ルームクリーニング?
新しい日本、ヤマトリアルを舞台としたお話です。
「梅田ダンジョンへようこそ」より少し前、まだ異世界同士がうまく馴染めずドタバタしてる頃のお話になります。
「ルームクリーニング?」
ロロルトは思わず妻の美由紀へ問い返していた。
聞きづらかった訳ではない。
ただ結婚して一年半、ほぼ恒例となっていた月一回の小旅行の次の予定に対する返答として、それはあまりにも意外だったのだ。そんな地名、聞いたことが無い。異世界にも、日本にもそんな場所はないだろう。
「そうそう、ルームクリーニング。
今ね、凄く話題になっている業者があって、次のお休みはそこに依頼しようと思っているの」
美由紀が平然と受け答え、その金額が旅行の予算とほぼ同じことや、人気がありすぎて予約が取りにくく、奇跡的に依頼できたことなどを楽しそうに付け加える。
ロロルトは妻に気づかれないように、小さく深呼吸した。
そろそろ寒くなって鍋物が恋しくなる季節で、次の旅行ではそういうところを期待していたとか、そもそもこの旅行の習慣は彼女の方から言い出したものであるとか、このマンションはまだ新築の部類だし、共働きとは言え家事はきちんと分担して掃除も行き届いているのでわざわざ業者を呼ぶ必要はないのではないか、それに金額が高すぎやしないかなどなど……
ざっと一呼吸の間に反対できる理由が次から次へと沸き上がってくるのを確認し、
「君がそうしたいなら、いいんじゃないかな」
ロロルトはあっさりと妻に賛成した。
行動力と決断力のある彼女がここまで話を進めているのなら、反対しても無駄である。たった一回旅行を我慢すれば円満に収まるのだ、何を迷う必要がある。長い人生、たとえ自分が間違っていなくても引かねばならない時もあるのだ。
「ロロ君ならそう言ってくれると思ってた」
甘い声で美由紀が喜んでくれるが、その目がどこか勝ち誇って見えるのは気のせいだろうか。
ロロルトは統計管理局の職員である。
こう言うと、多くの日本人からは統計管理局とは何かと聞かれた。
それも当然で、元々は異世界の職業なのである。
地球が魔法の存在する異世界の海星と繋がって、世界の様相は大きく変わった。
特に関西では大阪の梅田にコフュースのトリアル国との間に恒常的な『門』を設立して、互いに技術と物資を補い合う蜜月状態が続いた。魔法技術を欲した関西と、科学技術に興味津々なトリアルで、WinWinな関係を築いていた。
どれくらい密接だったかと言うと、関西はヤマトを名乗って日本から独立した上に、その一年後にはトリアルと合併してヤマトリアル連邦を立ち上げたくらいだ。
勿論、問題も山積みだった。
ヤマトには当然魔法を管理運営するノウハウがなく、トリアルには工場や公害に関する規制や対策について白紙状態である。技術や物資だけでなく、こうした制度についても補い合う必要があった。
これについては二つの世界で別々に場当たり的な部分最適の対策をするのでなく、どちらの世界でも通用する全体最適な対策が望ましいとの声があった。
まさに正論であるが、どう実現するかが問題である。
この問題を解決する為に、ヤマトとトリアルは実務者を交換して互いの世界の利点と問題点を洗い出すことにした。まずは『門』を作った直後に百人が先発隊としてそれぞれの世界に旅立った。
ロロルトはその先発隊の一人であり、美由紀はその受け入れ先の区役所の事務職だ。
職場恋愛というとなんだかありきたりだが、まあそういうことである。