エクリプス
ギシリと椅子が軋む。
痺れる体を椅子に預け、目だけでメニックを監視する。
あの時、ノヴァの姿をした人物によって、空間全てを雷撃で埋め尽くすされた後、動けなくなった俺を地下に引きずり込んだのはメニックだった。
引き摺り込まれたその先は暗く、筒状の通路が長く伸びている場所だった。通路の中央には水が流れており、悪臭が漂っていた。メニックが手際よく蓋を閉じた後、迷いない足取りで通路を進む。その先を追っていくと、通路に開きっぱなしの扉が存在していた。扉は通路にそっくりでスライドさせて開けるタイプのようだ。薄暗くて随分と分かりにくい位置にある。もし扉を閉じていれば通路と完全に同化してしまう。場所を知っていなければ気づかないだろう。その開かれた扉の先には部屋のような空間が広がっていた。
内部はカーテンやパーテーション、簡易的な壁の仕切りがいくつも区切られていて、広々とした空間なのに少し手狭に感じる。
入り口付近は生活空間らしく、金属製のテーブルと椅子があり、壁際にキッチンが設置されていた。
痺れて鉛のような体を椅子に預けてメニックを伺う。
メニックは俺の事を気にしたそぶりも見せずにキッチンへ向かっていた。引き出しの中にずらりと並んだ缶の中からひとつを手に取ったかと思えば、封を開けて中の匂いを嗅いでいた。目を閉じてうっとりとした表情だ。
「……良い香りだ。香り高さはここ10年で2番目くらいだな」
「それは何だ?」
「魔月茶だよ、どうだい? 市場には出回っていない種類でね」
「いや、いい……ここは何だ」
「ここは僕の隠れ家だ。あぁ、礼には及ばない、その魔石をくれればね」
「誰がやるか」
「なんだ、残念だなぁ」
礼には及ばないと言っておきつつ魔石を要求してくる図太さにには関心してしまう。渡す訳がないが。
「せっかく開けたんだから焚こうか。リラックスできるよ」
メニックはキッチンの棚に置かれていた陶器の皿に茶葉を乗せると、皿の台になっていた小さな筒状の炉内部に火をつけた。蝋燭に火はすぐにはつかず、火がついた後もゆらゆら揺らめく赤い光の動きは殆ど無かった。
「時を止めたのは本当にお前じゃないんだな?」
「言っただろう、僕にそれは無理だ。僕に出来る事といえば生体に機械の取り付けを行うくらいさ」
こんな風にね、とカチカチ爪を鳴らしてメニックは自身の体の金属部分をあちこち見せてくる。
「自分で取り付けたのか?」
「勿論、僕以外にこんな事は出来っこないさ。それでそれで?」
「それで、って何だ?」
「時を止めた存在は誰かって話だろう?」
メニックは俺の正面に座ると楽しそうに口角を上げて首を傾けた。
「君の予想は?」
「俺以外に動けている人物の仕業だと思っている。お前もそう思ったから俺を攻撃したんじゃないのか?」
「そうそう、そうだね。でも君じゃなさそうだ。それなら、わざわざ敵を増やす事もないしね」
「あぁ、俺じゃない。が、魔石は狙ってんだろ?」
「いつくれるんだい?」
「渡さないに決まってるだろ」
「なあんだ。ま、今それは良いよ。お互い今困っているのは時が止まっている事だろう?」
敵の敵なら味方だ、とメニックは首を逆に傾ける。
「それで、かのエクリプス殿は随分と様子が違うじゃないか。あーんなに強い雷なんか出してね。一緒に居たんだ、何か知ってるだろう?」
「エクリプス……もしかしてノヴァの事か?」
「ノヴァね、偽名くらいは名乗るか」
「お前は何を知っている?」
「あれほどの有名人、知らない方が不思議だよ。僕にとっちゃあ違和感しかないのだけれど……今の世界で国と呼ばれる地域区分があってね。そのうちのひとつ、この国を統治する王の、弟君が君と一緒にいた仮面の男だね」
王弟ってやつさ、とメニックは爪を鳴らした。




