↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/93

【魔王のいない春と、新たなる日常】

今回から新章スタートです!


東京ダンジョンでの壮絶な戦いを終え、世界は大きく変わりました。

魔物が現れ、能力者が覚醒し、裏社会が表へと姿を見せ始める……。


……と書くと、いよいよ重厚なダークファンタジーが始まりそうですが。


ご安心ください。

この作品の主人公たちは、相変わらず平常運転です(笑)


世界が大変なことになっていても、佐藤陽翔は煩悩全開。

阿部凛花は魔王リスペクト全開。

南原紗良はいつも通り理詰めでツッコミ。

門蒼真と高橋玲央は胃を痛めながら仲間を見守ります。


新たな能力者、新たな仲間、新たな敵。

そして、魔王が残したものを受け継ぐ者たち。


シリアスあり、バトルあり、ラブコメあり、そして相変わらずのカオスありで、新しい物語が始まります。


果たして聖ミカエル学園は無事に新学期を迎えられるのか。

……たぶん無理です。


それでは、新章「魔王なき春」の始まりをお楽しみください!

【序章:極黒の残滓と、目覚める世界】


それは、世界の理(ことわり)が静かに揺らぎ始めた日だった。


日本の心臓部たる東京。

突如として顕現した巨大な異界『大禍つ炉(東京ダンジョン)』の最深部にて、世界を破滅から救った二人の英雄がいた。


絶望の底へ空を割って垂直降臨した、美しき“魔王”の少女。

そして、無双の武を極めた“武神”たる青年。


彼らは圧倒的な合気武道と極黒の魔力をもって、地獄の門をこじ開けようとした悪魔王を完全なる深淵へと叩き落とした。


戦いは終わった。


二人は愛する者たちを護るという使命を果たし、そのまま赤黒く口を開く地獄の門の向こうへと姿を消した。


しかし――。


彼らが現世に残した爪痕は、あまりにも大きかった。


魔王と大悪魔。

二つの異質な力が激突した際に生じた余波は、世界の根底に小さな亀裂を刻んだ。


地下深くから漏れ出した濃密な魔力は、迷宮の岩盤をゆっくりと浸透し、やがて東京という巨大な都市へと広がっていった。


それは、突然世界を塗り替えるような変化ではなかった。


最初は、誰も気づかないほど小さな異変だった。


夜の街角で、説明のつかない影を見たという噂。

古い神社や廃墟で、奇妙な気配を感じたという報告。

これまで存在しなかったはずの怪異の目撃談。


長い年月、人の目から隠れるように存在していた魔物、悪魔、怨霊、そして怪異たちは、少しずつその姿を世界へと現し始めていた。


まだ多くの人々は、それを偶然や錯覚だと思っていた。


しかし、確実に世界は変わり始めていたのだ。


そして変化したのは、怪異だけではなかった。


東京に漂い始めた未知の魔力を浴び続けたことで、人々の中に眠っていた“何か”が呼び起こされ始めた。


妖の怨念を形にし、呪具を生み出す者。


自らの影に潜む異形を従える者。


古の陰陽の理を本能的に理解し、式神を操る者。


魔力という新たな因子に触れたことで、怪異の力と共鳴する超常の存在――「覚醒者」たちが、少しずつ生まれ始めたのである。


ある者は、その力を己の欲望のために使おうとした。


ある者は、迫り来る未知の脅威から人々を護るために立ち上がった。


かつて極黒の魔王が戦い、そして救った東京。


その街は今、表向きには変わらぬ日常を保ちながらも、その裏側で静かに変貌を続けていた。


怪異が再び世界へ歩み出し、新たな力を持つ者たちが目覚める時代。


これは、魔王が遺した極黒の残滓から始まる、新たなる物語。


英雄なき時代に、自らの運命を切り開こうとする者たちの、新たなる覇道の幕開けである。


【春の嵐と、不審者の品評会】


春。それは出会いと別れの季節であり、同時に新たな変態が芽吹く季節でもある。


私立聖ミカエル学園の校門前は、桜の絨毯を敷き詰めたかのように華やかな熱気に包まれていた。

高等部に芸能科を併設しているこの名門校には、今年も全国から選りすぐられた美少年、美少女たちが集結している。


そんな光り輝く新入生たちのまぶしい波の中で、明らかに一人だけ、瞳のハイライトが完全に消え去っている男がいた。

一般科の新二年生、あるいは合気武道部の副主将(副部長)を務める男――佐藤陽翔(さとうはると)である。


佐藤は校門のすぐ脇にある植え込みの影に隠れるようにして腕を組み、不敵な笑みを浮かべながら何度も深く頷いていた。

その視線は、初々しい新入生たちの胸元や全体のプロポーションを、さながら熟練の目利きのようにスキャンし続けている。


「ほう……。フフフ……。今年もなかなかの豊作、いや、大収穫の予感がするっスねぇ……」


その口調は語尾に「〜っス」を伴う軽薄なものであったが、熱量だけは一端のプロのようだった。


「あっちの大人しそうな子は正統派の清純派アイドル系……うん、将来性が高いっス。で、こっちのツンとした黒髪の子は、影のあるシリアス路線の女優向きってところっスかね。おおっと! あの歩き方、あの体幹のブレなさは、男子ながらに将来のトップモデルか、あるいは特撮ヒーローの主役を張れる器っスよ……!」


誰も頼んでいない、そして誰の得にもならない「新入生勝手に品評会」を熱っぽく繰り広げる佐藤。

その姿は、どれほどお洒落な制服に身を包んでいようとも、客観的に見て完全に不審者そのものであった。


「……おい、佐藤。おはよう」


背後から、低く、極めて冷静でストイックなトーンの声がかけられた。

振り返った佐藤の顔は、まだ妄想の余韻が抜けきっておらず、ニヤニヤ、ニヤニヤとした実に気持ちの悪い笑みを張り付かせたままだった。


「おー! 門、おはようっス! 見てみろよ、今年の一年生も気合が入って――」


「お前、今すぐその顔をやめろ」


声をかけた張本人――合気武道部の主将であり、同じく二年生の門蒼真は、心底ゴミを見るかのような目で佐藤を睨み据えていた。

門の鍛え抜かれた強靭な肉体から放たれる威圧感は、日常の一コマであるにもかかわらず、どこか戦闘を予感させるほどに硬派で直球だった。


「何だよ門、冷たいっスねぇ。俺はただ、芸能事務所スノーのマネージャーとしての広い視野を活かして、未来の才能を発掘する『スカウトの目』を養っているだけっスよ?」


「いいや、違う。断じて違う。お前のそれは、警察官が数人がかりで全力で職務質問に踏み切るレベルの顔だ。頼むから学園の品位を落とさないでくれ」


門は深くため息をつき、彫りの深い厳つい顔をさらに歪ませた。

そんな門の隣に寄り添うように立っていた、芸能科二年生のクールビューティー、高橋玲央も、眼鏡の奥の瞳を冷ややかに細めて深く同意の頷きを見せる。


「……門くんの言う通りですわ。佐藤くん、あなたのその視線、言葉を選ばずに言えば『通報されても一切の擁護ができないレベルの犯罪的エロティシズム』が滲み出ていますわよ。今すぐその邪悪な煩悩を霧散させなさいな」


「お前まで言うか、高橋ぃ!?」


佐藤はドラマの悲劇の主人公さながらに、大袈裟に己の胸を押さえてのけぞった。


「ひどいっス! 俺だって傷つく、繊細なガラスのハートを持った思春期の男子高校生なんだぞ!」


「そんな傷つく繊細な心を持っている自覚があるなら、今この瞬間にそのニヤケ面を叩き直すんだな」


「……無理っス」


「即答するな!」


門の鋭いツッコミが炸裂した瞬間、校門付近の空気が一変した。



【神の領域と、壊れたブレーキ】


「きゃあ……っ!」


「え? 嘘、何あの人……綺麗すぎる……!」


「芸能科の先輩? それとも、新しく入ってきた特別特待生の人!?」


ざわざわ、と波紋のように広がっていく新入生たちの感嘆の声。

人混みを割って現れたのは、周囲の空間そのものをランウェイに変えてしまうほどの圧倒的なオーラを纏った美女――阿部凛花だった。


一年前のバレエ時代の面影を残しつつも、この一年で驚異的な発育を遂げた神々しい美貌。

かつてこの学園で「絶対的な神」として君臨していたあの伝説の先輩、恋問持子を完璧にトレースした歩き方で優雅に進んでくる。


「うわぁ……」


佐藤は思わず品評会モードを忘れ、ぽかんと口を開けて口笛を吹いた。


「本当に、持子先輩にそっくりになってきたっスね……。香水からメイク、歩き方のリズムに至るまで、完全に持子先輩をコピーしてるっス」


「ああ、確かにその通りだな」


門も、腕を組んだまま感心したように頷く。


「ええ……。同じ女性の、それも同じ芸能科に身を置く者として、今の阿部さんの美貌には、少し気圧されるほどの神々しさがありますわ……」


高橋玲央ですら、完璧主義者の仮面を少し緩めて素直に称賛の言葉を漏らすほどだった。


そんな三人の大絶賛の視線を浴びながら、阿部凛花は、彼らの目の前でピタリと足を止めた。

そして、ふっと妖艶に口元を歪めると、大きく両手を広げて高らかに声を張り上げたのである。


「――ふはははは! 愚かな凡夫どもよ! 我こそは闇を統べ、全ての美を支配する至高の魔王――っ!!」


……静寂。

三秒間、校門前が完璧な静寂に包まれた。

新入生たちが「え? 何? 美人だけど、ちょっと痛い人なの?」という困惑の表情を浮かべ始める。


すると次の瞬間、凛花の顔が耳の裏まで真っ赤に染まった。


「……む、無理ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


凛花は自身の完璧なモデル体型を丸めるようにして頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。


「恥ずかしい! 恥ずかしすぎるよおぉぉぉぉ! 喋り方まで魔王っぽくするのは、やっぱり私の器じゃ1ミリも無理だったよー!」


「わはははは! お前、何やってんだよ凛花! 途中で折れるなら最初からやるなよっス! 最後までやりきれ!」


「無理に決まってるでしょ、陽翔! 恥ずかしさで心臓が破裂するかと思ったわよ!」


「いやでも、持子先輩ならあのトーンで真顔で一時間くらい喋り続けるぞ」


「だから! 持子先輩は人間じゃないの! 私たちにとっての唯一無二の『神』なのよ!!」


凛花が涙目でそう叫ぶと、佐藤、門、高橋の三人は一斉に大真面目な顔になり、深く納得したように頷き合った。


「「「確かに」」」


持子先輩が絡むと、この学園の常識は全てゲシュタルト崩壊を起こす。

それが合気武道部の共通認識だった。



【歪な結束、オッパイ同盟の誇り】


コホン、とわざとらしい咳払いをして、凛花は再び立ち上がった。

瞬時に恥ずかしさをリセットし、スッと背筋を伸ばしてモデルとしての完璧なポーズを決めてみせる。


「と、とにかく! 見てよ三人とも。今日の私のウォーキング、少しは持子様に近づけたかしら? メイクも香水も、全部持子様と同じものに新調したの!」


「ああ、完璧っスよ、凛花。次世代のトップモデルのオーラがビンビンに伝わってくるっス」


佐藤は真顔でサムズアップを掲げた。


「でしょ?」


「ただ……一つだけ、マネージャーとしての、いや、一人の健全な男子高校生としての純粋な疑問を聞いてもいいっスか?」


「なにかしら?」


佐藤は凛花の胸元をじっと見つめ、人差し指でそこを指した。


「お前……また胸、一段と大きくなってないっスか?」


その瞬間、先ほどまでの美しく高潔なモデルのオーラは霧散し、凛花の顔に満面の、切実な笑みが咲き誇った。


「――なったのよ!!」


凛花は、周囲の視線も気にせずグッと拳を握りしめてドヤ顔を決めた。


「わかる? 佐藤陽翔、流石は私の心の友、一番の悪友ね! 2年生になって私、スタイルだけは本当に持子様に近づいてきた気がするの! これもね、毎日欠かさず努力した成果よ!」


「へぇ、努力? どんな過酷なトレーニングをしたんスか?」


「おっぱいを揉んだ(セルフで)!!」


「「「……」」」


周囲にいた新入生たちが、今度こそ完全に引き攣った顔で後退りしていく。

「朝から、私たちは何を聞かされているんだ……?」という絶望的な空気が門前のロータリーを支配した。


門は深く頭を抱え、天を仰いだ。


「……おい阿部、お前は一応、今をときめく事務所の看板モデルだろう。自分のブランディングというものを少しは考えろ。新入生が恐怖で泣いているぞ」


「門くんの言う通りですわ……っ。朝の神聖な空気の中で、なんて破廉恥で脳が融解しそうな会話を繰り広げているのかしらこの人たちは……っ!」


高橋玲央も顔を青くして、自分の眼鏡の位置を直しながら震えている。

しかし、そんな周囲の正論など、結成された「オッパイ同盟」の絆の前には無力だった。


佐藤は深く感銘を受けたように、何度も深く首を縦に振った。


「すげぇっス……流石は凛花、執念の塊っスね! 実は俺も、この前たこ焼き屋でお前に教えてもらった『エアーおっぱい揉み特訓』を、毎晩自室で欠かさず続けてるっスよ!」


「あら! 本当!? さすが私の同志! で、そっちの成果はどうなの?」


「――全く成果がないっス!!」


「ちょっと、なんでよ!?」


凛花は納得がいかないというように、綺麗な眉を吊り上げて佐藤に詰め寄った。


「私の特訓は完璧なはずよ!? なんで成果が出ないのよ!」


「なんでって……そりゃお前、圧倒的に『揉める相手(実物)』がいないからに決まってるだろっス!」


佐藤が当然の理屈を叫ぶと、凛花はあからさまにジト目を向け、呆れたようにため息をついた。


「もう、何言ってるのよ。いくら心の友でオッパイ同盟の悪友だからって、私のおっぱいを揉ませるわけにはいかないわよ? 成果が欲しいなら、さっさと彼女を作りなさいよ、彼女を!」


「……お前、俺を舐めてるのかっス!?」


佐藤はカッと目を見開き、自身の胸を強く叩いて堂々と宣言した。


「いいかよく聞け凛花! 俺はなぁ、彼女いない歴=年齢の、年季の入った純潔ピュアピュア男子高校生なんだぞ!! 彼女なんて都市伝説の生き物がそう簡単にできるわけないだろっス!」


「威張ることじゃないでしょ、そんなの! そこまで深刻なら、もう手っ取り早く風俗にでも行きなさいよ!」


「バカ言え! 俺はまだ十六歳の未成年だぞ!! 法を犯せってか、この変態モデルー!!」


「「「……」」」


もはや校門前の新入生たちは誰一人として彼らと目を合わせようとしなかった。

ただただ、あまりの治安の悪さに慄くばかりである。



【理詰めの鉄槌と、新学期の始まり】


「朝から……一体何をしているんですか、あなたたちは」


地獄の底から響いてくるかのような、極めて冷徹で、かつ知性的な敬語。

その声の主は、圧倒的な童顔に冷たい知性を宿した眼鏡をかけ、不機嫌さを隠そうともせずに立っている少女――南原紗良だった。


彼女は、あまりのバカバカしさに遠巻きにしていた人だかりを掻き分け、鋭い視線で佐藤を射抜いた。


「またですか、佐藤くん。新学期初日の、それもこんな大衆の面前で、自身の低俗な煩悩をこれでもかと撒き散らすなんて、知性の欠片も感じられません。大方、ちょい役の端役しか貰えない私への当てつけですか? ええ、どうせ私は今日も名前すらないエキストラ同然の存在ですよ! それに加えて未成年がどうだの風俗がどうだの、公然わいせつ罪の教唆と未成年者喫煙飲酒禁止法ならぬ、あらゆる倫理の崩壊を耳にさせられたこちらの精神的苦痛を理詰めで慰謝料請求したいレベルです!」


「いや、待つっス紗良ちゃん! 誰もそんなこと一言も言ってないっスし、今のは凛花が――!」


佐藤は慌てて手を振ったが、南原の理詰めの追撃は止まらない。


「言い訳は結構です。だいたい、阿部さんも阿部さんです。モデルとしてのプロ意識や誰にでも優しい心は尊敬していますが、佐藤くんと一緒の時のそのエロに振り切った変態的なノリだけは、いくら思春期とはいえ嫌悪感を禁じ得ません! 彼女を作れなどと、マネージャーとタレントの距離感を弁えない発言も甚だ遺憾です!」


「ちょっと南原さん、これは大真面目な教育的指導の話題よ!」


「どこがですか! 胸の成長や揉む揉まないのどこに教育的な要素があるというのです!」


南原は顔を真っ赤にしながら、無言で佐藤の頭を目がけて、手に持っていたノートを振り下ろした。


バシンッ!!!


「痛ってぇぇぇぇぇっス!? なんで俺だけ物理的な制裁を受けるんスか!」


「うるさいです。サルの分際で口答えしないでください。さあ、見苦しいから早く教室へ進みなさい」


「……はいっス」


佐藤がしおしおと項垂れる。


「……進みなさい」


「はい」


「……進みなさい」


「はい」


南原の冷徹な威圧感に押され、なぜか門も、高橋も、あるいは凛花までもが直立不動で返事をしてしまった。

元子役としてのプライドと、学校一の成績優秀者としての頭脳から放たれる正論の切れ味は、合気武道部の肉体派たちをも容易く論破してしまうのだ。



【切り取られた一瞬と、託されたレンズ】


そんな壊れた歯車たちによる怒涛のドタバタ劇を、校門から少し離れた桜の木の下から、静かに見つめている人影があった。

一般科の三年生であり、実家は神社、そして裏の顔はTIAの特級エージェント――風間楓である。


普段の学園生活では「伊達メガネ」をかけて目立たないようにしている彼女だが、その手には学園の「写真部員」らしく、一台の黒いコンパクトデジタルカメラが握られていた。


『RICOH GR4』


その筐体は、傷一つなく丁寧に手入れされている。

楓は、佐藤が南原にノートで引っ叩かれ、門と高橋が揃って頭を抱え、凛花が自分の胸の形をエアーで表現しているという、この世の終わり極まりないカオスな一瞬に、静かにレンズを向けた。


苦笑いを浮かべながら、指先がシャッターを切る。


カシャ。


小気味よいシャッター音が、春の風に紛れて響く。


「ふふ……。相変わらず、あの部活の周りだけは、世界の理不尽が凝縮されたような騒がしさね」


楓の整った唇から、小さな笑みが漏れた。

液晶画面に映し出された、間抜け極まりない後輩たちの姿を確認し、彼女はそっとカメラの電源を落とすとレンズが収納される。


このGR4は、もともとは彼女のものではなかった。

かつてこの学園の、あるいは裏社会の頂点に君臨していた「あの人」――恋問持子の持ち物だったのだ。


あの凄惨極まる戦いの末、持子が『地獄』へと旅立ってからというもの、彼女は未だにこの世界へと帰ってきていない。


『楓ちゃん、これ。持子のカメラなんだけど、預かっておいてくれない?』


新学期が始まる少し前、大手芸能事務所スノーの社長である立花雪から、唐突にこのカメラを託された時のことを、楓は思い出していた。


『これでね、あの騒がしい子供たちの日常とかを、たくさんたくさん、写真に収めておいてほしいの。……いつかさ、あの子がふらっと地獄から帰ってきた時に、「あんたがいない間、みんなこんなにバカやってたわよ」って、見せて笑い飛ばしてあげるためにね』


大人の、そして社長としての寂しげな、けれど確信に満ちた雪の笑顔が脳裏をよぎる。

楓は、コートのポケットに忍ばせたカメラの重みを指先で感じながら、もう一度、遠くでまだ不毛な言い合いを続けている佐藤たちを見た。


「持子お姉さん……。あなたのいない学園は、少しだけ退屈だけど。……でも、あなたの残した歪な種たちは、相変わらず元気にバカをやっているわよ」


液晶に保存された、1枚の賑やかな写真。

楓は伊達メガネの位置を少しだけ直すと、冷徹なエージェントの仮面をほんの少しだけ緩め、神と瓜二つの美しい顔に愛おしげな笑みを浮かべた。


「さあ、私も行きましょうか。次の『傑作』を切り取るためにね」


カメラをしっかりと鞄に収め、風間楓は、騒がしい後輩たちの待つ校舎へと、静かに歩き出した。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


新章スタートとなりました。


前章では東京ダンジョン、地獄の門、そして魔王・恋問持子を巡る壮絶な戦いが描かれました。

世界を救った英雄たちは姿を消し、その影響によって世界そのものが大きく変化しました。


……ですが。


世界が変わっても、聖ミカエル学園の日常は変わりません(笑)


新たな能力者たちが集まり、裏社会の実力者たちが教師としてやってきても、合気武道部は相変わらずです。


佐藤は相変わらず煩悩全開。

凛花は相変わらず持子様愛が限界突破。

紗良は相変わらず正論で全員を叩き潰す。

門と玲央は相変わらず苦労人。


そして今回、最後に登場した風間楓と持子のカメラ。

これは、持子がいなくなった後も「彼女が残したもの」が確かに存在している、という小さな象徴でもあります。


これから始まる新章では、新たな覚醒者、新たな敵、そして変わってしまった世界で生きる者たちの物語を描いていきます。


もちろん、重い展開だけではなく、この作品らしいバトル、友情、ラブコメ、そしてカオスな日常もたっぷり入れていく予定です。


果たして、聖ミカエル学園は無事に一年を過ごせるのか。

……たぶん、佐藤がいる時点で無理でしょう(笑)


次回も楽しんでいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。