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ライク・ア・ハリケーン前日譚 (ライク・ア・ハリケーンⅣ)  作者: ままま


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10/10

風をあつめて

冷たい風の中をバイクで走っている。

初めての遠出だ。

タンクバックに入れた地図だけを頼りに走る。


国道16号線を北上する。

車通りの多い、慣れない幹線道路に苦労しながらもひたすら走る。時々、追い越していくトラックの風に煽られてヒヤリとする。


2月の夜の風は冷たい。走り始めて30分もする頃には指先が凍え始める。

夜も更けて、埼玉県に入るころには、寒さはいよいよ厳しくなってきた。グローブをしていても、指先の感覚はとうになくなっている。

ハンドルを握っている感覚も曖昧になる。ブレーキをかけるときは、指がうまく動かないから腕ごと引く。

ジーンズを履いた脚も既に凍えている。冷え切った膝がジンジンとした痛みを訴えていたが、その内に、それすら分からなくなった。


さすがに耐えきれなくなって、コンビニへ寄ることにする。

コンビニの駐車場で、バイクを停めて、足を地面に着く。地面を踏んだつもりだったが、冷え切って感覚のない足は、ステップに乗ったままだった。

あれ?と思った時には、バランスを失ったバイクに跨ったまま、バタンと倒れていた。


幸い身体にもバイクにもダメージは無かったが、凍えてほとんど力の入らない手足ではバイクをなかなか起こせなかった。

それでも何とかバイクを引き起こすと、温かい店内へ逃げ込んだ。


コーヒーの缶を両手で包むように握っていると、指先に血が戻ってきて、じんじんと痛んだ。なんとか指が動くようになると、プルタブを引っ張って缶を開ける。

コーヒーは少し冷めかけていたが、まだ残っている温かさが、凍えた身体にゆっくりと染み込んでいった。



真夜中の国道17号線では、暴走族の一団と出会った。

直管マフラーから吐き出される爆音が、闇の向こうから近づいてくる。やがて、派手なロケットカウルのついたバイクが5、6台、追い着いてきた。


僕が路肩を走っていると、一団の一番後ろの一台が速度を落とし、なぜか僕の横に並んだ。 何も言われない。ただ、同じスピードで並んで走っているだけだ。時々、ちらりとこちらを見る気配がある。気がつくと、いつの間にか、僕はその一団に混じって走っていた。前のバイクの赤いテールランプが、点々と闇に浮かんでいる。その列に、自分も入っている。


こんな寒い夜中に、こんな冷たい風の中を、バイクで走るもの好きが、自分以外にもいる。 それが、妙に面白かった。

名前も知らない、顔も見えない相手なのに、言葉にならない仲間意識のようなものが、湧いてくる。

向こうも同じように感じたのだろう、別れ際に片手を挙げる。僕が手を振り返すと、彼らも次々に手を振り返してきた。

一団は加速し、やがて闇の中へ消えていった。


夜中もだいぶ過ぎたころ、碓氷峠の標識が見えた。この峠を越えると軽井沢の街があるはずだ。


峠道に入ると、路肩に白いものが目立ち始めた。

関東の平地に住んでいる僕にとっては、まったくの想定外だったのだが、雪だ。もうすぐ三月になろうとしているが、この辺りではまだまだ冬なのだ。

山の峠道の夜は、冬の真っただ中にある。カーブのたびに白く霞んだ路面が、月明かりの下で、ガラスのように光っている。それはアスファルトではなく、別の何かだった。 タイヤが凍った路面の上に乗った瞬間、フロントタイヤから滑った。滑ったことに気づく間もなく、路面に叩きつけられた。


恐る恐る走っていて、大した速度は出していなかったから、バイクには大したダメージはなかったが、地面にこすりつけられたジーンズの左膝は破れて膝が見えている。

月明かりに照らして見てみると、幸い傷は深くはない。大した出血もなさそうだ。ただ、アスファルトで削られた膝はかなり痛い。夜風が傷口に触れて、ひりひりと刺す。

本日二回目の転倒だ。この調子では、あと何回転ぶんだろう。


ため息をついて、立ち上がった。

止まっていてもしょうがない。とにかく、目的地まで行くことに決めて、バイクを引き起こす。

キックスターターを踏み下ろすと、幸いエンジンはかかった。真冬の空気の中に、白い煙が吹き上がる。



峠を越えると、すぐに軽井沢の町があった。眠った街。どの家も灯りを落とし、真冬の闇の中に沈んでいる。別荘地の街は、人の気配がなく、まるで映画のセットみたいに静かだった。


街灯もほとんど無く、国道18号線は闇に沈んでいる。闇を潜るようにして走り続ける。


左膝の傷が痛んで、膝を曲げられないから、ステップから足を外して、ぶらぶらさせながら走っていく。夜風が傷口に当たって痛いが、傷は乾いて出血は止まったようだ。


凍え切って、怪我をして、ボロボロの気分だ。2回も転んだ。足も痛くて曲げられない。

それでも走っている。

なぜだか、無茶をしている自分が、だんだん面白くなってくる。

こんな有様で、真冬の峠を越えて、ただ朝日を見に行く。誰にも頼まれていない、誰にも必要とされていない。たった一人だ。

考えてみれば、こんなに自由なことは、この2年間で初めてだった。ヘルメットの中で、一人で笑った。



小諸の町について、懐古園の駐車場にバイクを停めた。

空はまだ暗い。だが、朝が近づく気配がある。

東の空だけ、ほんの少し、色が違う。夜の闇が、ごく薄い藍に変わろうとしている。


足を引きずりながら、懐古園の中を歩いた。石垣の脇の砂利道を歩く。句碑の前を通り過ぎて、展望台へ向かう。

若山牧水、高浜虚子、そして、島崎藤村の句碑。あの夜も、こんなふうに歩いたことを思い出す。


展望台に着いて、四阿のベンチに腰かける。

冷たい木の感触が体温を奪うが、気にしない。足を投げ出してベンチに寝転がると、身体の下の方から、夜の千曲川の気配が届いてくる。

あのときと同じ、静かな水音だった。



上着のポケットから、煙草を取り出した。

青いゴロワーズのパッケージを開けて一本取りだすと、ライターで火を点ける。

肺の奥に強い刺激を持った煙を吸い込むが、もう、むせはしない。


寝転がったまま、ゴロワーズの煙が、暗い空へと上っていくのを見ていた。夜明け前の空気は澄んでいて、細い煙はどこまでも真っ直ぐに伸び、やがて消えていく。


この2年間のことを思い出していた。

実家を出た日、引っ越しを手伝ってくれた父の顔。予備校の教室からみた夏の樹々。一人暮らしの部屋へやってきた仲間たち。そして、いつも興味の無さそうな顔をしていた、あの猫。


傷ついた足をベンチの上に放り出したまま、煙草を吸いながら、朝を待った。


やがて、空の端が、透明になって、薄い蒼が、ゆっくりと広がっていく。蒼から碧へ、そして、気づくと青い夜明けがやってくる。


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