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バグ  作者: メグミ アキラ
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3


「まぁ、それは本当ですか!お父様!!」


 姉の歓声にローズフェリアはハッと顔をあげた。

 続いてその場に席を連ねているや宰相の妻、有力貴族の女たち、近くに控える姉の乳母までが喜びの声を上げるが、少し離れた末席に着いていたローズフェリアには、歓声の訳がわからなかった。

 自分から一番離れた席で、この国の王である父が幸せそうな笑顔で話しているのを見て、胸がざわめきだす。自然と顔が強ばりそうになるのを隠そうとローズフェリアは懸命に気づかれないように呼吸を繰り返した。

 今日は月に二度王宮の奥に位置する後宮で行われる、王を囲んでの茶会の日だった。

 実の娘である王女であろうと王に会うことは、いつでも好きな時にとはいかない。王が後宮を訪ねるか、事前にそれなりの御目通りの手続きをしなければならない。

 そんな中、この茶会は王女達にとって父と気を張らずに会える数少ない機会であったし、父王が去った後は女たちの情報交換のサロンとなるのだった。

 今日は重要な発表があるようだとの前評判で、ローズフェリアは聞き逃さないようじっと耳に意識を集中していた。だが、会議でもない親しい者同士の会話で声を張るはずがなく、距離の離れた場所にはいつもどおり、その内容はローズフェリアに届く前に空気中に霧散してしまうのだった。


「ローズフェリア」

「はい」


 今日はじめて父に声をかけられ、父と目が会う。その顔に先程までの笑顔はない。

 自分の名前が挙がった途端、今までの和やかさが幻のように消え去り、場が静まり返った。

 緊張から喉が絞まって、声を出すことさえ難しく感じた。


「お前の兄が長の外遊から戻るのが嬉しくないのか」

「あ、いえ。…お兄様が?」


 きつい口調に萎縮して、内容に頭がついていかない内に、話は終わってしまう。


「…いつも言っている、ローズフェリア。加わる気がないのなら席に着かなくてよい。つまらないと顔に書いて並んでいられるのは不愉快だ」


 視線が離れていく。後はもう父がローズフェリアを顧みることはない。

 漏れ聞こえる笑声とこちらに向けられる蔑み、見下す視線を感じながらローズフェリアは静かに席を離れた。恨みがましく悲しい顔をしないよう、無表情を装う。そのまま後宮に続く唯一の道に向かい、お茶会から見えなくなると脇の茂みに入り後は振り向かずに走った。茂みを抜けると警備の兵がさっと振り返るが足を止めずに走り続ける。追っては来ない。いつものことだった。




 物心ついた時からローズフェリアは父王に疎まれ、兄弟に疎まれ、そのことから側による者は最低限つけられた使用人だけだった。誰かに愛されたことも、笑いかけられた記憶さえも無いに等しく、せめて気に障らないようにと身を竦めて育った。その結果身に付いた無表情で更に気味悪がられたが、その頃にはどうしようもなかった。人前で涙など流せなくなっていたし、微笑む機会など無かった。

 ローズフェリアは後宮と王宮の間にある広く迷路のような庭園のはずれに位置する温室にたどり着くと、咲き誇る白バラの木の根元に隠れるように座り込んだ。

1人になり甘い香りに包まれて肩の力が抜けると目頭が熱くなる。しかし慣れきってしまった無表情は崩れず、ただ涙だけが頬をつたう。静かな涙だった。

 会が始まる前の聞こえよがしな心無い声がよみがえる。


『いつ見ても気味の悪い。ニコリともしないでまるで人形のよう!』

『あれはお母様の生き血をすすって生まれたのだもの、この国とバラといわれた方の。いくら美しくてもあれの性根を表すものではないわ。あれはただの人形よ』

『本当。泣きでもする可愛げがあればまだよいものを』

『どこかにやってしまわれればよろしいのに。あれだけ美しければ人形であっても貰い手はいるでしょう』

『お父様も心の奥では疎ましく思っていらっしゃるのだわ。以前仰っていらしたもの。あれの無表情は見るに耐えないって。でも国の恥を外に出すわけには行かないでしょう』

『まったくですわ。ほんと、忌々しい人形』


―――人形

母殺し――――…


「お母様、私は――」


 ガサガサという音に物思いが途切れる。

 すぐ背後のバラの木が揺れてローズフェリアは我に返った。うつむいていた顔を上げ振り返るのと同時に身なりのいい貴族のような青年が木陰から現れる。

 青年は人が座り込んでいるのに気配で気づき、鋭い動きで腰の剣に手を伸ばした。振り向くと同時に流れる動作で剣を抜こうとして、ローズフェリアの姿を確認し、柄を握りしめたまま凍りついた。美しく整った顔の青年の目が驚きに見開かれる。

 ローズフェリアもまた、父王とその側近数名くらいしか男性に会ったことがなかったから――なにより青年の剣に手を伸ばした瞬間の凍るような目に怯えて、無表情のまま凍りついていた。ただ涙だけが急には止まらず、ハラハラと流れ続ける。


「ローズ、フェリア、様…」

「!」


 青年が絞り出すような声でつぶやく。見知らぬ青年に名を呼ばれ、今度こそ驚きで涙が止まる。

二人はただただ、目を見開いてお互いを見詰め合った。


「シノール、何か見つけたか?」


 木の向こうから別の声がして固まっていた空気が解ける。二人がハッと振り返った先の木が揺れる。

 ローズフェリアは木の葉を掻き分けて現れた姿を見たとき、最初花が現れたかと思った。顔が隠れるほどの花をその男は抱えていたのだ。


「シノール?」


 先に現れた青年がシノールという名らしい。シノールに両手に抱えていた花束を渡し、現れたのは褐色の肌をした黒い髪と瞳が印象的な青年だった。

 足元にローズフェリアが座り込んでいることに気づいた青年と目が合う。反射的に身構えたローズフェリアの前に目線を合わせるようにしゃがみこみ、無邪気にニコリと笑う。


「やあ、白いバラに隠れて紅いバラが一輪咲いているね」

「?」


 紅いバラ?白バラの木に?

 青年の言葉の意味が判らず、ローズフェリアは周りを見回した。その間に青年は立ち上がり、シノールに持たせた花の中から一輪抜き取った。その際にシノールが青年に耳打ちする。


「ローズフェリア、様?」

名前を確認するように呼ばれて、紅バラを探していたローズフェリアは青年を振り返った。


「…はい」

「あなたがローズフェリア様。この国の第二王女様であらせましたか…。私はローズフェリアのお兄様の外遊中に親しくしていただいた者で――」

「王子」


 シノールが声を上げ、言葉を遮るのを青年が片手で止める。


「シノール黙っていろ。失礼だぞ。――シノールが言うとおり私は某国の第五王子です。姉がこの国に暮らすことになったので、一度この国を私も見てみたいと皇太子様にお願いして、帰国の船で共に連れてきて頂いたのです。しばらくこちらでお世話になります」

「お兄様のお友達…。お兄様ももうお戻りなのですか?」

「いえ、本隊は今日の昼の到着かと。私は馬で来たものですから先触れ隊に、わがままをいって混ぜて頂いたのです。早くこちらの様子を見たかったもので。今は謁見までの時間、シノールに庭園を案内してもらっているところです。私の国では咲かない花が珍しくて、姉のために少し頂いていたのですが…しかし、これはローズフェリア様に」


 明るく笑いながらはきはきと勢いよく話す姿に圧倒されていると、紅いバラを一輪差し出されて、ローズフェリアは先程の青年の言葉の紅バラが自分のことを指すのだとようやく気づいた。顔が、火が出そうなほど熱くなる。

 それを見た青年がくすくすと楽しそうに笑う。


「ああ、本当に赤バラのようになった。外見は華やかな美しさだが、ローズフェリア様は可愛らしい方なのですね。さあ、どうか受け取って下さい」


 バラを受け取る手に青年の指が微かに触れて、男性とはもちろん、人にあまり触れたことの無いローズフェリアは自分でも驚く程指が震えた。強張った指をすり抜け、花が落ちてゆく。

 受け取るのを嫌がったように見えたのではないだろうか、自分に向けられるであろう罵倒や皮肉を想像して、ローズフェリアは青ざめ、うつむいた。身体が緊張で強張り、花を拾うこともできない。ここまで身体が思うように動かないのは初めてだ。すぐ先に落ちたバラを見つめるしかできない。

 と、手が伸びて褐色の肌がバラを拾う。バラを追うように視線を上げると、青年は微笑んでいて、ローズフェリアは身に付いた無表情の下で訳もわからず泣きそうになった。手を差し出され立ち上がる。触れ合った手にバラを落としてくれる。


「失礼なことを言ってしまってすみません。受け取っていただけますか?」

「…」


 何も失礼なことなどないと懸命に首を振り、ローズフェリアはバラをしっかりと握り締めた。それを見た青年が嬉しそうに笑ってくれるのに胸が締め付けられる。

 では、と去ろうとする背中に自分でも思いがけず声が出た。


「あの」


 だがそれ以上続かない。察して青年が微笑み、美しい動作で腰を折った。


「私はリヨウキと申します。よろしくお見知りおきを」

「リヨウキ様…」


 リヨウキの姿が温室から出て行ってもローズフェリアは立ち尽くしていた。と、名を呼ばれて飛び上がりそうなほど驚いた。シノールが残っていたことに気づかなかったのだ。


「ローズフェリア様」


 リヨウキとは違う低い声だった。表情が乏しく薄い灰色の瞳は冷たく何を考えているのかわからない。自分もこんな風に見られているのだろうかと思って怖くなった。少し身構えてしまう。


「…シノール、様?」

「シノールと。そんなに握り締められては手に傷が。…そのバラには棘があります」


 ハンカチを差し出されて、おずおずと受け取る。今度は問題なく手が動いた。


「お気をつけください」


 ボソリと言葉を残して、リヨウキを追うように出て行く。

 ローズフェリアはバラを握り締める手を広げ見た。


「気づかなかった…」


 手の平に棘が刺さり、傷だらけで血がにじんでいた。



昔の作品は、我ながら読んでて辛い。

頑張れ設定と突っ込みどころ満載。

修正入れていますが、しかし基本は昔のまま晒そうと思います。

自分の通ってきた道です。

あ、遠慮なく突っ込みいただけると為に成ります。

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