第228話 勝利
轟ッ!
二つの拳が真正面から激突した。
半径十メートルほどの地面が一気に陥没し、無数の砕石が四方へ弾け飛ぶ。
アーガの膝下で地面が大きくひび割れた。
受け止めている腕全体が激しく震えている。
暴血状態となったライドの力はあまりにも重い。
このまま押し込まれ続ければ、防御ごと叩き潰されかねない。
アーガは歯を食いしばった。もう片方の手でジョーカーカードを取り出し、右側のカードスロットへ差し込む。
「風之怒――砕岳断裂!」
直後。
ベルトから膨大な魔力が爆発した。
風圧。そして重撃。二つの力が同時に凝縮され、限界まで圧縮された巨大な槍のようにアーガの拳から炸裂する。
ライドの拳が真正面から押し返された。
二つの魔力が僅かな時間拮抗し――
同時に爆発する。
轟ッ!
アーガとライドの身体が、同時に吹き飛ばされた。
ライドは放置されていた鉱車へ激突する。
鉱車を粉々に砕き、そのまま何度も地面を転がった。それでも先に立ち上がったのはライドだった。
まだ完全に起き上がっていないアーガを見た瞬間――
背中の翼を広げる。逃げるつもりだ。
しかし。
アーガもすでに立ち上がっていた。即座に四枚のカードを交換する。
赤5――氷。
黄5――白鳥。
青3――集中印。
緑3――射術。
「冷凍形態·532号」
冷たい魔力が全身を包み込む。白鳥のカードが持つ飛行能力が発動した。アーガが軽く地面を蹴る。その身体がそのまま空へ浮かび上がった。
ライドがある程度の距離まで飛んだ、そのとき。背後から鋭い破空音が聞こえた。振り返る。
アーガが追ってきている。
「なっ……!」
アーガが片手を上げた。指先から氷の弾丸が次々に発射される。
一発一発が非常に速い。そして軌道も正確だった。
ライドは何度も進行方向を変えざるを得ない。身体を捻って氷弾を避けながら、翼を強く羽ばたかせて高度を上げる。
夜の闇。建物の影。それらを利用してアーガを振り切ろうとした。
だが――
アーガの射撃は安定していた。最初の氷弾がライドの右側を塞ぐ。二射目は下降しようとする進路へ撃ち込まれる。三射目は、塔を回り込もうとした先へ先回りするように飛んだ。
ライドは空中で急旋回するしかない。
「くそっ!」
口を開き、血弾を連続して吐き出す。血弾と氷弾が夜空で次々に衝突した。赤と白の光が空中で何度も炸裂する。二人は採掘場の上空を高速で飛び抜けていった。
高塔。石壁。放置された採掘用の足場。それらが次々に眼下を通り過ぎていく。
地上で暴動を起こしていた人々も、その光景に一瞬動きを止めた。
「何だ、あれ……?」
「誰かが空でライドを追ってるぞ!」
「真実を暴いた、あの若者だ!」
「あいつ、空まで飛べるのか!?」
ライドは飛べば飛ぶほど焦り始めた。
アーガの冷凍形態は、先ほどの形態ほど接近戦で爆発的な力を出せるわけではない。
だが――
空中追撃においては圧倒的に厄介だった。
集中印と射術。この二つが組み合わさることで、ライドの逃走経路は少しずつ潰されていく。
加速しようとすれば、その先へ氷弾が飛んでくる。反撃しようと振り返れば、アーガはすぐに角度を変え、次の射撃で押し込んでくる。
二人はそのまま、第四城区の反対側まで飛び続けた。
そこで――
アーガの目が鋭くなる。
「今だ」
ジョーカーカードを右側のスロットへ入れた。
再び膨大な魔力が集まる。
片手をライドへ向ける。
「冷霜鳴――穿空!」
極寒の魔力が一点へ圧縮された。水と氷が混じり合った高速弾が、一筋の白青色の光となって夜空を貫く。
ライドも危険を察知した。無理やり身体を横へ捻る。
しかし――
僅かに遅かった。
轟ッ!
右の翼へ直撃する。蝙蝠の翼の半分が一瞬で凍結し――
そのまま血肉ごと弾け飛んだ。
「ぐああああっ!」
ライドが絶叫する。
飛行高度が一気に下がった。
それでも逃げようとする。
アーガは、その機会を与えなかった。すぐにカードを交換する。
赤5――氷を抜き、赤2――水。
青3――集中印を抜き、青4――零慣性。
緑3――射術を抜き、緑5――束縛。
「潮生形態·545号」
水流の魔力がアーガの身体を包み込んだ。
そして零慣性。その力によって、空中での動きが異常なものへ変わる。
ライドが左へ逃げようとした瞬間――
アーガはほとんど飛行の慣性を無視するように、空中で一瞬にして方向を変えた。
次の瞬間には、ライドの真横にいる。
ライドの瞳が縮んだ。
「お前――!」
アーガが手を上げる。
大量の水流が一気に放たれた。
そのままライドの傷ついた身体へ絡みつく。腕。脚。胴体。翼。全身を強く締めつけ、その動きを完全に封じた。
「離せええっ!」
ライドが怒鳴りながら暴れる。
しかし束縛は解けない。
アーガは一気にその横へ飛び込み――
蹴りを叩き込んだ。
ドンッ!
ライドの身体が空中から撃ち落とされた。
猛烈な勢いで地面へ激突する。周囲に砕石が輪のように吹き飛んだ。
アーガもすぐに急降下した。ライドは大きく抉れた穴の中で、必死に顔を上げる。
再び暴れようとした。
しかし――
すでにアーガの姿が変わっていた。
赤4――氷。
黄1――ヒグマ。
青2――血怒化。
緑4――切断。
ベルトから低い唸り声のような音が響く。
「冷凍形態」
「124号」
氷霜がアーガの両腕を包んだ。
その両手に――
二本の冷たい魔法双刀が形成される。
ライドはアーガの双刀を見た。続いて、自分の傷ついた翼を見る。
そこでようやく理解した。
もう――
飛んで逃げることはできない。
「うあああああっ!」
ライドが狂ったように叫んだ。
「道連れにしてやる!」
残っている血の魔力を、すべて解放する。あらゆる攻撃が一斉に出現した。遠距離と近距離。二つの攻撃手段が狂ったように入り混じる。
アーガは双刀を握り、その中へ真正面から飛び込んだ。
氷霜と血液が激しくぶつかり合う。血鞭が手首へ巻きつこうとした。
アーガは反対の刀で斬り落とす。血短剣が胸を狙う。氷刀で叩き割った。
ライドが突然口を開く。
血弾が放たれた。
アーガは身体を横へ滑らせて回避し――
もう片方の氷刀をライドの肩へ振り下ろした。
ライドも退かない。血刃で一刀目を受け止める。さらに爪で二刀目を強引に止めた。
そのままアーガの膝へ蹴りを放つ。
しかし――
アーガは動かない。
ヒグマの力で身体を安定させる。そして肩から真正面へぶつかった。
ドンッ!
ライドが半歩後退する。その瞬間、血鞭を近くの瓦礫へ伸ばした。
巨大な石塊を掴み――
アーガの背中へ振り回す。
アーガは振り返ることなく、反手で氷刀を振った。
石塊が真っ二つに切断される。砕けた氷と血色の魔力が、同時に周囲へ炸裂した。
互角の攻防。ライドは腐っても戍佐級中位。翼を負傷していても、命懸けとなればその戦闘力は凄まじい。
血弾によってアーガのリズムを崩し――
血短剣と血刃で接近戦へ持ち込む。対するアーガは、冷凍形態の氷霜によって血液の流れを抑え込む。
さらに切断のカードで、ライドの防御を少しずつ削っていく。
一度激突するたび。地面に新しい亀裂が走る。一度刃が振るわれるたび。空中に氷青色と暗赤色の残光が交差する。
アーガの身体にも次々に傷が増えていった。氷刀も何度か血液によって侵食され、刃が欠ける。
それでも――
戦えば戦うほど、アーガの動きは安定していった。
血怒化。
傷と戦闘によって、その力はさらに上昇していく。
ヒグマのカードも、真正面からの力比べでライドに押し負けることを許さない。
そしてついに――
その瞬間が訪れた。ライドが血鞭を横薙ぎに振るった。
アーガは、その攻撃を見た。
避けられる。
だが――
あえて完全には避けなかった。身体を横へ逸らしながら、余波を受ける。
バシンッ!
身体が揺れた。
しかし左手の氷刀が、血鞭を上から押さえ込む。
ライドの動きが止まった。
その一瞬。
右手の氷刀が――
胸を斬り裂いた。
「ぐあっ!」
鮮血が噴き出す。
ライドの顔色が大きく変わった。
アーガは止まらない。
一気に追撃する。
ジョーカーカードを取り出し――
右側のカードスロットへ叩き込んだ。
轟ッ!
魔力が爆発する。周囲の温度が、一瞬にして急降下した。二本の刀を覆っていた氷霜が猛烈に膨れ上がる。
白青色の冷気が凝縮され――二本の鋭い刀光となった。
「氷葬――」
アーガが双刀を交差させる。
「双刃斬!」
二本の刀が同時に振り抜かれた。
一刀目。ライドに残されていた血の防御を完全に斬り裂く。
二刀目。そのまま――
身体を貫いた。白青色の氷霜と刀光が同時に爆発した。
ライドの身体が大きく吹き飛ばされる。
鮮血が空中へ飛び散り――
次の瞬間には、冷気によって暗赤色の氷晶へ変わった。
轟ッ!
ライドが地面へ叩きつけられた。その身体は地面を長く滑り、深い跡を残してようやく止まる。
まだ死んではいなかった。
だが――
残されているのは、もはや僅かな命だけだった。
アーガはゆっくりと歩み寄った。
ライドの襟首を掴む。そしてそのまま持ち上げた。
ライドの口から絶えず血が流れ落ちる。
その瞳には――
悔しさ。そして恐怖。二つが混じっていた。
「俺は……俺は、こんな……」
アーガは最後まで聞かなかった。
ライドを引きずり――
そのまま採掘場付近まで戻っていく。そこでは、まだ戦闘が完全には終わっていなかった。
一部の吸血鬼。そして最後まで『血祭』を信じ続ける者たち。
彼らは今も抵抗している。鉱夫と反抗者たちも入り乱れ、各所で激しい戦いが続いていた。
その中へ――
アーガが現れた。高い場所まで歩いていく。
そして。掴んでいたライドを、そのまま下へ放り投げた。
ドサッ!
ボロボロになったライドの身体が、全員の目の前へ落ちた。
その瞬間。誰もが動きを止めた。アーガは高所に立ったまま、採掘場全体へ響く声で言った。
「吸血鬼の頭は、ここにいる」
「もう戦う必要はない」
静寂。採掘場全体が、完全に静まり返った。今まで抵抗していた『血祭』の者たちは――
地面に倒れたライドを見た瞬間。ついに戦意を完全に失った。誰かの手から武器が落ちた。
カラン、と乾いた音が響く。
一人が膝をつく。また一人が、その場へ座り込む。中には呆然とアーガを見上げる者もいた。まるで信じられないようだった。
二年間。
嵐湾城を陰から支配し続けていた、本当の吸血鬼の頭目。
そのライドが――
本当に敗れた。遠くでは今も火が燃えていた。揺れる炎が夜空を照らしている。
だが。戦いの音だけは――
ようやく少しずつ。静かになっていった。




