04. 最悪な選択肢
「ガブリエル、お前の未来だ。
自分で選ばせてやろう」
正面に鎮座する、玉座に座る父の声は家族の甘さなど欠片など無い。
威厳に満ちた声はいつだって、ガブリエルを酷く緊張させるものだったが、今夜は威厳だけではない冷たさも備えていた。
「お待ちください、父上!
先に私の話を聞いていただきたいのです!」
ほう、と言った父の目が細くなる。
ガブリエルは発言を許されたと思っているが、彼の兄二人は、国王の許可なく発言する愚かさに天井を仰ぎたくなっていた。
勿論、そんなことはせずに表情一つ変えないまま、愚弟の言動を見守るだけだ。
「私はあの者が異国の王族だと知らなかったのです!
これは私に知らせ忘れた者が処罰されるべきで、私は被害者でしかありません!」
「先に短剣を手にして襲おうとしたのはお前だと聞いている」
いっそ淡白な物言いで事実が述べられるが、違うのだと子どものように首を振って否定する。
「私は異国の知りもしない王族になど手を出す気はありませんでした。
私が思い知らせようとしたのはアルジャン侯爵令嬢で、それだって少しばかり脅すだけで、怪我をさせるつもりはありませんでした」
「脅しか」
一層冷え込む周囲の空気に、気づかないのはガブリエルだけ。
自己弁護に夢中になる余り、周囲も、目の前の父すら見ていない。
「さらには、私が短剣であるにも関わらず、あちらは剣を出してきました!
王太子だと名乗っていましたが、より有利な武器を手に私を脅すなど卑怯でしょう!
これは抗議すべき内容です!」
細められていた国王の目が消え、そしてゆっくりと開かれる。
横にいる王妃が真っ青な顔で扇子を握りしめているが、そろそろ折られそうなところまで力が加えられていた。
「なるほど」
吐き出された短い言葉に、自分の正義が伝わったのだとガブリエルが笑顔になった瞬間、
「この罪人を拘束せよ」
容赦ない言葉を浴びせられたと同時に、瞬く間に騎士によって地面へと抑え込まれた。
「な、何を、ヒィ」
最後の情けない悲鳴は、顔の真横に添えられた剣の刃のせいだろう。
「ここでお前の非を説明する時間も無駄だ。
発言の許可なく戯言を囀るお前に、ピッタリな末路を選ばせてやろう」
コツッと国王の手にした錫杖が音を立てる。
「一つは斬首刑だ。
一番腕のいい処刑役人に頼み、痛みも少なく死ねるようにしてやろう。
これが一番あちらも矛を収めやすい」
まさか死が大前提にあると思わなかったガブリエルは、ただただ息を吞むしかない。
「もう一つは毒杯による処刑だ。
あちらは不満だろうが、これでも納得はしてくれるだろう」
ここまできて、ガブリエルの顔は青から白、そして土気色に変わっていく。
「最後はフロベール公爵からの善意ある提案だ。
お前は死んだことにして、その身柄を匿ってくれるらしい。
あちらへの対策として、お前に似た死体を用意しておく」
重みのある足音と共に、ガブリエルの横にフロベール公爵が立つ。
唯一死から逃れる選択肢を与えてくれる相手に、ガブリエルは縋るような視線を向けた。
フロベール公爵の末娘は父に似て、蛙のような顔をしていると噂だが、それでも死ぬよりは断然マシである。
「ええ、娘が王家への忠誠として、罪深きガブリエル殿下を夫にしても良いと言ってくれたので」
夫にしても良いとは。
あまりの発言に、怒りで呼吸が浅くなる。
非礼を詫びよと怒鳴りつけたかったが、今は場が悪いと懸命に堪えた。
フロベール公爵の娘と会うまでの我慢だ。
会ったらアリエノールの時のように、徹底的に躾ければよい。
優秀なガブリエルの意見に小娘が反論できるわけもなく、従順な下僕になった頃、その娘が手に入れる伯爵位を自分のものにすればよいのだ。
王子では無くなるのは未だ不満であるが、父である国王が発言したことは撤回することはない。
ならば伯爵となったガブリエルによって領地が発展していく様を見せ、その時にはガブリエルを再度王位継承権のある王族として認めさせるのだ。
自分ならば数年もあれば伯爵位を得ることも可能だろうと、ガブリエルは信じている。
その頃にはアリエノールが嫁ぐ先も、王子が一人増えたところで気づくはずもない。
顔を合わせたのも少しの時間。
覚えているはずもないだろうから。
「このような無体に納得いきませんが、父上は言い出したことを引けぬ人。
ならば私を王族の籍から外したことを後悔するほど、フロベール公爵領で良い働きを見せましょう!」
今なお騎士に拘束された状態だが、顔だけはしっかり上げて父を見る。
だが、それを見返す国王の目には、何の感情も宿していなかった。
「フロベール公爵、これを今すぐに引き取ってもらえるか。
これから後始末に忙しくなる」
「ええ、陛下のお望みのままに」
ガブリエルを拘束していた力が緩まったと思えば、すぐに両腕を乱暴に掴まれて身を起こされ、そのまま辞意の挨拶も何もないままに謁見の間から引きずり出されていく。
時折聞こえる悪態を背景に、陛下の視線が僅かに遠くなった。
「生きていればよし、としたいところだが。あれは難しかろう。
これ以上いらぬことをするならば処分を頼む」
御意と返された言葉と共に、フロベール公爵の頭が下げられる。
上げられた顔に浮かぶのは笑み。
ここにいる国王も、二人の王子も、フロベール公爵の意図は把握できている。
王家に恩を売れる上、ガブリエルはフロベール公爵が愛する末娘の、恋を隠す、良き隠れ蓑となるだろう。
フロベール公爵が末娘を公爵領の外に出さないのは、ガブリエルとは全く異なる問題点を抱えているからだ。
十歳にして移り気な恋を嗜む公爵家の末娘は、マナーこそ貴族令嬢として完璧だが、恋に盲目過ぎて周囲を巻き込んでトラブルを起こしている。
庭師の孫に恋をしたかと思えば、お気に入りの家庭教師を独り占めしようと周囲を牽制し、家令の息子を気に入って姉や母親にまで悋気を見せる始末。
子どもじみた独占欲と呼べるような、可愛いものではない。
今からこれでは婚約してもトラブルにしかならないだろうと、嫁に出すことを諦めている娘だ。
ガブリエルなど視界に入れば御の字で、恐らくは相手にされてもひと時のこと。
待っているのは白い結婚だ。
それに二期作を提案したことも未だ許されていない。
恐らくは領地に連れて行って、監視付きで農夫か役人の真似事をさせる気なのは想像に難しくなく。
さて、ガブリエルの矜持がいつ壊されるのか。
それは三人にはわからないことで、これからもわからぬままとなる。
三者三様に気づかれぬ溜息を落として、ガブリエルとの謁見は終わった。




