3. 己の心に嘘をつくな、後悔するぞ
吉野継春。高校二年生の身長179cm体重69kg。7月9日生まれ蟹座のAB型。好きな食べ物は黒糖饅頭。
古来より代々妖の類いを退治する家系に生まれ、例外なくその力を発現し鍛え上げられた生粋の退魔師。現在発生している謎の妖事件の対処、調査、解決を学生業の傍らで熟しており、人に害なす邪なるものは全て滅さなくてはならないという考えの持ち主。それ故に謎の妖と半ば融合してしまった主人公、御神本誉も洩れなくターゲットとして狙っている。学校や街中など人目のある場所では襲わない程度の分別はあるが、もしも彼女と少しでも二人きりになる隙があるならば容赦はしない。妖・即・斬がモットーの現役退魔高校生である。
「いやソレどこの明治の壬生の狼???」
今日もツッコミが冴え渡っているモブ眼鏡こと沢野正太少年である。今日は課外授業の一環であるクリーンアップ活動、早い話がゴミ拾いである。広い河川敷を生徒が散らばってゴミ拾いしているので何気なくコソコソ話がしやすい。
「けど吉野くんは厳しいのは妖に対してだけで、人間相手なら普通に接するし守ってもくれるよ。主人公のことは√に入ってもなかなか守ってくれないどころか命狙ってくるけど」
「塩っていうかハバネロ対応!」
出るわ出るわ次から次へとゴミの山。空き缶だの菓子袋だの謎のハンガーだのキリがない。
それらを黙々と拾い集めながらも情報共有の口も止まらない。
「えっと、御神本さん、今日も普通に学校来てたけど……」
「妖と融合したお陰で回復力上がってるからね。それも吉野くんに言わせれば"化け物"の証でしかないけど」
「とりつく島もない……」
チラッとゴミ拾いしながら沢野少年が見るのは渦中の御神本誉である。つい先日負傷しぐったり血の気の引いた状態の彼女を目撃してしまった沢野少年だったが、翌日から普通に登校して来る彼女に自分が見たものは勘違いだったかと思ってしまうほどに元気にその姿は健康そのものである。今も謎の破損した衣装ケースのようなものを発見して騒いでいる彼女はやはり普通の女の子だ。
「その、彼女と融合したものについて聞きたいんだけど……」
"外来由来のバケモノ"としか聞かされていないそこを、恐る恐る沢野少年は突いた。何せそのうち自分や他の一般人も巻き込まれて襲われる可能性を示唆されたのだ、相手を知っておくに越したことはない。
何本目かの空き瓶を拾って袋にポイした解説少女、森山ひな子はゴミのある地面から顔を上げずに淡々と説明する。
「通称"バケ"。外来種由来のバケモノとは言ったけど、それはあくまでも"この町"の範囲の話であってバケそのものは元から日本にいたものなの。けれどある時急に、町全体に結界を張って守っていた筈の吉野一族の目から溢れて持ち込まれたバケの欠片が猛威を振るい始めた。バケは元々人々を襲うような妖じゃなくて、そもそも実体を持って害をなすような存在でもなかったの。それがこの町に持ち込まれた途端に姿を持ち、肉体を持ち、人々に牙を剥き始めた。その被害に遭った一人が御神本誉ちゃんだ」
「えーっとつまり……、この町にその"バケ"が来たから何かの影響で変質した……?若しくは、持ち込んだ連中がその"バケ"に何かしたとか……?」
「今はまだ語るべき時ではない」
「ホームズなの?」
ある程度ゴミを拾って汗を拭き、水分補給をする。監督役である先生やボランティアの人のいるゴミ集積場所に拾ったゴミを集めて分別し、また作業に戻る。
「それで、具体的にその"バケ"ってどんな妖なの?」
「この町で活性化して居着いちゃった"バケ"に関して言うと、まぁわかりやすい鬼かな。見た目は餓鬼みたいのだったり手長足長みたいのだったり様々だけど、一目見て"お化けだ""妖怪だ"ってわかっちゃう見た目してるから一目瞭然だよ。で、コイツが何故人間を襲うのかっていうと、まず食べる為と単純な凶暴性の為だね。凶暴性に関しては個体差があるけど、生きてる人間を見て衝動的に襲いたくなるようなのが多いみたい」
「めちゃくちゃ理不尽じゃん」
「そうそ、だから厄介なの」
遠くで御神本誉はめっちゃデカい車のバンパーみたいなのを発見した。慌ててボランティアの人が走って行った。
「そういう奴らなもんだから吉野くんを始めとした退魔師たちも警戒を厳にしてるの。実際御神本ちゃんも土手っ腹に穴空いて死にかけた訳だし」
「よく生きててくれたよ御神本さん……」
「何?」
唐突に返事が返って来て思わずビクゥッ!!と飛び跳ねた。主に沢野少年が。
ズレた眼鏡を直しながら振り返ると、ついさっき車のバンパーという大物を釣り上げた御神本誉その人が二人の背後に立っていた。きょとんとした顔で首を傾げている。
「何の話してたの?」
「御神本ちゃんはさっきから大物ばっか釣り上げてるねって話」
「そうそう何アレ、衣装ケースにキャリーに車のバンパー!ここって河川敷だよね!?」
「河川敷だからじゃない?大雨で流されたものとかが行き着いてるんだよきっと」
「じょ、上流で不法投棄とかもされてるんじゃないかな……」
「そっかぁー」
ため息を吐きながら納得して、御神本誉は二人を通り過ぎて行った。学校指定のジャージに汗拭き用のタオル姿という普通の格好をしたどこにでもいる女の子である。
「……御神本さん、元の身体に戻る為に戦ってるんだよね」
「そうだね。吉野くんとかにも殺されそうになりながらね」
「……大変、だよね……」
「そりゃあね。大変なんて言葉じゃ言い表せないくらいにね」
「……ねぇ、森山さん……」
拾ったゴミの詰まった袋を握り締めて。沢野少年はくしゃりと地面を睨んでいた。
「……その、これって戦闘アリの乙女ゲームだって言ってたけど。御神本さんってどうやって戦ってるの」
一瞬だけ、森山ひな子は沢野少年を振り返る。
「最初は身一つだったよ。融合した妖の姿に変身して戦ってた。でもそれは諸刃の剣で、変身して戦うことは彼女の"バケ"化を促進することにも繋がってた。バッドエンド条件の一つだね。戦闘において変身して戦えば戦力としては申し分ないけど、その分バッドエンドへも突き進んでいくことにもなる」
「…………っ」
「だからそうならないように、変身せずに戦う術も提示された。吉野くんのお兄さんがいるって言ったでしょ。吉野惟秋さん。彼が御神本ちゃんに、変身せずしてバケの力を転用して戦う武器を渡してくれたの」
「そんな都合のいいものが!?」
「勿論最初からその為に作られたものじゃなかったよ。でもかつて、妖との戦いが活発だった時代に、妖の力を逆に利用して戦闘に活かす試みがされていたの。それを応用して惟秋お兄さんが御神本ちゃん専用の武器を調整してくれたんだよ」
「ハバネロの弟……メイプル和三盆の兄……」
「振れ幅極端だよね」
カラン、と空き缶がまた一つ袋に放り込まれる。
「だからそれ以来、なるべく御神本ちゃんはその武器を使って戦ってるの」
「その武器って?」
「三つのうちから選べるんだよ。プレイヤーの好みによって。御神本ちゃんの適性によって変化するって設定だったから」
「乙女ゲームなのにやたら凝ってるね……!?」
「ぶっちゃけ戦闘ゲーマニアもそこそこ釣れたゲームだったよ。で、選べるのが、刀、弓矢、それから薙刀ね」
「近接と遠距離と中距離……みたいな?」
「そうそうそんな感じ。で、どの武器選んでも洩れなく元気玉(小)が撃てるようになる」
「急に方向性変わった」
「元気玉っていうかバケの力をこう、妖力の玉みたいにしてポンポン撃ち出す的な?鍛えればバカスカ撃ててこれが結構爽快だった」
「危ないな!?」
「まぁゲーム設定上ならともかく現実でやると流れ玉怖いよね」
もう撃ってるのかな元気玉(小)……沢野少年の困惑を他所に御神本誉はやっと普通のゴミをホイホイ集めているのである。
「…………」
「……それで沢野くん、どうするか決まった?」
「え、どうするって……」
「身の振り方よ。このまま御神本ちゃんに関わるか、それとも出来るだけ危険から遠ざかるのか」
うっ。
決められていないのである。
か弱いモブ一般人である沢野少年としては危険から遠ざかるのが勿論賢い選択ではあるのだが、何となく、それを選ぶ決意が出来ないでいる。
「まぁ関わろうと関わるまいと、襲われる可能性が1か90かぐらいの違いなんだけど」
充分えらい違いである。
「決め切れない要因は何?御神本ちゃんへの同情?」
「……多分、それに近いものだと思う」
「ほほう」
黙々とゴミを拾い続けながらも、沢野少年の目は揺れている。
「逃げたくはあるよ。ただのモブの身で物語の中心に突っ込んでいくのって、蝋で出来た翼で太陽に突っ込むのと同じことだと思うし」
「突然のイカロス」
「ちょっとした知識だけで同情で御神本さんに近付いて……その先無事で済む保証なんかどこにもない。でも何ていうか……その……上手く言えないけど、僕、御神本さんのこと何も知らないんだ。知ろうとすることそのものが太陽に近付く……物語に抵触することだとは思うけど、知らないままで逃げることを選択出来るほど、僕は賢くなくて……その……」
沢野少年の言葉が尻すぼみとなる。
頭ではわかっているのだ。君子危うきに近寄らず。何の力も持たないモブが不用意に踏み込んで何事もなくいられるような、そんな生易しいシナリオの世界ではないこと。
頭では理解しているが、心が納得していない。今の沢野少年の状態はそれだった。
決して正義感や一方的な同情などではない。ただ心が決まらないのだ。
「じゃあ保留でいいじゃん」
そんな沢野少年を森山ひな子はあっさりと肯定した。
「宙ぶらりんっていうのが一番危ういけど、見極めるってのも大事だと思うし。それはそれで最低限危ないフラグとかは教えてあげられるから、じっくり考えるといいよ」
「森山さん……」
「ただ、期限はある。御神本ちゃんが誰の√に入るのか。それによっては私から最後の勧告を入れさせてもらうからね」
「わかった、ありがとう」
全く知らない乙女ゲーム世界に転生したなりに、沢野少年も悩んで迷って考えていた。賢く機械的に正解を選び取るよりも、より後悔しない道を模索していた。
その理由を沢野少年自身が自らの心から見つけ出すのは、少し先の未来の話である。
吉野継春は苛立っている。
隣のクラスの女子が新種の妖"バケ"と融合した。当人は人間のフリして普通に生活しているが、一度本性を現せばその邪な力で人々を襲い喰らう。だから倒さなくてはならない。
しかしなかなか上手くいかない。逃げられたり邪魔が入ったり、結局彼女の正体を見破ってから一月以上が経過しても全く手応えを得られないでいる。
そんな彼女に継春は、先日命を救われた。
フラフラと一人で人気のない場所に現れた彼女を仕留めようとしたところ、別のバケが現れ乱入してきてそれどころでなくなったのだ。彼女ごと消し飛ばしてやろうかと思ったが双方ともすばしっこくて上手くいかない。
しかし上手いこと彼女が乱入してきたバケにやられるというところで、新たな乱入者にそれを食い止められた。
暮崎煉。継春の従兄弟でフリーの退魔師。
彼の乱入によって劣勢は何とか覆された。ように思えた。
あと一歩で仕留められると思ったバケが最後の悪足掻きに暴れた一撃が、継春に向かった。
反応が遅れた継春は避けきれず、それを食らう……筈、だった。
食らわなかった。継春よりも先に反応した彼女が、御神本誉が、身を挺して継春の代わりにその攻撃を受けたのだ。
何故。妖の女が。自分を殺そうとつけ狙っていた継春を庇うのか。
理解出来ずに困惑する継春を、煉が叱り飛ばした。地面に倒れ伏す彼女に応急処置を施しながら、安静に出来る場所に連れて行くと彼女の身体をおぶって歩き出した。
継春は咄嗟に彼女にトドメを刺せなかった。煉がいるからか。違う。彼女に命を救われたからか。わからない。
わからないが継春は、彼女の息の根を止めるチャンスを見逃した。煉の背中で浅く呼吸をするぐったりとした彼女の顔を、苦々しく見つめた。
何故助けた。恩を売ったつもりか。そんなことでは騙されない。
翌日彼女はケロッとした様子で登校してきた。ほらやはりバケモノだ。人間ではないのだ彼女は。つい半日前まで死にかけるような負傷をしておいて、そのクセすぐに回復して平気な顔をしている。これがバケモノでなくて何なのか。
人に害をなす妖は倒さなくてはならない。バケモノに躊躇をしてはいけない。甘さを見せればこちらがやられる。
今も呑気にゴミ拾いをしている彼女を継春は遠くから油断なく意識している。例え人前であろうと、彼女が本性を現せばその場で命を刈り取る為に。
けれど少し……ほんの少しだけ。御神本誉という少女が、本当に倒すべき妖なのか。継春の心が、揺らぎ始めていた。




