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【深淵の底の祝勝会と、暴走する煩悩たち】

【深淵の底の祝勝会と、暴走する煩悩たち】


東京ダンジョン第三層、その最奥。


先ほどまで異形の怪異たちが蠢き、濃密な殺意と魔力、そして地獄侯爵・アモンの圧倒的な瘴気が渦巻いていた王座の間は、今や嘘のように静まり返っていた。


崩落した岩盤の埃がゆっくりと舞い落ちる中、合気武道部の五人は、満身創痍の身体を引きずりながらも、確かな足取りで集まっていた。


「はぁっ……はぁっ……! 終わっ、た……!」


副主将の佐藤陽翔(さとうはると)が、膝に手をついて荒い息を吐き出す。制服も防刃ジャケットもボロボロに引き裂かれ、無限の魔力を振り絞った反動で全身が鉛のように重い。


その隣では、主将の門蒼真(かどそうま)が砕けかけた肩を押さえながら、岩のような巨体をわずかに揺らし、ゆっくりと構えを解いていた。高橋玲央(たかはしれお)は乱れた呼吸を整えつつ割れかけた眼鏡の位置を直し、南原紗良(なんばらさら)は額の汗を手の甲で拭い、阿部凛花(あべりんか)は「ふぅーっ!」と天を仰いで大きく深呼吸をした。


全身の筋肉が悲鳴を上げ、魔力はすっからかん。


しかし、五人の顔には確かな達成感と、自分たちの『絆の武』が侯爵級の悪魔に通じたという確固たる自信が満ち溢れていた。


パチパチパチパチ……!


不意に、暗闇に包まれた王座の間の入り口付近から、明るく、そして温かい拍手の音が響いた。


「すごいわ、みんな! 本当に、見違えちゃった!」


「ええ、圧倒的だったわ! 私たち、すっかり見とれちゃった!」


暗がりの中から現れたのは、ずっと後方で彼らの戦いを見守っていた愛すべき先輩たち――本多鮎(ほんだあゆ)と花園美羽(はなぞのみわ)、そして二人に付き従うように歩くルージュだった。


過酷な芸能界のスケジュールとダンジョンの維持管理で、極度の疲労から目の下に隈を作っていたはずの鮎と美羽の顔は、後輩たちの予想を遥かに超える目覚ましい成長ぶりを目の当たりにし、パッと花が咲いたように明るく輝いていた。


「へへっ! どうッスか先輩たち! 俺たちの完璧なコンビネーション!」


佐藤が誇らしげに胸を張り、ニカッと太陽のような笑顔を向ける。


「ふはははは!! 偉大なる魔王・持子様の教えを受けた私たちにかかれば、第三層の悪魔侯爵など恐るるに足りないわ!」


阿部が『極黒の魔王』の威厳を完璧に纏い、高らかに、そして尊大に笑い声を上げた。


長身をしならせ、腰に手を当てて見下ろすその姿は、かつての恋問持子を彷彿とさせる圧倒的なカリスマ性を放っている。鮎も美羽も「おおっ……持子様みたい……」と感嘆の声を漏らした。


が、その威厳は長くは続かなかった。


「……って、あーもう! やっぱ無理! 恥ずかしいぃぃっ!!」


阿部はほんの十秒で耳の裏まで顔を真っ赤に染め上げ、自身の完璧なモデル体型を丸めるようにしてその場にしゃがみ込んでしまった。


「ふははは、とか! いざ本人のいないところで先輩たちの前でやると、羞恥心が限界突破するのよ! 穴があったら入りたいぃぃっ!」


頭を抱えて悶絶する阿部。魔王のオーラは一瞬で霧散し、いつもの明るくて少し残念な、等身大の女子高生(そしてオッパイ同盟の会員)へと逆戻りした。


「全くですわ。阿部さんは途中でまたキャラがブレかけて無駄な隙を作りかけていましたけれど、私の完璧な重心崩しのフォローのおかげで、美しい舞台に仕上がりましたわね」


高橋が優雅に扇子を開き、お嬢様口調で完璧主義者らしく微笑む。


「高橋さんのフォローは敵の軌道を逸らすには十分でしたが、計算外の物理法則のズレを生じさせました。最終的に私の理詰めの関節技がすべてをカバーしたんです。ええ、つまり私が一番の功労者です」


南原がタブレットをタップしながら、冷徹な童顔でドヤ顔を決めた。


「……お前ら、先輩たちの前でみっともない張り合いをするな。……だが、全員が限界を超えてよくやった。俺も主将として鼻が高いぞ」


門が厳つい顔を少しだけ綻ばせ、後輩たちを頼もしげに見つめた。


そんな五人のやり取りを見て、鮎と美羽は顔を見合わせてクスクスと笑い合った。


「ふふっ、本当にみんな頼もしいわ。私たち、最初からあなたたちなら絶対にアモンを退けられるって、信じていたもの!」


鮎が女神のような微笑みで言う。


「ええ、もちろんよ! だから私たち、安心してずーっと後ろで静かに見守っていたんだから!」


美羽も大きく頷き、胸を張った。


先輩たちの温かい言葉に、合気武道部の面々が「やっぱり先輩たちは俺たちを信じてくれていたんだ!」と感動の涙を流しかけた、その時だった。


「……よくもまあ、そんな嘘をスラスラと言えるものね」


背後に立っていたルージュが、絶対零度の冷ややかな声でバッサリと斬り捨てた。


「えっ?」


佐藤たちが間抜けな声を漏らす中、ルージュは呆れ果てたように深い、深いため息をついた。


「『あああ! 蒼真くんが吹っ飛ばされた!』『凛花ちゃんが傷ついちゃう! 私が助けに行くわ!』と半狂乱になって安全圏の陣形を飛び出そうとするお二人を……私が背後から、一体何度『血の薔薇(ブラッディ・ローズ)』で縛り上げて拘束したと思っているんですか。おかげで私の魔力がすっからかんです」


「ちょ、ちょっとルージュ!? なんでそんな余計な裏話バラすのよ!」


鮎の美しい顔が、ポンッと音を立てそうなほど真っ赤に染まった。


「そ、そうよ! 私たちの、クールで大人な先輩としての威厳が台無しじゃない!! 言わないでよぉ!」


美羽も慌ててルージュの口を塞ごうと飛びつく。


感動的な『後輩を信じる先輩』の図は、完全なる虚構であった。


実際は、可愛い後輩たちが怪異の群れやアモンの理不尽な攻撃を受けるたびにパニックになり、親鳥のように飛び出そうとする鮎と美羽を、ルージュが物理的(しかも自身の血の能力)にガンジガラメに縛り上げて必死に阻止していたのだ。


「あはははははっ!」


「先輩たち、過保護すぎッスよ!! 最高ッス!」


その事実を知った合気武道部の五人は、腹を抱えて大爆笑した。緊迫していたダンジョンの空気が、一気にいつもの騒がしくも温かいギャグコメディの空間へと塗り替えられていく。


「ほら、あなたたち。笑ってないでこれを持っていきなさい」


ルージュは笑い転げる後輩たちに向かって、持っていた大きな麻袋をドサッと放り投げた。


袋の口から、キラキラと輝く宝石のような石が大量にこぼれ落ちる。


「うおっ!? これ、今回倒した怪異のドロップアイテムの魔石じゃないッスか! めっちゃ大量!」


佐藤が目を丸くして魔石を拾い上げた。


「あなたたちが前でバカみたいに暴れている間、私が後ろで優雅に拾い集めておいたのよ。換金すればかなりの額になるはずよ。将来の自分たちの積み立てになるんでしょ」


ルージュがふっと口角を上げて微笑む。


「ルージュさん……! マジで有能すぎるッス!」


「さすがですわ、このサポート力。見習わなければなりません」


「いやー、アモンも手強かったけど、思ってたよりも全然早く討伐が終わっちゃったッスね! まだ時間も早いし……凛花、これはもう行くしかないッスよね?」


佐藤がニヤリと笑って隣を見る。


「ええ、もちろんよ陽翔! これだけ動いて、しかも臨時収入まであるんだから! もうお腹ペコペコ! 行くわよ、焼肉!!」


立ち直った阿部が両手を突き上げて歓喜の声を上げた。


「焼肉……! 悪くありませんわね。完璧にカロリーを消費した後の上質なお肉は、女優の肌とプロポーションにも良い影響を与えますわ」


高橋が優雅に扇子で口元を隠しながら、完全に乗り気な反応を示す。


「タンパク質の補給は筋肉の超回復に必須条件です。特に今日は門くんの筋肉が悲鳴を上げているはずですから、私が理詰めで最高に効率的な焼き加減を管理してあげましょう」


南原も眼鏡をキラリと光らせ、すでに網の上の肉の配置を計算し始めていた。


「お前たち……まあ、今日くらいはパーッと行くか!」


門も苦笑いしながら頷き、そして振り返って、鮎、美羽、ルージュの三人へ向かって真っ直ぐに頭を下げた。


「鮎先輩、美羽先輩、ルージュさん。もしよろしければ……俺たちと一緒に焼肉、行ってくれませんか? もちろん、俺たちの奢りで!」


その誘いに、鮎と美羽、そしてルージュは顔を見合わせ……心からの笑顔を咲かせた。


「ええ、喜んで!」


鮎が嬉しそうに頷く。


「お肉、いっぱい食べちゃおうっと! 高級なカルビ頼んじゃうからね!」


美羽が無邪気にガッツポーズをする。


「フッ、仕方ないわね。ご主人様のお供をしてあげるわ。……焦げた肉は食べないわよ」


ルージュもツンとすましながら、その瞳は優しく細められていた。


和やかな空気が流れる中、門は再び真剣な表情に戻り、三人の先輩たちを見つめた。


「それと……。これからは、もっと俺たちに任せてください。先輩たちが抱え込んでいるものを、俺たちも一緒に背負いますから」


門の力強い言葉に続き、他の四人も次々と口を開く。


「そうッスよ! 俺たち、もう守られるだけのヒヨッコじゃないッスから! どんどんこき使ってくれて構わないッス!」


佐藤が自身の胸をドンと叩く。


「この東京ダンジョンは、私たちがしっかり管理してみせますわ!」


阿部が頼もしげに胸を張る。


「先輩方は、ご自身の輝かしい表舞台のお仕事に専念してくださいませ。裏の泥被りは、私たちが完璧にこなしてみせますわ」


高橋が女優としての敬意を込めて一礼する。


「ええ、私の計算に狂いはありません。あなたたちの心身の負担は、私たちが論理的に軽減してみせます」


南原が絶対の自信を持って言い切った。


後輩たちの、頼もしすぎる言葉の数々。


「……はい。頼りにしているわ、みんな」


鮎の瞳から、ポロリと嬉し涙がこぼれ落ちた。


「本当に……ありがとう。みんな、すごくカッコいいわよ」


美羽も目頭を押さえながら、満面の笑みで後輩たちを称えた。


その光景を見ていたルージュが、満足げに深く頷き、鮎の肩をそっと抱いた。


「ご主人様(鮎)、本当に良かったわね。これからは少し肩の荷を下ろして、本業のお仕事に集中できるわよ」


「ええ……。何より、ようやくまともに眠る時間が取れるわ。最近、限界すぎて移動中のロケバスで白目剥いて寝てたもの」


鮎が安堵の息を吐き出す。彼女の殺人的なスケジュールとダンジョン管理の両立は、本当に肉体の限界を超えていたのだ。


「ふふっ、良かったわね鮎。私は最近仕事のペース落としてるから、空いた時間でいっぱい遊びに行こうっと! ショッピングとかエステとか!」


美羽が伸びをしながら、気楽な調子で言った。


その言葉に、鮎の眉がピクッと動いた。


「……へえ。カルトシンガーさんは気楽でいいわね。売れてないのも、時間がたっぷりあって良いものね」


鮎が、ジト目でチクリと嫌味を放つ。


「はぁ!? なによその言い方! 私はあえて露出を絞って、ミステリアスな魅力を演出してるのよ! 鮎みたいに何でもかんでも引き受けて、何でも出来すぎるのも不幸ね! 貧乏暇なしってやつじゃない!?」


美羽も負けじと、鮎の痛いところをズバッと突き返す。


「何ですって〜!? この泥棒猫!!」


「言ったわね、この駄犬!!」


「きーっ!!」


「シャーッ!!」


先ほどの感動的な雰囲気は一体どこへやら。


鮎と美羽は突然、子供のようにギャーギャーと取っ組み合い(エアー)の口喧嘩を始めてしまった。


「ちょ、ちょっと先輩たち!?」


門が慌てて止めに入ろうとする。


「ヤバいッス、さっきまでのいい話の雰囲気が、一瞬でぶち壊しッスよ!」


佐藤がオロオロと二人の周りをウロウロする。


高橋と南原も「ああもう、せっかく美しくまとまっていたのに!」「計算外の感情の爆発です!」と頭を抱えていたが、そんな大騒ぎの最中、ルージュがふと、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべて佐藤の方へ顔を向けた。


「ねえ、佐藤くん」


「ひゃいッス!?」


突然名指しされ、佐藤がビクッと肩を震わせる。


「あなた……おっぱいはいいの?」


「…………えっ?」


ルージュの唐突すぎる、そしてあまりにもストレートな爆弾発言に、佐藤は完全に思考を停止した。


数秒のフリーズの後、彼の脳内でその言葉の意味が正しく処理されると、顔がボンッと音を立てて茹でダコのように真っ赤になった。


「い、いいんですか!?」


佐藤は食い気味に、そしてものすごい勢いで身を乗り出した。


「俺、健全な男子高校生として、おっぱい大好きッス! 凛花と一緒にエアーおっぱい揉み特訓を重ねてきた俺のゴッドハンドが、また火を噴いていいんスね!?」


「バカなこと言わないで!」


喧嘩を中断した鮎が、物凄い剣幕で佐藤の前に立ち塞がった。彼女は自身の豊かな胸元を両腕で隠すように庇い、キッと佐藤を睨みつける。


「ダメよ! このオッパイは……持子様だけのものなんだから! あなたなんかに触らせるわけないでしょ!」


鮎は国民的女優とは思えないセリフを、堂々と、誇り高く言い放った。彼女の持子への重すぎる愛と信仰は、時として倫理観を吹き飛ばす。


「……どうせ〜私は小さいですからねっ!!対象外でしょ!」


美羽が少し怒り気味に、自身のスレンダーになった胸元を隠してプイッと顔を背けた。彼女は一年生の頃のマシュマロボディから一転してスレンダーになったことで、胸のサイズに関しては密かなコンプレックスを抱いていたのだ。


「ふふふ……」


ルージュはそんな慌てふためく鮎や美羽、そして落ち込む佐藤を見て、ただ一人面白そうにクスクスと笑っている。


「いやいや、でも先輩」


そこで、佐藤の『悪友』である阿部凛花が、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて会話に割り込んできた。


「陽翔は別に先輩たちのおっぱいを揉まなくても大丈夫なんですよ。だって、陽翔の周りには『オッパイ揉める男の娘』が出来そうですからね!」


「なっ……! 凛花、お前っ、余計なこと言うなッス!!」


佐藤が顔を真っ青にして阿部の口を塞ごうとするが、阿部は180センチの長身を活かしてヒョイッと躱す。


「え? 男の娘?」


鮎がキョトンと首を傾げる。


「陽翔ったら、一年生の桃井琉生って子に猛アタックされてるんですよ! 『佐藤先輩のお尻見てたら立っちゃいました♡』なんて言われて、いつも追いかけ回されてるんですから!」


阿部が楽しそうに暴露する。


「ええっ!? 男の娘に迫られてるの? BL!?」


鮎が目を丸くして、口元を手で覆った。女優としての想像力が掻き立てられたのか、少しだけ頬を赤らめている。


「ち、違うッス! 俺はノーマルッス! 断じてそっちの気はないッスよ! 俺はただ、優しくて可愛い女の子に癒されたいだけなんス!」


必死に否定する佐藤。彼は反撃とばかりに、阿部を指差して叫んだ。


「お前だって人のこと言えないだろッス! 凛花だって、一年生の神品蘭って子に毎日ベタベタされてるじゃないッスか! 『お姉さまのお胸、最高ですぅ』とか言って、毎日オッパイ揉んでくるヤバい後輩が出てきただろうが!」


「うっ……! そ、それは神品ちゃんがちょっと愛情表現が激しいだけで……!」


痛いところを突かれ、阿部がたじろぐ。


「えっ、女の子同士で? 百合!?」


美羽が今度は目を輝かせた。カルトシンガーとして、インモラルな響きにインスピレーションを刺激されたようだ。


「……やめろ、お前達」


あまりにも低俗でカオスな会話の応酬に、ついに主将の門蒼真が耐えかねて低い声で制止に入った。


「先輩たちの前だぞ。少しは自重しろ。神聖な戦いの後で、なんという下品な会話をしているんだ」


「そうですわ! 全く、せっかくの勝利の余韻が台無しです。学園の、そして合気武道部の品位が崩れますわ」


高橋玲央も、眉間にシワを寄せて扇子でパタパタと顔を扇ぎながら同意した。


「本当に……聞いているこちらが恥ずかしいです。知性の欠片もありません」


南原紗良も深くため息をつき、極寒のシベリアのような冷たい視線を佐藤と阿部に向ける。


だが、追い詰められた佐藤と阿部の『オッパイ同盟』の悪友コンビは、こんなところで引き下がるタマではなかった。二人はニヤリと顔を見合わせ、今度は矛先を門と高橋へと向けたのだ。


「へっ、門は偉そうなこと言ってるッスけど、結局玲央ちゃんのオッパイ揉んでるからって、余裕もってるんですよ!」


佐藤がド直球の爆弾を投下した。


「なっ……!?」


門の厳つい顔が、一瞬にして林檎のように真っ赤に染まる。


「そ、そうよ! 玲央さんだって、大好きな大好きな門君に毎日オッパイ揉まれて幸せなんでしょ〜! あーあ、羨ましいわねー!」


阿部も便乗して、モデルの長身をくねらせながら高橋をからかい倒す。


「な、ななな何を言っているんですのあなたたちは!!」


完璧主義の女優である高橋玲央が、かつてないほど動揺して悲鳴を上げた。


「そ、そんな破廉恥なこと、神に誓ってしておりませんわ! 蒼真とは清く正しいお付き合いを……その、て、手を繋ぐくらいで……っ!」


「お、俺だって玲央にそんな不埒な真似はしていないぞ! 稽古の延長線上でのボディタッチはあっても、決してそのような邪な意図は……!」


門も慌てふためき、両手を振って必死に否定する。しかし、二人の顔が尋常ではないほど真っ赤になっているため、説得力は皆無であった。


「……もう、全員いやらしいです。最低です」


一人だけ完全に蚊帳の外に置かれ、冷めた目で見つめていた南原が、心底呆れ果てた声で吐き捨てた。


薄暗いダンジョンの底で繰り広げられる、魔王の後継者たちによる、あまりにも低レベルで下世話な口喧嘩。


「あはははは!」


そんな彼らの騒がしいやり取りを見て、ルージュは再び、心からの笑い声を上げた。


「……本当に、あなたたちは相変わらずね」


ルージュは嬉しそうに、そして愛おしそうに、鮎と美羽を見つめた。


過酷なスケジュールとダンジョンの重圧で、ここ数週間、口喧嘩をする気力すら失うほど弱り切っていた鮎と美羽。


それが今、頼もしい後輩たちの成長のおかげで重荷を下ろし、こうしてかつてのように元気に声を荒らげ、後輩たちとバカバカしい会話で笑い合えている。


それが、ルージュにとってはたまらなく嬉しかったのだ。


「ほら、お肉が逃げちゃうわよ。早く行きましょう」


ルージュが優しく促す。


「あ、そうよ! 行くわよ駄犬! 私の方がいっぱい高級肉食べてやるんだから!」


「誰が駄犬よ泥棒猫! 負けないわよ!」


すっかり元気を取り戻した鮎と美羽が、キャットファイトを再開しながらダンジョンの出口へと向かって歩き出す。


「……あーあ。門の奢りだし、俺も特上カルビ頼みまくるッスよ!」


佐藤が笑いながら後を追う。


「ふはは! 私の完璧なプロポーションを維持するためには、上質な赤身肉が必要よ!」


阿部も続く。


「ちょ、ちょっと待ちなさい! まだ話は終わっていませんわよ!」


「俺たちをからかったまま逃げる気か!」


顔を真っ赤にした高橋と門が、慌てて二人を追いかける。


「……やれやれ。お肉の焼き加減は、私が完璧に管理して差し上げますよ」


南原がやれやれと肩をすくめ、最後に静かに歩き出した。


東京ダンジョンの深く冷たい闇の中に、彼らの明るく、騒がしく、そして温かい笑い声が、いつまでも反響しながら響き渡っていた。


それは間違いなく、次代の極黒を担う修羅たちが手に入れた、確かな日常の光であった。


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