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 自分のものとは思えないほど艶を持った髪が、背後で瞬く間に結い上げられていく。それを気配と頭の感触で感じながら、侍女さんたちは器用だなぁと、他人事のように思う。前世で女子力最低だった私は、髪なんてひとつに纏めるかせいぜい三つ編みするくらいしかできない。化粧にいたっては最初に覚えたナチュラルメイクしかできない。

 祖国の母や侍女たちには簡単な纏め髪と化粧くらい覚えろと言われたが、やる気もなかったのに覚えているわけもない。結婚するにあたって出国前に詰め込まれたが、たぶんそれが生かされることはないだろう。

 基本私が面倒くさがりな上、結婚相手は髪を下ろしたまま、化粧なしがお好みらしい。

 勿論普段からそういうわけにはいかないだろうが、侍女の皆さんはお世話するのが生きがいらしく、身だしなみを整える以外お願いしない私に多大な不満があるようで、だからこそそれだけはと並々ならぬ使命感を持ったのか。

 今も私を座らせたまま生き生きと私を貴婦人に仕立て上げている彼女たちは、ちょっと怖い。ゆえにおそらく私が自分でやると言っても、それがかなうことはなさそうだ。

 私としても、自分がそんなスキルを身につけることはできなさそうな現状、有難くお世話してもらおうと思っているので不満なんて欠片もない。

 ただ、私の女子力が上がらないことだけはちょっと不安ではあるが。


 十分すぎるほどの睡眠をとった私は現在、侍女の皆さんに嫁ぎ先の城へ参上するのに相応しい姿に変身させられている最中です。




 あれはまったく自業自得としか言いようがなかった。


 エリンスト皇国の帝都は、ドーナツを半分にしたような半円形をしている。

 帝都北側に切り立った山脈を背景に、皇族の住まう城を支点としたドーナツの輪の半円が皇族の所有地。それを囲むように外周に向かって国政に携わる貴族や大臣たちの屋敷、商店街と職人街、住宅街と続き外壁に突き当たる。この外壁は建国以来、どんな強国の軍勢が来ても魔物の襲来があっても破られたことがない特別製らしい。ほんとにこの国の先祖って何者だろう。

 帝都の西部、外壁に最も近い一角に特に治安の悪い貧民街は存在し、私は大人たちから絶対にそこにだけは近づいてはならないと言い聞かせられていた。

 もちろん自分から進んで危険の中に飛びこむつもりなんて欠片もなかった私だが、その日は数日前に懲らしめた悪童どもの様子を見るためにその近辺に向かったのだ。

 その子供たちは少々タチが悪く、それまでに相手した子達とはまったく違っていた。

 子供同士でいじめをやっているならまだ対処の方法もある。少々いじめっ子の性根を叩き直してやるだけで済むし、そもそもそういう子は単純なのが多いので扱いやすい。

 だけど、その子たちはそうじゃなかった。






 はぁ、はぁ


 子供の相手は疲れると大人たちはこぞって言う。だが今現在、そんな子供である私はあえて言おう。

 それは遊ぶときだけに限る、と。

 いくら魔法を使えるからといっても。

 しかも皇族だから多少他人より魔力が多いからといっても。

 前世の記憶があるから多少扱い方がそこらの大人よりうまいからといっても。

 所詮10歳の女の子の身体である。

 特に身体能力を鍛えた覚えのない私の体力は、当たり前だがそこらの10歳児とほとんど変わりない。

 まぁちょっとは護身術とか習ったりしたけど、それも相手の隙をついてとか、非力な少女でもうまくやれば隙をついて逃げきれるという、要するにだまし討ちのやり方だったりする。それに加えてちょっと魔法を使えば、今まではどうにかなってきた。

「じょうっ、だんじゃない」

 土地勘のない場所、しかも入り組んだ路地裏を逃げ回るなんて自爆以外のなんでもないと思う。思うのだが、あの子達から逃げるためにはそうするしかなかったのだ。

 転移や飛行の魔法を使えば逃げることは簡単なのだが、前者はある程度の精神集中を必要とし、後者は当時両親に禁止されていた。禁止の理由はさほど重要でないので割愛するがそのための魔導具を填められており、それを外せるのは母だけである以上使えない。そして彼らはちょっと立ち止まる間も与えてくれないほど巧妙に、私の逃げ道を塞いでくれていた。

 探索能力をフルに活用して逃げていたが、中心部と比べて雑然と建造物が立ち並ぶこの地域は、下手をすればすぐ行き止まりに突き当たる。ある程度は勘でどうにかなるものの、ここを根城にしている彼らが圧倒的に有利なので徐々に追い詰められるのは自明の理だった。

 お約束のように行き止まりに追い詰められた私は、目の前に立ちはだかる壁を背に、自分をここまで追い込んだあの子達を見た。明らかに尋常でない、濁った目をしたあの子達を。

 そして、その背後の影に潜む、殺しても殺しきれない異常さを持つ、あの子達を支配するモノたちの気配を。

 ぞくり、と鳥肌が立った。

 前世では感じたことのなかった、おそらくあれは、死というものに対する恐怖だったのだろう。私は、そこから一歩も動けなかったのだから。

 なのに思考は働く。

 本能は恐怖で身体の動きを止めた。しかし脳はそんな状態でも働いていたのだ。あるいはそれが、神の干渉を受けた私の特性だったのかもしれない。

 濁った目をしたあの子達が、まるで幽鬼のような動きで近づいてくるさまも、私の恐怖を煽った。それまでは、普通の子供のようにしっかりした足取りで走るこちらに合わせて追ってきていたのに。

 逃げなければと思うのに、魔力を使うこともおぼつかない自分。

このまま相手の思い通りにならなければならないのかと、怒りにも似た感情が芽生えてきたとき。


「諦めるのか?」


 頭上から、その場に似つかわしくない涼しげな声が響いた。




「マリエ」


 麗しく微笑みながら馬車の外から手を差し出すこの男は、何故あの時、同じように私にそうしたのか。

 そして、時を経た今、何故私を娶ろうと思ったのか。

 今までの行状からして私に好意を抱いていると仮定するにしても、いろいろと胡散臭いのは否めないのが残念だ。

 その他諸々の疑問を皇女の微笑の下に隠し、私は彼の国に降り立つ。


 思えば遠くへ来たもんだ、とはこういうときに使うべきか。




 この年ヴァスティア王国暦584年。エリンスト皇国暦においては2704年3月。ヴァスティア王国次期国王ラルク・ヴァスティアとマリエ・エリンスト婚姻。

 その結婚は王国において盛大に執り行われ、両国の民は挙って祝福したという。

 ただ――


「それってありなんですか?」

「え、なし? なしなの!?」


 当人たちにとっては、憂鬱な日々の始まりであったらしい。


中途半端で終わってすいません。長々とお待たせした結果がこれかとお叱りを受けても当然です。申し訳ありません。最後が雰囲気違うのは間が空きすぎたせいです。

改めて原稿を見直した結果、大幅に加筆修正しなければならないと痛感したため、今回の投稿分をもって完結済みとさせていただきます。

後日改稿版として再投稿いたします。いつとはお約束できませんが、冒頭部分は修正済みですのでそうおそくはならないと思います。その時はこの後の話も続けるつもりですので、お付き合いいただければ嬉しく思います。

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