【過密すぎる青春と、期末テストという名の現実】
【過密すぎる青春と、期末テストという名の現実】
季節は巡り、月は七月へと突入していた。
本格的な夏の到来を告げる湿気を帯びた熱風が、聖ミカエル学園の敷地内を吹き抜けていく。
新生・合気武道部の部員たちは、文字通り「過密すぎる」日々を送っていた。
朝から夕方までは、学生としての本分である日々の勉学。
放課後は道場での過酷な合気武道部の稽古。大文字鉄平や阿部凛花が四方投げの反復で畳に汗を散らし、息を上げる。
夜になれば氷川神社の隠し道場へと赴き、神経をすり減らす『光の神術』の舞の稽古。
さらには、スノー所属のタレントとしての華やかな芸能活動や演技レッスンが容赦なくスケジュールに挟み込まれ、深夜にはクラン【TIA】からの要請で、東京の暗がりに出没する怪異退治の任務に駆り出される。
常人であれば三日で過労死してもおかしくないスケジュールだ。
だが、闇の魔力と光の神術、そして武道によって心身を鍛え上げられた彼らは、この異常な日々を「青春」という言葉で強引にパッケージングし、アドレナリン全開で駆け抜けていた。
しかし、そんな彼らにも、決して魔力や神術では解決できない「学生としての巨大な壁」が立ちはだかる。
一学期・期末テスト。
そして、全国の高校生が学校単位で一斉受験する、進研模試である。
「……終わった」
「いろんな意味でな……」
テストと模試の全日程が終了した日の放課後。
合気武道部の部室では、もはや怪異と連戦した後のような疲労困憊の空気が漂っていた。
いくら身体能力が超常的なものになろうとも、数学の公式や英語の長文読解が自動的に脳内にインストールされるわけではない。
彼らは睡眠時間を削り、文字通り血を吐くような思いでテスト勉強と魔力制御の両立を強いられていたのだ。
数日後。
学園の教室と掲示板で一斉に結果が返却され、合気武道部陣の悲喜こもごもが明らかになった。
「ふむ……まあ、妥当な線ね」
南原紗良は、涼しい顔でトップクラスの点数が記された答案用紙をファイルにしまった。
それに次いで、主将である門蒼真と高橋玲央も上位の成績をキープしていた。
佐藤陽翔と阿部凛花は、可もなく不可もなく、きっちりと真ん中の平均点付近に安全着地。
「まあ、部活と仕事と裏稼業やってて平均点なら、上出来っしょ」
と、凛花はテスト用紙を丸めながらカラカラと笑う。
一方、一年生陣の成績発表ではちょっとしたどよめきが起きていた。
「大文字お前……意外と頭いいんだな!?」
佐藤が驚きの声を上げる。純粋な武道バカと思われていた巨漢の大文字鉄平が、なんと一年生の中で堂々の上位層に食い込んでいたのだ。
「押忍! 勉学も武道も、集中力と反復練習の理屈は同じであります!」
「いや、説得力あるけど筋肉関係ないじゃん……」
そして、さらなる衝撃が一年生を襲う。
「嘘でしょ……桐生君、学年トップ……!?」
神品蘭が震える指で順位表を指差した。
「フッ……まあ、伊達に俳優じゃありませんから。『超高速思考』にかかれば、問題の出題傾向や最適解を導き出すなど造作もないことですよ」
桐生蓮は、いつものキザな笑みを浮かべながら髪をかき上げた。
基礎体力のなさという弱点はあるものの、彼の脳内情報処理能力は完全にチートの領域に達しており、成績最上位になるのは必然の理だったのだ。
桃井琉生は手堅く平均点をキープ。そして問題の女子二人は対照的だった。
「ひぐっ……よ、よかったぁ……っ。赤点で退学になったらどうしようかと、本気で思いましたぁ……」
雨宮千歳は、平均点スレスレの答案を抱きしめながら、安堵のあまりボロボロと涙をこぼしている。
「あ、あぶなーっ! ギリギリ赤点回避です!」
対する神品は、下から数えたほうが早い点数を見せつけながら、満面の笑みでピースサインを作っていた。
「神品、お前もうちょっと勉強しろよ。赤点補習になったら、舞の稽古の時間が削られるんだぞ」
門が主将として呆れつつも、全員が無事に進級できそうなことに安堵の息を吐く。
「テストも模試も終わったことだし、今日はパーッと打ち上げに行くッス!ラーメン二郎行こうぜ、ニンニク補給!」
佐藤の提案に、門や大文字の男子陣が「おっ、いいね!」と色めき立つ。
しかし――。
「「「絶対に却下」」」
阿部、高橋、南原の二年生女子トリオから、絶対零度の声が重なった。
「明日も撮影入ってんのに、あんなニンニクの塊みたいなの食べられるわけないっしょ!」
「そうですわ! 打ち上げをするなら、もっとこう……小綺麗で美味しいところになさい!」
女子陣の猛反発を受け、男子陣がシュンと肩を落とす中、南原がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば……ゴールデンウィークの合宿の時、鮎先輩が作ってくれたスープカレー、すごく美味しかったわよね」
「あっ、あれ最高だった! ええと、たしか『ラマイ』っていうお店の味を参考にしたとか言ってなかったっけ?」
阿部がスマホを取り出し、素早く検索をかける。
「あった! 『アジアンバー ラマイ』。……横浜の伊勢佐木モールに店舗があるみたい。ここからなら電車で行けるよ!」
「よし、決まりだな」
門が頷く。
数時間後。横浜・伊勢佐木モール。
エキゾチックな内装の店内で、十人はスパイスの芳醇な香りに包まれていた。
「うまーーーっ!!」
「スパイシーなのにコクがあって……合宿の時の味を思い出しますわね」
野菜がたっぷり溶け込んだ深い味わいのスープカレーに、部員たちの顔が自然とほころぶ。
食事も進み、話題は自然と一年生たちの学校生活へと移っていった。
「それにしても……桐生君って、本当にすごいモテっぷりよね」
桃井が、美しすぎる男の娘の顔でクスクスと笑いながらスープをすする。
「そうなの! こないだなんて、一年生で一番綺麗って言われてる女子から告白されてたのに、あっさり振ってたんですよ!」
神品が身を乗り出して力説する。
「うちの学校だけじゃなくて、他校の女子からも凄い出待ちされてるのに、全部振ってるんだから。本当、信じられない」
その言葉に、高橋玲央が優雅にスプーンを置きながら同意した。
「普通に考えれば、桐生君が一番モテますわよね。お顔立ちも華やかですし」
「うんうん! まるで少女漫画の王子様みたいだもんね!」
阿部凛花も目を輝かせる。
「それに、合宿や特訓を経て、体力はともかく身体はしっかり鍛えられて、以前よりずっとかっこよくなったのは事実ね」
南原紗良が、冷静な分析を交えながら頷いた。
「かっこいいのは間違いないです! 勿体無いなぁ、あんな美少女だらけだったのに……」
神品が本気で悔しがり、雨宮千歳も隣で「うんうん」と深く頷いている。
そんな女子たちの桐生大絶賛フェスを目の当たりにして、佐藤陽翔はスプーンを握りしめながらギリッと歯を食いしばった。
「くっ……俺もモテたいッス……!」
「ふふっ♡ 佐藤センパイには、このわたしがいますよぉ……♡」
すかさず桃井が深海魚のような濁った瞳を光らせながら、ねっとりと佐藤の腕に絡みつく。
「ひぃっ!? 離れろ! 俺は女がいいんスよ!!」
「押忍! 恋愛よりもまずは筋肉と武道ッス!!」
ドロドロの恋愛トークの空気を一切読まず、大文字が一人で元気よく叫ぶ。
一方、そんな騒がしいテーブルの端で、主将の門蒼真はただ黙々とスプーンを動かしていた。
「……このスープカレー、本当にうまいな」
「ちょっと門! 彼女持ちは余裕ぶっててムカつくッス! 美少女女優が彼女だなんて……リア充爆発しろッス!!」
佐藤の魂の叫びにも、門はどこ吹く風で「おかわりもらおうかな」と呟いている。
その喧騒の中、桐生蓮は静かにスプーンを置き、小さくため息をついた。
(……紗良にモテないと、何の意味もないんですよ)
誰にも聞こえないほどの小声で呟き、伏し目がちに南原の横顔を見つめる。
彼女の視線の先には、いつも佐藤がいる。自分の不器用な好意を隠しきれず、時折頬を染めながら佐藤を見つめる幼馴染の姿。
そして、そんな南原のいじらしい好意に1ミリも気が付かず、「俺もモテたい」などと喚いているデリカシー皆無の先輩。
(佐藤先輩のことは尊敬していますが……恋のライバルとしては、本当に反吐が出ますね)
桐生は心の中で苦く笑いながら、目の前のスパイス香るスープを静かに飲み込んだ。




