第1話 転校生
退屈で形式的な始業式は例年通り終わった。小中高と何度も経験してきたものだが、何度経験しても無意味だと再認識する。
しかし、大抵その後の出来事のせいで忘れてしまう。大人になればなるほど無意味な事を"しょうがない"と受け入れられるようになって、考える事を放棄するようになっている気がする。
みんなが"しょうがない"と受け入れるせいで世の中の問題点は一向に改善しない。改善しようとすれば同調圧力に潰される。
そんな世界で人生の最後に、理不尽なことも悲しみも苦しみも怒りもすべて"しょうがない"と受け入れて死ねるのだろうか。
教室で窓の外を眺めながら、俺が思考の迷宮に入りそうになった時、後ろから聞きなれた声が聞こえた。
「ねぇ、夜彩」
背後からだ。振り返るとそこには俺の知り合いの芝浦 紗恵がいた。
"芝浦 紗恵"との出会いは高一の時、彼女が俺の隣の席でよく絡んできた。彼女はライトノベルやアニメといったサブカルチャーが好きなようで、その分野に関して、最低限の知識を持っていた健全な俺は基礎的なアニメとラノベの知識を小一時間ほど話した。
が、紗恵という子はまるで同類を見つけたかのような目で俺を見つめてきたのだ。
そこから今までこんなだらだらとした友人…いや知人関係を続けている。
「この後予定ある?」
紗恵は首をこてりと曲げて聞いてきた。
「無いけど?」
「それなら、一緒にゲーセン行かない?」
「ゲーセン?」
俺は思わず聞き返した。
紗恵は良くゲームセンターに行っているし、俺も何度も連行された。だが、いまだに俺はあれの良さがいまいちよくわからない。ゲームがやりたいなら買い切り制の家庭用ゲームの方がよっぽどコストパフォーマンスが良いでは無いか?なぜ、一回に100円も投入しないといけないんだ?そもそも人も多いし、ゲームなんて一人、家でじっくりやるものだ。
「お断りだ。そんな時間があるなら株価チャートを眺めていた方がよっぽど建設的だ」
紗恵はうわーと若干引き気味のポーズを取っていた。その案を潰すなら今がチャンスだ。
「大体昨日も連行されたぞ」
そうだ、昨日はそのせいでFRBの量的緩和のニュースをリアルタイムで見れなかった。俺たちがゲーム機に100円をぶっ込んでいる間にアメリカの中央銀行が市場に6000億円ほどぶっ込んでいたんだぞ。ゲーセンなんて仕事の生産性を落とすんだ。
「まぁ……ね?」
紗恵は不満そうな顔をして矢継ぎ早に言葉を並べて説得しようとした。
「ほら今日、午前授業でしょ?」
「私暇でさ、ゲーセンにでも行こうかな~って考えたのよ」
「それならついでに夜彩でも誘おうと思ったわけ」
さあ、どこから突っ込もうか。今日は午前授業ではなく終了が13時だという事実か。暇ならゲーセンに行くという発想か。なぜ"ついでに人を誘う"のか。そしてそのついでに選ばれた人がなぜ俺なのか。それらの疑問から導き出される答えは一つだ。
「なるほどね、つまりお前はぼっちなのか」
そういうと紗恵は俺に哀れみの目を向けてきた。
「特大ブーメランを投げてもダメージを食らわないあたり流石ね」
と、言ったのち彼女はコホンとわざとらしい咳払いをした。
「まあ、少しでも暇つぶしになればいいのよ」
暇つぶしになるなら俺の意向は無視なのかこいつ…。
「さいでございますか」
俺はゲンナリした顔で答えた。
「さいでございますよ」
紗恵はまるでふざけた子供がするような目で言った。
そんな生産性のかけらも無い話を続けていると担任が入ってきた。
担任、遅い、時間守れ、お前それでも社会人か。
「遅れてすいません」
社会人見習いの担任がペコリと謝る。
おい、担任、謝罪は言葉だけじゃないだろ、一番大切なのは誠意だろ、誠意のない謝罪なんて逆効果だぞ。
と、そんな俺の思考など知らない担任は表情を変えて用件を言った。
「えー皆さん、突然ですが転校生がくることになりました」
また、いきなりだなと思った。先ほどの遅れを隠蔽するためだろうか。何かしらの疑惑が出たら新しい話題を出してマスメディアをそちらの話題に誘導する。典型的な悪質な政治家かな?
「転校生?」
「突然だな」
「どんな奴だろう?」
と俺の思考をよそに世論の皆様方は転校生の話題に持ちきりになっていた。こうやって民主主義は操られるんだな。俺も印象操作には気を付けないと。
とそんな深入り想像をする俺とは正反対の紗恵は転校生の話題で少しテンションが上がっていた。
「転校生かぁ~。ねぇ夜彩、どんな子だと思う?」
「期待するだけ無駄だろ」
ライトノベルじゃあるまいし。俺はコンマ数秒で答える。下手したら紗恵が言い終わるより前にフライングしていたかもしれない。
無駄と答えると紗恵は哀れみの表情を向けてくる。なんか社会に適応できないニートを見るような目付きだ。ハローワークで仕事でも紹介してくれるのかな?
「では、入ってきなさい」
担任が言うとドアが空いて転校生は入ってきた。
驚いた。だって、本当に"金色の美しい髪をした青い瞳"の少女が入ってきたから。
全く関心が無かった俺でさえ思わず見てしまう程の異質さだったからだ。
「外国人!」
「綺麗だなぁ」
名もなき生徒の皆様がまるでお約束のようにコメントをしてくれた。語彙力なさ過ぎだ…。コメンテーターなんだからもう少し頑張ってコメントしようぜ…。
まあ、語彙力が死ぬのも無理がないかもしれない、それほどの少女だったから。
でも、あいつら担任の「転校生がくるよ」って時も語彙力死んでいるコメントしたからサンプルとしては使えないな。
「皆さん静かに。では、自己紹介をお願いします」
印象操作の教員免許をお持ちの我らの担任が盛り上がりをみせる生徒達を静かにさせた。流石世論を動かすプロフェッショナル!
「"クリスタ・アレンス"です。気軽に"クリス"と呼んでください」
生徒がシーンと黙ったタイミングで金髪少女は凛とした声で名乗った。
クリスタか…。ドイツ語・英語・デンマーク語などの女性名だけど名前だけでは国籍を判断するのは困難だろう。ドイツかデンマークかもしくは英語を公用語にしている国だし。そもそもキラキラネームで実は日本人でしたENDも考えられる。人種が外国人でも日本国籍を取る事は可能だし。
「クリスタさんです。皆仲良くするように」
担任がお決まりのセリフを言った。そのセリフに気持ちを込めて言った担任少数派説。
「はーい」
生徒達は小学生みたいな返事をした。お前らボットかよ…。お前ら置くよりスマートスピーカー置いたほうが良いんじゃないの?これじゃあ、アレクサの方が優秀だぜ。
そんな事はどこ吹く風。担任の関心は転校生の席の位置に移ったようだ。
「席はそうだなぁ……芝浦の隣だな」
雑!とにかく雑!事前に考えとけよ!
いや、事前に考えていたのかもしれないけど、だとしたらなんで今思いついたような態度なんだ。あれか、勘で儲けられる天才投資家かな?今時勘に頼る個人投資家より、コンピューターを使ったアルゴリズム取引の方が儲かるし信用できるんだよな…。
とにかく勘なんて信用できるものじゃないぜ。
「芝浦、頼んだぞ」
担任がバッチグーという感じの勢いで紗恵にいった。紗恵もお任せあれーみたいな顔して「はい!」って言っているし…。
紗恵…お前…それ仕事増やされてるんだぞ…。紗恵は社畜属性持ちなのかもしれない。
その少女は言われた席に行くために俺の横を通る。凄く綺麗な人だし、きっと一生関わらないだろう。そもそも女の子という時点で俺とは接点が発生しないだろうし、男子であっても接点はない。よって俺は余計なリソースを使わずに済む訳だ。あ、転校生が動物なら嬉しいけどな!人嫌い!
コミュニケーションとかいう難題はその道の専門家に任せよう。と思いクリスタさんのご担当の紗恵を見ると案の定「私は芝浦紗恵。クリスちゃん、これからよろしくね」とか言っていた。流石専門家。
「はい、よろしくお願いします」
クリスタさんもコミュニケーション能力はちゃんと持っておられるのか、形式的な返答をしていた。うむ、面倒なやつではないっぽいかな。
一安心して机に突っ伏して寝ようかと思うと後ろからツンツンと誰かに突かれた。思わず「お休み中に仕事の連絡をするのはやめてください、労働時間中にやってください」と言いたくなってしまうような事をされたので気怠そうに振り返ると、紗恵がいた。目線でクリスタさんと俺を見ている。どうやら俺も挨拶しろという事らしい。
本当なら挨拶をせずに済むのであればそれで良かったが、生憎こういう状況になってしまうと挨拶せずに終わらせるのも難しいだろう。むしろ、この状況で挨拶するのを拒否するのはあまりに印象が悪いし、場合によっては敵対的な行動とも取られかねない。人と敵対するほど無駄で誰も得しない行為は無い。
「俺は、夜彩凛です」
形式的な挨拶。挨拶とは敵対心がないという意思表示なのだという。
が、
「……」
クリスタはこちらを向いていたのに、何故かそっぽを向いてしまった。うーん、あちらはこっちの事をよく思っていないのだろうか。それとも敵対しても問題無い程度の人間と捉えたか。そもそも男子が苦手という可能性も考えられる。真相は分からないが、あちら側がこちらに良い印象を持っていないのであれば深入りするのは得策では無い。
自分を嫌う人間がいるのであればそいつとは距離を取るべきだ、それが一番お互いのためになる。
そこに女子生徒がクリスタさんのところにやってきた。
「ねぇ、クリスちゃん」
クリスタは待っていたかのように
「はい。何でしょう?」
と答えて他の生徒と話始めてしまった。
俺としても、ありがたい。そう思い俺も机に突っ伏して先ほど中断された仮眠の続きを始めた。




