第百話 一歩前へ
「戻ったわね」「ご苦労だっだ」
遺跡の入り口に戻ると、岩根さんと隆政が待っていたが盛文さんのことには全く触れない。
「俺は報告があるので、岩根殿の指示に従え」
隆政はそう言いいなくなると、岩根さんからの指示で保健室へ移動した。
「入るよ」
晴親さんが保健室に入ってくる。
「あの長三郎は、処置室で治療してます。あ、でも、大した怪我じゃないので」
「そうかい隼人君、ありがとう。でも僕がきたのは、天帝から報告を求められているからなんだ。報告書は後で作るとして、みんな大変だったと思うけど着替えて部隊棟へ行く準備をしてほしい」
天帝は、もう京へ帰りたいそうだ。
ガラガラ
服を整えていると、今度は扉から浅井教官が顔を出した。
「お疲れのところ悪いけど、装備集めるように言われてるからさ。とりあえず、この台車に載せちゃって」
台車の上には大きな木箱があり、壊れた装備をいい加減に積んでいく。
あまりの疲れに、目を瞑ったらすぐに寝てしまう……なんてこと、ならないこともあるんだな。だって、
その時だった。
「あの、」
箱に装備を入れる穂見月が、浅井教官に言った。
「やっぱりなんでもないです」
応急手当をし服を整えた俺たちは、晴親さんに連れられて部隊棟まできていた。
「聞いておるぞ。門番を倒してしまったとか」
天帝は、らしからぬことに早口でまくし立ててきた。
「貴様たちは何を考えている。神とのつながりを絶ち、これからどうするつもりなのか!」
「恐れながら」
堀田先輩が答える。
「僕たちの世界は、自分たちで作っていくものだと思います。もし、神様が手伝ってくれない新しい時代がきたとしても、変わった時代を生きていくだけです」
「うぬぬ。なんと恐れを知らぬやつ。神々が持つ圧倒的なその力、それを先ほどの戦いで示したのはお前たちではないか」
「それは違います」
晴親さんが、天帝の言葉を真正面から否定した。
「あなたが負けたのは、多くの敵を作ってしまったからです。彼らが勝てたのは、天狗さえも味方につけることができる真っすぐな心を持っていたからです。神の力は後でついてきたものに過ぎないのです」
「違う! 神の力があれば皆従うのだ。そして、その中で政が行われることにより豊かに生活ができるのだ」
「その豊かさとは、何でしょうか?」
目の赤い穂見月が反論する。俺は結局、また泣かせてしまった。
「我が家は、先祖代々の土地で米も取れ、父も母も警察官という職についていました。だから、家族みんなが十分食べられるだけのご飯はありました。しかし父は、母が亡くなった悲しみの中で生きていくことができず、母も父の迎えを待っていました。彼らは私の父と母の二人を救いました。本当に必要なものを与えてくれました。あなたが言う豊かさとは、何なんでしょうか?」
「ええい! 揃いも揃って無礼なやつらだ。行くぞ!」
天帝は立ち上がり、僧兵の護衛に囲まれ部隊棟を出て行った。
あれから二か月。
天帝は天帝をやっているらしいが、実際には武家の南条家が出張ってきて操られているという噂だ。神宮院と元老院が手を組んだとも聞かないし、結局覇権争いをする参加者が増えただけのような気がする。
ちなみにこの情報の出どころは、南条家に事務屋として取り立てられた晴親さんからだ。
それで、俺たちの方はと言えば学校生活に戻っていた。
実技は弱い敵に貧弱な装備と物足りなかったが、学科の方は大苦戦である。人員輸送車に問題集を積んでいたとはいえ、寝る前に少しやったぐらいでほとんど進んでいなかったからだ。
それでも無事、俺たち四人は二年生に、堀田先輩と松下先輩も三年生になれるらしい。
「穂見月!」
俺は、前を歩く穂見月に手を振った。
長い髪をなびかせ振り返る穂見月と、春を告げる桜の花びらの色彩が胸躍らせる。
「散るの早いね。新入生が来るまでもつかな?」
「どうかな。俺たちの時、どうだったけ?」
雪だるまと穂見月の冷たい態度しか思い出せない。
「えっと。ところで、隼人君は新入生を迎えに行く担当になったんでしょ」
「うん。これから四駆の練習に行くんだけど一緒にいかない?」
「ええ?」
「車借りるだけで、先輩とかいないから大丈夫だよ」
「うーん。じゃあ行こうかな」
俺は装備保管係から鍵を受け取ると、車に乗り込み穂見月の待っている裏門まで移動する。
「こっちこっち」
手招きをして、隠れていた穂見月を助手席に乗せると左折して訓練場の方へ向かった。
「校内で練習するの?」
「大きな訓練やってないから周囲を回るだけならいいって言われてる」
「ふーん。じゃあさ、特火訓練場の方に行ってもいいのかな?」
俺は少し考えてから答える。
「たぶん入ったらだめなんだろうけど、誰もいないだろうから行こ」
遺跡まで行き、車から入り口があった場所を眺める。
「穂見月、何も残ってないね」
入り口を形作っていた石は解体され、穴は土で塞がれ平らにされていた。
「うん、それに少し草が生えてきてるね。このまま入り口がわからなくなちゃうのかな」
少し掘れば洞窟に行けるだろうが、そんなことをしたところで穂見月のお父さんとお母さんがひょっこり現れることはない。
「ねえ、穂見月。あの日、保健室で浅井教官に何を聞こうとしていたの?」
「えっと。みんなさ、お父さんのこと何も言わなかったでしょ」
そう。俺があの日、肉体的な疲れに負けなかったのは、その怒りがあったからだ。
「うん」
「知ってたんだなって」
「え?」
「お父さんが刺し違えてでもお母さんを救おうとしていたって」
そうか。みんな知ってて送り出したから「どうしたのか」と聞かなかったのか。
「穂見月、ごめん……」
「なんで隼人が謝るの?」
「だって俺、何も気づいていなかったから。結局、二人とも救えなくて」
俺は気づき、止めるべきだったのだろうか。そしたら盛文さんだけでも助かったのだろうか?
「違うよ隼人。お父さんはお母さんを救ったし、お父さんもお母さんに会えて救われたはず。本当は、私と一緒にこちらに帰ってきてほしかったんだろうけど、それが無理だと分かって私たちだけでもと考えたことは成功したんだもん」
これで、盛文さんの予定通りだったということか。結構、すごい人だったのかもな。
「そうだ、手伝うよ」
「うん?」
「こうして車も運転できるようになったし、今度は苗を植えに行くよ」
「ありがとう隼人」
顔を向けると視線がぶつかる。
穂見月……。
そのまま顔を近づけると、穂見月の体もこちらに傾く。
穂見月の顔が、左下僅かの距離まで迫る。
ガサガサ!
「なに!」
穂見月は音に驚き、体を引くと目を大きくして後ろの座席を見ている。
? 視線を追う。
「チューゥ?」
「おーまーえーらー」
「長三郎のせいで見つかったでチュ」
背もたれに隠れ、霞と長三郎が乗っていたのだ。
「大体、隼人が悪いでチュ」
「そうだよ。浮かれて運行前点検しないから気がつかねえんだろ」
「って、お前ら、いつからいるんだよ」
「迎えのための練習で借りるって浅井教官から聞いたから最初から? まさか穂見月も一緒だなんて。なあ、霞」
「そうでチュ。あたいたちも早苗ちゃんに会いにいくでチュ」
二年になり部隊が分かれても、俺たちは変わらないだろう。
終わり
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