重さと空腹
「ふっ、ぐっ……ふ、服もか……よっ!?」
俺の身体は普通に動く。しかし、着ている服までもはそうはいかなかった。止まっていたのである。それは重りを身体中に纏っているような感覚だった。
服がその場で停止して引っ張られるのを俺は無理やり動く。
俺はノエルの目の前になんとか移動して顔の前で手を振ってみた。
「おーい……って、反応はないか。……ノエルも俺の服みたいに動かせたり、っと!」
いつもアールを持ち上げるようにして、ノエルの胴体に腕を回し、持ち上げようとしてみた。
「……ぅ、動くがっ!?」
まるで床に固定されているかのようだ。少しばかりではあるが、持ち上げられそうではある。けれども、この状態では日が暮れても移動は出来ないだろう。
俺の服でさえ固まっていて難しいのに、人ひとりだと到底無理だ。
ノエルを持ち上げる事を辞めて腰を伸ばす。なんだか重いだけじゃなくて疲れやすい気がした。服が重いのもあるのだろうか?
現在のノエルは意識があるのかないのかは不明ではあるものの、固まってしまった時のまま、膝立ちで心配そうにある一点を見て停止していた。
視線の先には斧から人に変化した少女ケーヴィが動きを止めていた。
「……」
俺は地面の冷たいタイルに顔を寄せて彼女の足元をじっと観察してみる。
「足が浮いてる……デバイスだけじゃなくて人も浮くのか」
ケーヴィの足とタイルには何もない空間のみだ。
「どうなってんだ?」
何が起こったのか。
何故俺だけが動けるのだろうか。
「ここだけか? ……外はどうなっているんだろ」
俺はやって来た場所を、神殿の入り口を見上げた。
レストが花の神殿に向かった直後の事。
屋根が無くなり、見晴らしが非常に良くなった喫茶店の店内にて、アールは筆談で店内の人達とやり取りをしていた。
アールの浮いた鎧の右腕は苛立つようにして書いた紙を何度も叩く。
紙に書かれていた文字は。
——中に僕が入っている。忘れ物じゃ無い——
店員は動く鎧に驚きと警戒をしつつも、何度も布の塊となったアールと紙の文字を目で往復し、納得したようにその場を離れた。
『ちゃんと読め、全く。誰が忘れ物だ』
店前では魔族が暴れた事による騒ぎがまだ続いていたのである。即座に逃げ出した人も多く店内は散らかりっぱなしだ。
勿論、店内に留まったままの人々も多い。レストたちが座っていた場所の近くにも留まっている客は居た。
「奴も店に留まっていれば……まぁ良い」
デバイスを焦るようにして操作する人物は一般客のように見える。けれども、その目線はノヴァの立っていた場所を執拗に睨みつけていた。
『……レストのやつ……厄介なのを入れやがって』
その一般客に扮した人物は、何があったのか、突然手を滑らせてデバイスを落とした後、通りがかった客に勢いよく踏まれてしまい、デバイスは完全に機能停止した。
『……数が多いぞ。空の上も大変だってのに』
喫茶店での騒動は未だ続く中、空に浮かぶ月は大きさを変えていた。
ずっと見ていなければ分からない程度にだが、少しだけ小さくなっていた。
その代わり、地上に伸びる黒い筋のひとつは異様に太くなっていた。
太くなっていた黒い筋のある場所。それはレストが向かった先、花の神殿だった。
神殿の塞がれた大きな穴の隙間から、まばゆい光が漏れてくる。
その瞬間、轟音と共に再び神殿の穴が開かれる。全身から汗を流しながら疲労困憊といった様子で這い出てくるのはレストだった。
腹からは盛大な音を立てており、饅頭をひたすら食べながら壁を支えに外へ出る。
レストは膝に手をつき、ぜいぜいと普通の人が全力疾走した後のような息をあげる。
「……っ、ふぅ。瓦礫まで重すぎるぞ」
神殿の外は異様に静かだった。
人の息遣いや生活音がまるで聞こえて来ない。
そんな異常な状況ではあるものの、一息つこうと、深く息を吐いた途端だ。
「……っ、悲鳴!?」
甲高い悲鳴がレストの耳に飛び込んできたのだった。
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