向かって倒れ込むように人影が飛び出す。
「っ人!? まずいっ!」
この場にはメニックがばら撒いた爆弾だらけだ。反射的に体が動いた。
足の軌道を無理やりずらし、宙を舞う周囲の丸い爆弾を蹴り飛ばす。蹴り飛ばした爆弾を他の爆弾にもぶつけ、全てを遠ざける。
すぐさま距離を取り、屈んだ直後に爆風が背中を撫でる。
顔を上げると、やって来た人の姿がよく見えた。
「その姿……」
その人物はあちこちがツギハギだらけで、体の一部が魔族のように膨れ上がっていた。
メニックは足元の半分になった死体を蹴ってどかし、乱入してきた住民へと近づく。
「来るのが遅いよ、失敗作。まぁ、運良く役に立ったから良いや。そうだなぁ、ご褒美は——」
メニックは考え込むように首を捻りながら、ツギハギの住民の頭部をぐしゃりと潰した。
頭を失った人は重力に従い、ふらりと傾く。そして追い討ちをかけるかのように、倒れる彼の腹部へと長い爪を突き立て、魔石を取り出した。
「——君の魔石の使い道を探してあげるよ。……はぁ、でもあんまり使え無さそうだから困るね」
君のは小さいんだよねぇ、とメニックは不満そうに口を尖らせていた。
気づけば口の中からは血の味がしていた。
俺は食いしばって今にも砕けそうだった歯を緩める。
周囲からはぞろぞろと何処からともなく人々が集まってきていた。もちろん時はまだ止まったままだ。出てきた大勢の人々は、町の人には違いないのだろうが……皆一様に目が虚で、その体はツギハギや歪な部分を持っていた。
嫌でも理解できた。
「これは全員、神隠しの被害者たち、か?」
「……神隠し。神隠しね! あはは、誇らしいよ! 僕の努力が神の所業と呼ばれようとは!」
「何が、何が神の所業だ。お前のやってる事はただの殺戮だろうがっ!」
「あはははは、君は随分と初心だね! そんなゴミ、僕の体と纏めて捨てたよ」
そう言ってメニックは服をはだけ、その中身を見せつけてくる。
服の下には金属フレームで覆われていたらしい。そのフレームは開かれて中には配線やチューブがいくつもの束が覗いていた。
「お前……体の一部を取り替えたのか……?」
「大正解! 汚染の深刻な部分からね! 脳も含めて全身でやっと七割くらいかな? いざって時に動けなくなると困るからね。ほら、そこの雷獣君みたいに」
ぞわりと背後から嫌な予感がした。
「スワンっ!」
「あぁ、問題ないよ」
水が叩きつけられる音がする。直後に奇妙な呻き声が転がっていった。
横たわるエクリプスへと、ビーストたちの塊が近づいていたのだ。
「ちぇっ、バレてたか」
「任せてくれ。彼には指一本触れさせない」
鬱陶しそうにスワンを睨むメニック。思った通り、エクリプスの魔石を狙っていたのだろう。
「エクリプスからも、町の住民からも……魔石を大量に集めようってか?」
「だってさ、だってさ! 時が止まるなんて滅多にない千載一遇のチャンスなんだよ?! こんなに素晴らしい機会を逃すバカは居ないだろう! だから今のうちに魔石をたっぷり狩らないとね!」
あちこちからビーストたちやツギハギの人々が増えてゆく。今まで一体何処に隠れていたのかというほどの数が現れ、ピタリと動きを止める。
まるで指示を待っているかのようだった。
「僕からの命令はひとつ」
カチリ、と爪が鳴り響く。
「——魔石を奪って来い」
各々が一斉に動き回った。
町中の止まった人々へと、横たわるエクリプスにも群がってくる。
こちらに突進してくる魔族だけでもと、駆け寄り蹴り飛ばし、旗を振るってただただ防ぐ。
こんな数、俺だけじゃ到底対処なんて出来ない。
「っ、クソっ!」
手と足を止め、呆然と座り込むノヴァへ。
動けない彼の肩を掴んで揺さぶった。
「おい、しっかりしろ!」
反応は無い。反応するほどの余裕が無いのだろう。でも、傷を癒す時間すらままならない。やりきれない思いを押し殺して告げる。
「お前が思考を、動きを止めている間も! あいつは動くんだぞ!」
動けない住民に絡みつくツギハギの人々。
動けない住民を押し潰そうとする黒い塊。
時が止まっている世界で、刻一刻と状況は悪くなる。
「そんな余裕が無いのは分かってる……!」
「……」
「でも頼む……過去の汚名じゃない、今この時、この瞬間を見てくれ!」
ようやく俺と目が合ったノヴァへ、無理やり仮面を押し付けた。
ノヴァは仮面を見下ろし、ぽつり呟く。
「……儂がつけた……汚名」
スワンの悲鳴を耳に拾う。魔族の体に埋まったスワンを旗で回収して下がった。
魔族の塊が周囲に増える。何体が合わさったのかサイズは大きく、攻撃の多くはすり抜けられてしまう。
ここで、時間なんてかけてられないのに。
汗が滲み、頬を伝う。
そんな時だった。
「儂が、この儂が偉業で上回れば良かろう」
ノヴァが仮面をつけて立ち上がった。
突然だった。
世界が時を刻み始めた。
花が香り、生き物の音が溢れる。人が動き、空気が熱を持った。
驚きと恐怖の感情が周囲を伝播する。
「何してくれるのさ、雷獣君!? これ以上、汚名を広げるなんて愚かにも程があるよ?!」
「黙れ、下郎。これより儂はノヴァである」
ノヴァの全身からばちり、ばちり、と雷撃が迸る。
「今こそ驚嘆せよ、畏怖せよ。この場この時、このノヴァの偉大なる瞬間に相まみえた奇跡に感謝せよ。これより前代未聞、驚天動地の偉業あり。世の常識全てを凌駕する偉大な瞬間を——」
全身がビリビリとひりつく。
ノヴァの長い髪や服が風もないのにたなびいている。
すっと、ノヴァがゆっくり人差し指を立てた時。
「——しかとその目に焼き付けよ」
瞬きしたかすらも分からないまま、視界が白で塗り尽くされた。




