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ライク・ア・ハリケーン前日譚 (ライク・ア・ハリケーンⅣ)  作者: ままま


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狼になりたい

「こんばんにゃー」

真夜中のラジオでは、今夜も、みゆきがはしゃいでいる。

部屋の電気は消してある。机の上で、ラジオの小さなランプだけが緑に光っている。


深夜のラジオは、淋しい人たちのための遠吠えだ。僕たちは電波のこっち側で、それを聞いている。

そして、一人きりではないことを感じて、いくらかの慰めを受け取る。



家はもう、眠っている。いや、眠る前から、静かな家だ。夕食のとき、食卓にはテレビの音だけが流れている。

「いただきます」と「ごちそうさま」と、たまに天気の話。

それ以外の言葉は、音にならずに、溶けて消えていく。父と母と三人で食卓を囲んでいても、それぞれ別の場所にいるみたいだ。


この家には、僕のいる場所がない。

正確には、母の心の中に僕のいる場所が無い。

父は再婚だった。2歳になったばかりの僕を連れて再婚したらしい。多分その時から、母にとって僕は要らない存在だったのだろう。

そんな母に気を使って、父も徐々に僕に構わなくなった。

僕にとってもその方がありがたかった。まだ幼かった僕が笑ったり、はしゃいだりすると母の機嫌が悪くなったからだ。

母の機嫌が悪いと、家の中の空気が冷えて固まる。身体の中にも氷のような感触が広がる。

だから、家の中では出来るだけ目立たないように、母の機嫌を損ねないように過ごしてきた。

黙って、味のしない夕食を食べた。



小学校のころ、図書館で借りた動物の写真集に、狼がいた。

雪の上を一匹で渡る、灰色の獣。その写真を見たとき、どこかで、何かが震えた。


狼は群れで暮らす生き物だと書いてあった。

群れから遅れた者は、雪の上に残されていく。それでも、あの写真の狼は、悲しそうには見えなかった。孤独を、全部引き受けた顔で、ただ、静かに、まっすぐに歩いていた。

そして一人静かに、月に向かって吠えるのだろう。


僕は、今まで一度も、吠えたことがない。



みゆきの声が、はがきを読み終えて、また一人で笑った。

夜風が吹いた。カーテンの隙間から流れ込んで、足の甲を撫でていく。夜の風は、どこからか、何かを運んでくる。まだ名前のない、何かだ。

言葉になる前の、ざわめき。


喉の奥が、かすかに鳴った。

これでも、一応、鳴いたことになるんだろうか。

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