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一対の旗、破れた旗

 メニックはつい先ほど、とんでもない勢いで走り去っていった青年を思い出しながら、机の上に置かれたソレを爪でなぞる。


「ただ心臓が届いただけじゃないか。何をあんなに急いで」


 長い爪で旗の端をカチリと摘み、巻かれた布を無理やり引き剥がす。血が固まってしまったのか、時が止まったせいでもあるのか、ベリベリと音を立てて中に包まれていたものが顕になる。


 白とピンク色の肉片にドス黒い血がこびりついている。綺麗な断面の白い骨の真ん中にあった赤黒い心臓は完全に止まったままだ。


「心臓じゃなくて魔石だったら良かったのにさ」


 彼も魔石をくれなかった、とメニックは呟いた。


「僕の旗ばかり気にしちゃって」


 ***


 あの時、メニックが旗に包まれた心臓の事をレストに伝えた直後の事。


 レストが混乱しながら血に濡れた旗を手に取ろうとして、しかし警戒したように手を引いた。


『この旗は、何だ? 町の中にも同じものがあった』

『見ていてくれたんだね。僕があの模様を描いたんだ。美しいだろう?』

『お前が描いたのか……この旗は何だ? もしかして、モノの移動が出来るのか?』


 レストは大きく息を吸う。その目はどこか遠くを見て、とある出来事を思い出していた。それは仮面のノヴァとの戦い時のこと。


 雷撃が旗に吸い込まれ、その後にまた別の旗から雷撃が出てきていたのだ。レストにとっては雷撃が転移陣で移動したように見えていた。しかし転移陣で人の体の一部だけが転移される事はない。転移陣の仕組みはそのように設計されているのだから。


 けれど、この旗は違う。こうして人の胸を抉った。

 レストは旗に目が行くものの、手を触れようとはしていなかった。


 メニックは興奮ながら、部屋の仕切りにされていたカーテンを強引にめくりあげる。


『モノの移動! 良く分かったね!』


 そうしてレストに見せつけたのはカーテンの裏側だ。

 捲られたカーテンにも町の中にある旗と似たような模様が描かれていた。それに部屋の内側のカーテン全てに模様が描かれている。


『アレもコレも! 僕のスクロールさ! ほうら模様を良く見てごらん?』

『……まさか、全部同じ模様じゃないのか』


 メニックは手元のレンチをめくった方のカーテンの模様へと投げる。

 レンチがガランと落ちたのは別の場所、正面に掛かっていたカーテンからだった。


『モノだろうと、魔術だろうと、スクロールは入れた場所からしか出せない。それって不便だと思わないかい? だから僕はスクロールを一対にしたんだ! 転移魔術スクロールなんて一度きりの消耗品じゃない! インクに魔力を馴染ませれば何度でも使える! それに転移陣より簡易簡便! 僕のここ数年で最も素晴らしい発明さ!』

『一対のスクロール……それじゃあ、これの対になった旗はどこにあるんだ』


 レストは感情を抑えながら、メニックに包まれた心臓を目線で示す。


『あー、それかい? 良さそうな人物を見繕って渡したんだよね。雷獣くんを連れてきてくれって片方をさ。もう片方は中に入ってもらえるように、あの透明な檻に入れてね』

『お前』


 レストは立ち上がり、ゆっくりとメニックに近づいていく。そしてカーテンを破らんばかりに鷲掴みにし、鋭い視線でメニックを見下ろす。


『雷獣に何をするつもりだった?』

『何って? 僕の使命に少し手伝ってもらうつもりだったよ?』

『強引に転移させて檻に入れないと話せない使命ってか?』

『あぁ! 僕らの偉大なる使命の一端を担うんだ! この狂った世界を元に戻す為にね』

『……何を言っているんだ』

『それより雷獣くんはどこに行ったか知らないかい? 町中に仕込んだ魔道具で見てたんだけど、時が止まる少し前かな? 花の神殿近くでエクリプスと共にいたのは知ってるんだよ。けれども、すぐに黒蝶で見えなくなってね。まいったなぁ、僕の逃亡用の旗の位置を教えておかなきゃ良かった』

『っ……あの破れた旗っ!』


 少し遠いから頼んだ彼に話を聞けないや、とメニックは残念そうに爪を鳴らす。

 そんなメニックを置いてレストは飛び出して行った。


『クソッ! 胸を抉られたのがノヴァで……その時、遠くに転移させられたのが雷獣だ……!』



 ***


 「まぁ良いか。それよりこの止まった世界はずっと続かない……続けられないだろうけど、早めに動かすか」


 万一の為の仕掛けは町中にある。メニックは楽しそうに爪をカチリと鳴らした。

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