「2年と3ヶ月なにしてやがったぁぁぁぁぁ」by全員 「どうもすみませんでしたぁぁぁぁぁ」by村正
本当にお久しぶりです。
題名の通り2年と3ヶ月ぶりの投稿。
本当に申し訳ありませんでした。ただいま冬ですが、全裸で土下座しています……はい、ウソです。
ですが、ここまで遅れてしまったのは私めの怠惰な性格ゆえにございます。
次話からはこのようなことがないようにしたいと思いますが、もし遅れてしまうようなことがあればすみません。
と、謝罪はここまでにしまして最新話、お楽しみください。
1
「おい、クソ狐! こっちでいいんだよな!?」
「方向音痴も大概にしようぜ、カズ君!」
「誰がカズ君だ! さっさと先行しねぇと、九龍の餌にすんぞ!」
「やれるもんならやってみろ、ハーレムナマケモノ!」
「いい度胸じゃねえか、マイクロ狐!」
「「あ゛ぁ゛!?」」
「一真、隆浩君! 時と場合、考えようか? もし考えられないのなら、二人の息子を潰してもいいんだよ?」
恐怖だった。ここで男としての人生を終わりにさせられるのは。
特にクソ狐は童貞のまま死ぬという想像が、俺への怒りを超えたのだろう。黙って俺達を先行することに専念した。
身体強化の魔法を重ねがけして、全速力で山中を駆け抜けていた。目的地はもちろん俺達の学び舎である高天ヶ原学園だ。
ついさっきまで意識不明で眠っており、精神世界では自分達の契約獣と修行紛いのことをしていた俺達がなんでこんな状況なのかというとそれは少し前に遡る。
『やっと目が覚めたようね』
意識を突然取り戻した俺達の前に立っていたのは、多分同い年くらいのセーラー服を着た女。
知らない場所にいて、知らない女にため息を吐かれながらそんなことを言われる。はっきり言ってムカついたが、状況は精神世界で九龍に聞いていたから何となく理解出来ている。
この女が何者なのかははぐらされたが、俺達の怪我を治してくれたことから今に至るまで簡単な経緯は理解している。
だからムカつく、ということだけは溜飲することにする。
『他の二人は起きているから、着替えて大広間に来なさい。入り口にメイドを待たせておくから、案内してもらうといいわ』
それだけ言うと女は俺が眠っていた部屋から出て行った。
・・・・・・今回は借りもあるし、この感情は次に会うことがあったらぶつけることにしよう。
つか、この部屋どんだけ広いんだよ。
俺の部屋、6畳くらいしかないんだがそれが三つ、四つくらい入ると思う。そんな部屋に小さなテーブルと、キングサイズのベッド一つしか無い。
客用、ってのもおかしいところだ。
部屋が開いているから、適当にベッドを入れた感は否めない。
こんな部屋、あといくつあるんだ?
そんなことを考えながら、俺は着替えを済ませる。
斬られた時にボロボロになったはずの制服が、完璧に直っている。
部屋を出ると、あの女が言っていたようにメイドが一人待っていた。
『お待ちしておりました、神童一真様。私、あのお方のメイドの一人右近と言います。以後お見知りおきを。早速ですが、皆様がお待ちですのでご案内させていただきます』
『・・・・・・分かった』
案内されていく中で何となく分かった。
この屋敷がバカみたいにデカいこと。
それともう一つ、何でかは分からないが九龍が全く出てこないこと。実体化しておらず、俺の中にいるのは分かっているがどういうことだ?
あの精神世界での戦いが、あいつを消耗させたのか?
それくらいじゃ何ともないような力を持ってる、規格外の存在だと思ってたんだがな。
『こちらです』
大広間、と呼ばれている部屋の扉は思っていた以上にデカく、圧倒的だった。
案内されている間に見てきた他の扉よりも大きく、ここがあの女専用の部屋なんだと何となくだが理解出来た。
開けると一番最初に視界に入ってきたのは、漫画でしか見たこと無いような縦長のテーブル。
よく貴族が家族と食事を取るときに使うようなテーブル。これ、実在したんだな。
一番奥にはあの女が座っており、隣には右近と名乗ったメイドと瓜二つのメイド。双子、というよりもクローンと言われた方が納得出来るくらい似ていた。
クソ狐と千歳は既に席に着いており、飯を食っていた。いや、喰らっていた、と言うくらいに大量の食事が消費されていく。
『来たわね。好きな所に座りなさい。食事も持ってこさせるから、好きなだけ食べるといいわ』
『ああ』
座ると同時に運ばれてくる食事の数々。
基本的に食事の摂取量は常人と変わらないんだが、契約獣の力を使った後は異常なまでにカロリーを摂取しないと身体が持たない。
魔力が少なくなれば眠れば回復するんだが、これだけはどうにもならない。
一日中とは言わないが、一日5食は食べないと吐き気がしてくる。
まあそれも更に翌日となれば回復するわけだが。
そんな訳で俺も食事を始めたんあだが、千歳の奴は・・・・・・見て分かった、間違いなく機嫌が悪い。
あの時のことが未だに許せないんだろうが、俺だって引くつもりはないし謝るつもりなんてない。だから俺からは謝罪の言葉を絶対に言うことはない。
それよりも絶対に絡んでくるバカがここにいる。
『んくっ。よう、カズ君』
『あぁ?』
ホラな。
はっきり言って寝起きにこいつの顔を見るの、いろいろと精神衛生上良くない。
皆からよく言われるのは、寝起きの一真に関わるなということ。
自分でも理解しているが、理由は簡単で寝起きは眠気が残っているため理性が冷やそうとするまでに本能が火をくべてしまう。つまり沸点は異常なまでに低い。いや、低いじゃなくて低すぎる。だからこそ、こいつの軽口はいつも以上に聞きたくない。
何かを言われた瞬間に頭で考えるよりも早く、黒月を抜刀していることだろう。
『遅かったけど、もしかして朝立ちの処――――――』
『死ね』
『今日、早くね!?』
こいつのことだからそんな驚いた顔をしていても、普通に対処してくることは予想済み。
だからといって手を止めることは、今の理性では不可能。だから脳天へ『黒月』を全力で振り下ろす。今まで、何度も見てきた慣れた光景に慣れた動作。身体も意識しなくとも動くため、『黒月』の刃が吸い込まれるようにクソ狐へと落ちていく
ガキィン、と部屋中に響いた金属音。
刃を止めたのはクソ狐の『秋月』かと思いきや、さっきまで入り口にいたはずの右近とかいうメイド。気づけばもう一人のメイドは俺の首筋に手を当てていた。
ここまでされて頭が冷えていくのが分かる。
こいつらには今の俺じゃ絶対に勝てない。
『座りなさい。いいわね』
『分かった』
『今から重要な話をするから、食べながらでもいいから聞きなさい。現在、学園は『白き百合』の襲撃を受けているわ。そこにはあなた達の敵になり得る存在は全ているし、まあ最終決戦よね。で、問題はここから。食事が終わり次第、あんた達は学園に向かいなさい。それも全速力で。そうすれば間に合う予定よ』
『予定、ですか?』
『あなたが疑問に思うのは当たり前。まずここまで私が正確に言っているのは、あんた達なら何となく理解は出来るでしょう』
話の流れで言われなくとも分かった。
この女には未来予知か、それに類する能力が存在している。しかも、他の能力者のどんな力よりも上位の力が。だとしたら、どうしてこんなに曖昧な言い方なんだ?
普通は断言して言ってくるはずだろう。
『簡単に言えば他の人と違って、私の力だと1個の未来じゃなくて複数の未来が見えるの。いろんな可能性が見えるから、断言して結果をいうことが出来ない』
『だったらおいら達が間に合う未来を言えばいいんじゃないのか?』
『あんたの言うことは最もなんだけど、いろいろと制限がかけられていてこれ以上は言うことが出来ないのよ。可愛く、舌を出しながら《禁則事項》ですって言えばいいかしらね』
『けっ』
『若作りババアが何をいってるんですか』
聞き間違いだったのだろうか。
俺の耳がおかしくなければ、女の隣に立っているメイド二人が毒づいたように聞こえた。大丈夫か、この主従関係。絶対に崩壊しているようにしか見えない。
そんな二人の発言対して、間違いなくキレているのが雰囲気から察することが出来た。が、俺もクソ狐も千歳も気にしないようにした。
口を出して指摘すれば、必ずこちらに飛び火することが理解出来たからだ。だからこそ、話を続けることだけを考えることにした。
『出発までのタイムリミットは残り10分。それを超えると、どのルートを通っても間に合わなくなるわ。いいわね』
何て脅し方をしやがる、この女。
そんな感じだったからこそ、それ達はこの女が何者なのかを聞くことなく出発の時間まで食事をすることとなった。
『全部終わったらここに来た方がいいのか?』
『それは無理ね。この周りに結界が張ってある上、その結界から出た瞬間にこの場所への記憶は時間を立つごとに薄れていくわ。全部が終わった頃には誰かに身体を治してもらった、ってことは覚えていてもそれ以上は思い出すことはない。それは絶対よ。でもそんな心配よりも、別に気にすることがあるでしょう? 早く行きなさい』
まだあの屋敷でのやり取りを覚えているということは、まだ記憶が薄れ始めて時間は経っていないと言うことだろう。それでもメイドやあの女の顔は殆ど思い出すことが出来ないようになって来ている。
それならもうあそこでのことは思い出す必要はない。今一番気にすることは、あの女が言っていたように学園で起きていることだ。
あそこでのことを思い出すこと、クソ狐と喧嘩することは足を遅くする原因になってしまう。
面倒くせぇけど、こいつらだけさっさと行かせるか。
「おい、お前ら!」
「ん?」
「えっと、『黒月』なんか出して・・・・・・何する気?」
「時間を短縮するから大きく跳べ!」
「は?」
クソ狐は理解出来ていないようだが、千歳は俺は何をしたいのか分かったんだろう。口を開けたまま唖然としている。
だけど、こんな時間ですらもったいない。
さっさと動いてほしい。
「いいから跳べ!」
あいつらが跳び上がったことを確認すると俺も跳躍し、手の『黒月』を握りしめた。
更には身体能力向上系の魔法を2回、いや3回使用した上に九龍の魔力を身体全体に巡らせていく。赤黒い魔力が込められたことにより、その色に光り始めた。
高く跳び上がったことにより学園の方向がしっかりと見える。
あそこか。
爆煙や、爆音が聞こえてくるが今は気にしてはいけない。あれを意識するのはあそこに到着して、被害や状況をしっかりと把握してからだ。
今必要なのは、あそこで起きていることが最悪の方向で収束する前に到着すること。
「しっかり蹴れよ! あと、着地は自己責任だ! こちらでは責任は負いかねます!」
「は?」
「ちょ、一真待っ――――――」
「世界一か弱いおいらに何させる気だ、ナマケモノニート!」
「テメェがか弱い訳あるか! グダグダ言ってねぇで、飛んでけやぁぁぁぁぁぁっ!」
文句を言っているがこいつらが自分でタイミングを合わせることが出来ることを勝手に理解している。だからこそ俺は問答無用で振り抜く。
『黒月』の広い面が当たる瞬間に二人の身体が淡く光るのを確認した。
方向、力加減を間違えると絶対にあさっての方向に飛んで行く。
やり直しなんて物はなく、ぶっつけの一回限り。
予想通りこいつらは俺の振るタイミングに合わせ、しっかりと『黒月』の面を蹴って走るよりも速く飛んで行く。
これならあいつらは、俺の予測よりも速く着くだろう。
つか、あのクソ狐は絶対に光速で走った方が俺達よりも断然速く着くのに何で実行しないのか。確か魔力消費が激しいんだったか――――――『天心』と『鬼臓』の限界を迎えて、さっさとくたばってしまえばいいのに。
飛んで行く二人お姿を確認すると方向、角度は大丈夫。後の細かい修正は二人が勝手に出来るだろうから、気にないことにする。
さて俺も準備を始めようか、二人に遅れないよう学園に着くために。
「準備はいいか?」
――――――当たり前だ、相棒。でもどうするつもりだ?――――――
「転移と足を使って行くに決まってるだろ。転移がある分、俺一人で走った方が絶対に速いからな」
と、勝手に言っているが間違って無いだろう。
過去に自分でも試したが、10km走ったところ転移を混ぜた方が断然速かったことを覚えている。魔力消費が速いから、普通ならしない芸当だが今回はそんなことを言っていられない。
まああの時は自分だけの魔力で行ったからだが、今は九龍の魔力で補助して貰っているからな。前に試した時よりも魔力、体力の消費は限りなく少ない。
さて、落下に掛ける時間ももったいないな。
地面まで転移すると同時に身体能力向上魔法を更に発動し、地面を全力で蹴る。
さっき跳んだ時に方向は確認したから、こっちで間違いない。俺の空間把握能力が狂ってなけりゃのはなしだが。
絶対に、俺達が行くまで持ちこたえろよ。
2
「私を止めるのだろう?」
「ぐっ・・・・・・」
杏子の気による攻撃は魔法での防御壁でも消し飛ばす。
気と魔法の量を数で表すとしよう。もし100の気を込められた攻撃に対応しようとするには、その倍である200の魔力が込められた魔法が必要となってくる。
杏子は戦闘が始まってからいくつもの攻撃を放ってきた。
もちろん弘史は魔法で対抗してきた。それにより本来の消費量よりも速く彼は魔力を使っており、疲れを見せてもいいのだろうがそんな表情は見せていない。
むしろ余裕の顔。
疲れ、焦りを見せているのは杏子の方であった。
「どうして」
「どうして? お前の父として担任教師として、気の力をもっとも近くで見てきたのだ。解析くらい出来ていて同然だろう。まあ、『魔法無力化』については全く分からなかったが、気への対処ほうが分かればお前程度なんともない」
弘史の手にあったのは文字の書かれた札と、カプセルの様な物。
初めてみるそれが何なのか、全て理解できなかった。しかし、それが自分に対して有効に働いている物なのだということだけは分かった。
自分の父が何を研究しており、何のためにこの学園の学生達を実験台と言っていたのか。理由は全く分かっていない。
杏子自身、彼の目的が理解出来るほど頭がいいとも思っていない。それでも、この研究は完成させて行けないものだと言うことは本能的にも感じ取ることが出来ていた。
再度、二丁拳銃型アーマメントデバイス『アポロン』を強く握り直すと右手の銃で気弾を撃ち出し、直後左からはカートリッジ弾を放つ。
父の魔法色が氷属性の水色であることを知っている杏子は、『アポロン』に入っているカートリッジを全対抗できる火属性の赤色を中心に準備している。もちろん今打ち出した物にも赤色の魔法が。
そして気弾にも効果を仕込んである。
だが、どちらも当たらなければ意味が無い。
「だから、甘い」
「ごふっ」
二人の距離は10メートル近く開いていたはずなのだが、声が聞こえたときには目の前に立っていた。
どんな魔法、体術でも予備動作が見えるはずなのだがそれが全く見えず瞬動での接近を許す。それだけ彼が使い慣れている、ということだった。
腹部から全体に広がる衝撃。
腹部に叩き込まれた拳によって身体はくの字に曲がり、口からは空気が吐き出される。娘であっても弘史は容赦するつもりはない。
痛みと衝撃によって動けず、上手く呼吸をすることの出来ない彼女の首根っこを掴む。
今度は膝で二度、三度と蹴り上げると反対の足で踵落とし。
地面に叩きつけられた彼女へ向けて打ち込まれる魔力弾。
「ぎ、がぁ、ぎゃっ!」
「お前は知らなかっただろうが、私がこの学園で教師をしていたのは、ここの生徒達を実験台にするためともう一つある」
「あがっ、ごっ、びゃっ!」
「被験体を見つけることだ」
被験体の言葉だけ聞こえ、それが誰のことを示しているのか。
痛みにより思考が働かない。
言葉一つ発することも苦痛でしか無い状態。そんな状態だから、父の告白も殆ど入ってこない。
「それが遠山桔梗だよ。彼女はいい被験体となり、貴重な研究データをくれた。だが、それでも私の目的は達成されることはなかった」
「もく・・・・・・てき・・・・・・」
「ああ。私の目的、それは『レギオン』を使い、お前が魔法を使うことが出来るようにすることだ!」
衝撃だった。
母親は自分が生まれてすぐに他界したと父親から聞いていた。だからこそ彼女は今まで、たった一人で努力をしてきてた。何をしても自分を見ることのなかった父親に認めて貰いたかったからだ。
唯一の肉親である父親に。
しかし彼は自分の研究にしか興味を抱くことがなかった。
学校で嬉しいことがあっても、悲しいことがあっても彼は娘を気に掛けることをしなかった。
いつからだろう。父の研究は世界に必要な物であり、自分は邪魔をしないようにとあまり話しかけることも少なくなっていた。だからこそ、杏子も父親がどんなことをしているのか、今日まで知ろうとすることはなかった。
そしてたった今、研究優先していた父の目的が自分のためであったのだと初めて知ることとなった。だが、それでも許すことが出来なかった。
今まで側にいて欲しい時にいてくれなかったという私怨、そして自分のためだとしても他人を実験体、被験体にして学園を襲撃したという今回の事件。
どちらもが彼女の中にあった父への不満という火種を一気に大きくした。
「ああぁぁぁぁあぁぁ!」
そしてもっとも許しがたいことが、どちらも自分のために起きたということ。だからこそ自分が父を止めなければならないと身体中の痛みを押し殺して立ち上がる。
弘史はそれを許すことがなく、もう一度蹴ろうとするがその前に足を掴む。
気を掌に巡らせて爆発させた。
足を吹き飛ばすつもりで行ったのだが、その足は衣服は吹き飛んでいても、傷を負うどころか埃一つ付いていない。
いくら気の力に対策していても、接触しての爆発に無傷というのはおかしいことであった。
まず気と魔力が同じ威力でぶつかった場合、確実に気の攻撃が勝ってしまう。どちらも人間の中の力であることは間違いないのだが、根本的に大きな違いがあるからだ。魔力とは『鬼臓』という場所から作られる物であることに対して、気はその人間の生命エネルギーその物である。
臓器から作られている物なのだからそれはその人間の一部なのだが、生命エネルギーである気の方が事象として優先される。だからこそ、先日の一組と十三組の総力戦時。隆浩は魔力壁を何層にもして気での攻撃を防ぐようにしていた。
この気という力、魔力が使える人間には使うことは出来ない。理由は不明だが、研究者の間では魔力が気の操作を妨害しているのではと言われている。
「先ほども言ったはずだが、気の力、流れなどは全部解析済みだ。そのためにこれも用意したのだからな」
見れば足下には燃えた紙切れが散らばっていた。
それが掴んでいた場所にいくつか貼りついているのを視界に捉える。燃えないで残ったそれには、読むことは出来ないが何かしら文字が書き込まれていた。
杏子はこれと同じ物を以前視ている。
それは隆浩が見たことない醜悪な生物を生成したときに、彼が使用していたそれである。効果は記した術式によってもちろん効果は変わってくる。
隆浩が使ったのは、周囲と自分の魔力を札に纏わせることによって生物を生み出すというもの。そして今回、弘史使用した物は魔力と気の優先事項を変えるという物。
世界の法則をねじ曲げてしまうような能力だが、これには制限がある。
この魔法は解析することが出来た杏子に対してのみ有効な物であり、永続的ではなく魔術が杏子の気を察知した場合にのみ発動する瞬間的な物。
だから杏子の攻撃に対して絶大的な力を見せることになる。
そして彼は娘に攻撃する際に魔法を一度も消費していない。大技に対しては術符を使用しており、小技に対しては魔力での防御。そのため弘史は本来よりも疲労が少ないのだ。
「それ・・・・・・でもぉ!」
眼球だけを動かして後ろを視認。
ゆっくりと起き上がろうとして、地面を踏む。次の瞬間には二人の距離は一気に広がる。
その距離は数字にして20m程度。だが、転移魔法を使うことの出来ない彼女がどうやって20mもの距離を移動したのか、弘史には理解が出来なかった。
そして一瞬で理解する、彼女が行ったのが縮地という移動術であるということを。それは目の前にいる弘史も、自らの身体を使って実行することが出来なかった禁術。
この縮地。
今まで研究して、試してきた者達はどうやっても五体不満足で成功することはなかった。
それを行った者達がどうなったのか。
ある者は記憶を失っていた。
ある者は四肢を一つ以上失っていた。
ある者は臓器の一部を失っていた。
ある者は人であることを失っていた。
ある者は――――――存在を失っていた。
だからこそ、縮地は禁術となってしまった。
だが目の前に立つ少女は完全な形でそれを成功させていた。
自分の娘が縮地を完全な形で行ったこと、自分自身の眼で見ることができた。それにより自分に出来なかったことを行った彼女に対して悔しさを感じた。だがそれ以上に未知を知ることが出来たことによる喜びがそこにはあった。
「何をした、どうやった! 私にそれを見せろぉぉぉぉぉ!」
絶叫。
だが父親の絶叫に杏子は耳を貸すことはない。
二丁の拳銃を構えると撃ち出されたのは4発の弾丸。
全てに魔法が書き込まれている。そう判断した弘史は魔法防御を主とする魔法壁を展開するが、弾丸が直撃しても魔法は発動されることはなかった。
全て魔法が書き込まれていなければ、気が込められている訳でもない。
そう空砲。
完全に虚を突かれたことによる生まれる、思考の空白。
ダン―――――――――ッ
隆浩との訓練時には一度も出来なかった、縮地の連続発動。20mの距離を詰めた杏子は、弘史の下腹部へ掌を向ける。
「ああぁぁぁああああぁぁ!!」
「ごふっ!」
口から血を吹き出すと同時に、弘史は吹き飛んでいく。
気を使用しての攻撃は魔法とは違い非殺傷設定等というものはない。
どの攻撃も、相手には必ず確実なダメージを与える。
弘史もそれは同様。吐血したと言うことは、内蔵にダメージが入ったことは明白であった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
杏子の手には嫌な感触が残っている。
父親に本気の気での攻撃をしてしまったことによる、手応えという感触。これは一生消えることはないだろう。
しかし今は切り替えなければならない。
いくら気持ち悪い感触があるとしても一美か、または鈴蘭のフォローに動く必要がある。
「どっちに……」
それ以上の言葉は出なかった。
視界に入ってきたのは身体中に何かに斬り刻まれたかのような傷と、大量の血の上に倒れたまま動かない一美。
そしてレギオンを埋め込まれた鈴蘭と楓の姿。
絶望だった。
レギオンの親である桔梗と、レギオンを埋め込まれたこの学園最強と言われる神童神無の姿もある。
「あなたは魔法が聞かないんだっけ?」
「遠山、桔梗……」
「人口契約獣と言っても、契約獣。その力も無効化するんだ……なら、あなたはいらない。だから、邪魔をするなっ!!」
鬼気迫るとは正にこのこと。
弘史と取引をして手に入れた力。
それは自分自身の歪んだ欲望を叶えるための力。
杏子は知っている。彼女は、自分の父親の研究に利用されていたとうこと。
それでも桔梗は神童神無を自分の物にしたいという願いを今叶えるために動いている。自分が欲している人物の家族を殺すことが、彼女のためであると思い。
「何が邪魔をするな、だ! これは貴女の身勝手な願いのために始めたことでしょ!? そんな物に巻き込むなぁぁぁ!」
「違う! 私の身勝手じゃない! この人が、神無様が望んでることだ! だから私はあの男を殺して、神無様を解放するのよ!」
「違う! そんなの、自分がしていることを無理矢理正当化するための言い訳にしかならない! あなたは只、憧れの神童会長を自分一人で独占したいだけ! そんな自分のためだけのことで、貴女はここまでのことお父さんと一緒になって引き起こした! 貴女もお父さんもただの犯罪者でテロリストでしかない!」
自分の欲望と言われて返す言葉を無くしてしまった。
そう。彼女は初めて会った時から一目惚れと言って良いほどの憧れを抱いた存在である、神童神無の傍にいたい。それはずっと変わらず、今となってはそれが動機となっている。
だからこそ桔梗は反論できなかった。
沈黙が肯定になってしまうとしても。
「これはあなたの欲望と、お父さんの……いや、お父さんがこんなことをした一番は私が原因なんだ! だから、私が絶対に止めてやる!」
完全に身に付けた移動術縮地にて、杏子は桔梗の視界から消える。
桔梗は今、地上から10mくらいの高さの場所に魔力で足場を作り立っている。だからこそ、地上にいた杏子がどんな動きで向かってきたとしても普通は見失うことはない。
しかし、彼女が使用したのは縮地。
瞬動のような高速移動とは違い、自分の立っている地点と目標の地点の空間を繋げて移動するのだ。
つまり、桔梗が間にても直線距離で背後に回ることが出来る。
「ふっ――――――!」
縮地を初めて見た桔梗は完全に隙だらけ。
そこへ桔梗は気を込めた拳で殴りかかる、がそれは見えない何かに阻まれる。
どう考えても桔梗でないのは杏子にも分かった。
では誰なのか。
今、桔梗の拳を受け止めているのは風で作られた防御壁。
そうなれば簡単に分かることだった。今、自分達二人の近くにいて風を操ることが出来る人物。
「ホント、危ない所だったわ。縮地なんて、この身体の記憶や他のレギオンの入っている人間の記憶を見ても知識としてしか無いんだから」
(神童会長……違う、あれは神童会長の身体に入ってるレギオンか)
それが分かった所で関係ない。
今、自分の右の拳を止めることが出来ている理由は、気を纏っているから。ならば、風の防御壁を左手で触れてやればいいだけ。
「もうちょっとで宿主にって、え?」
「うおぉぉおぉ!」
身体を押し込むようにして左手で防御壁に触れ破壊する。
そのまま拳は桔梗に向かうが、横やりが入る。
視界の端に入って来たのは、桔梗の姉である楓の双剣型アーマメントデバイス『岩鷲』。アポロンの背を使って弾くと、腹を蹴り飛ばす。
杏子が楓の相手をしている内に天羽斬による攻撃準備は終了していた。
弘史からの攻撃と、連続しての戦闘による疲労。そんな中、神話武具による魔法攻撃は確実に杏子をこの場から退場させることは可能。
攻撃させないために、反射的に攻撃するが隣にいた、思考がそっちに向っていたことで籠手に包まれた拳に気がつくことが出来なかった。
その場にいたもう1人、神童家の末妹・鈴蘭によって殴り飛ばされる。
地面へ叩きつけられた衝撃は何とか気を纏うことで緩和されるが、振り上げられた天羽斬は躊躇無く振り下ろされた。
「『ヘルズ・ブリンガー』!」
それは先の鈴蘭との戦いで習得した、鈴蘭の攻撃魔法。
本来は籠手型アーマメントデバイスである『ディアプトラ』に魔力を流し、大威力の魔力圧を相手にぶつける魔法。
彼女の日本刀型の神話武具である天羽斬の能力は『ブースト』。
その名前の通り天羽斬を使用して発動する魔法の威力を最大10倍まで高めることが可能。
距離が近すぎるため、回避は間に合わない。回避行動が間に合ったとしても、無傷でいられることはないだろう。
だからといって何もしないわけにはいかない。
今、自分が出来る全力を桔梗にぶつける。
殴られ、完全に後に引けなくなったことが、逆に彼女を冷静にさせた。
両足に気を流し、これから放つ魔法の反動に耐えることが出来るよう準備をする。
「ふぅ……」
気というのは魔力とは違い、自身の生命力にも関係してきている。
過去に一度、自身の限界以上の気を放出したことがある。その時に身体の芯から冷えていくような、感じたことのない寒さに襲われたことがある。
その時は理解出来なかったが、今はそれが何なのか杏子には何となく分かった。
生命力、命を気に変換して放出していたのだ。
(私が原因なら、お父さんの計画も、彼女の欲望も私が止める……どうやってでも!)
今から彼女が放とうとしている魔法は、杏子自身が二度と使用しないと決めていた筈の魔法。これは自分と相手だけではなく、周りにいる全ての存在を敵と見なして自動的に攻撃する。
だが今ここにいるのは杏子を覗けば桔梗とレギオンに支配された者達だけ。
「……ごめんなさい。たぶん阿部君達が来るはずだから」
両手のアポロンからは暴走直前の気が目に見える形が溢れている。
そして人生2度目の身体の底から感じる寒さが沸き上がっていたが、それに耐えて桔梗に視線を向ける。
満身創痍に近い状態で、限界を超えた魔法を使うことは校則として禁止されている。杏子自身も魔法を放った後、無事でいられる自身はない。
寒い。
怖い。
死にたくない。
でも、今の杏子にはこれしか方法がなかった。
(どうしてここで君を思い出すのかな……)
何故か脳裏に浮かんだ1人の顔。
杏子自身にも、何で今ここであの人が出てきたのか理由は分からない。普通なら思い出したくない相手なはずなのに。
今すぐこの魔法の発動を止めてしまいそうになった。
緩みそうになる決意を繋ぎ止めて、視線の先にいる敵にアポロンを向ける。
「『銀の矢』!」
放たれた2本の砲撃は、頭上から振ってくる魔力とぶつかり合う。
杏子を中心に蜘蛛の巣状に広がる地割れ。
下から打ち上げるより、上から振り下ろす方が強いなんてことは杏子も分かっている。だが。ここで押し負けるわけにはいかない。
「あぁぁぁああぁぁ!」
『銀の矢』の真の力は1本の砲撃ではない。
突如砲撃が放射状に分裂し、杏子に攻撃をしようとしていた鈴蘭、神無、楓に襲いかかる。
砲撃は分裂したが、その威力は分裂前と変わらない。これが『銀の矢』の真骨頂。
もちろんこんな砲撃魔法、少しの気で足りる訳がない。
全ての攻撃に同じ力を最初と同じ量の気を注ぎ続け無ければならないのだから、杏子自身にとてつもない負担がかかるのは当たり前。
「がはっ……」
吐血に鼻血、目尻からも血が流れていた。
彼女自身がここまでする必要なんてない。だが、杏子にも意地があった。
父親の弘史がこんな狂った計画を実行に移したのは、魔法を使うことの出来なかった娘に魔法を津使わせたかったから。
歪んでしまったが、娘のことを考えてのこと。
だから娘の杏子が止める。
命を捨てでも。
「うちぬけぇぇぇぇ!」
「ブースト、ブーストぉ!」
更に気を込めるが、相手が悪かった。
神話武具という名前になっているが、それ自体が伝説の武器。『ブースト』という簡単な能力であっても、単純な強化魔法の倍率とは比較にならない。
気を込めようが届かないのだ。
血反吐を吐いてもどうしようもない差に愕然とするが、それでも杏子は砲撃を止めない。
「ぐっ……がああぁぁぁあああぁぁぁぁぁああ!!!」
咆哮。
だが天羽斬の能力によって威力を二段階上げた『ヘルズ・ブリンガー』は、杏子が命を賭けて放った『銀の矢』をあっさりと押し返す。
一瞬だった。
自分に返ってくる砲撃と、それの上から振ってくる魔力圧。
近づく死の瞬間に、出し切った杏子は笑っていた。
自分自身の手で止められなかったのは悔しいが、彼らがここに来るまでの時間を稼ぐことは出来たことは間違いない。
(何で、かな……もうすぐ来るって、分かる……)
意識の全てが白く染まる。
その瞬間に見覚えのある、小さな人影が見えた気がした。
《続く》




