2. 生存戦略を怠るな、死ぬぞ
前回冒頭の会話に至る少し前。
"乙女ゲームの世界"と聞いたメガネくんが「誰が悪役令嬢なの?」と即座に返したことからこの話は始まった。
"悪役令嬢モノ"と"純正乙女ゲーム"との違いをつらつらと語って聞かせた発端はそれだったが、半分は語り部少女が語りたかっただけというのはメガネくんは知らなくても良いことである。
「それで、あとは何が知りたい?聞いてくれれば順次答えていくよ」
衝撃の第一次ハードモード乙女ゲーム世界原作会議から一夜明け、二度目の会議が開催された。本日の会場は放課後下校途中の生徒たちが立ち寄るファーストフード店である。
「ええと、その……御神本さん、は、とりあえず今、どんな感じなのかな……」
お小遣いを気にしてウーロン茶のみを注文したメガネくんはおずおずと尋ねる。
対してポテトとシェイクをウマウマ堪能している語り部少女はうーんと考え込んだ。
「見た感じ、とりあえず順調に攻略対象の何人かとは接触してるみたいだね。シナリオとしてはまだ序盤も序盤だから、どのルートに入るのかはまだ未確定だけど」
「そうなんだ……ええと、今日はその、攻略対象が誰なのか、教えて欲しいんだけど」
ふむ。
下校途中の生徒で賑わう時間帯の店内で、少女は一度ぐるりと周囲を見渡す。
問題ないと判断したのか、シェイクを持っていた手を拭いてから居住まいを正す。
「そうだね、まず一人目。隣のクラスにいるでしょ、吉野継春って男の子」
「ああ、うん、何度か見掛けたことある……」
彼が、そうなのか。
ゴクリと唾を呑み込んで、実際に身近にいた攻略対象の存在に嫌に高鳴る心臓を抑える。
確か、淡い小麦色の癖っ毛をした少し無愛想な感じの男子だ。言われてみればそれっぽい容姿をしている。目も確か翡翠色だったし。
「彼は何かと主人公に突っ掛かってくるポジションの子だよ。最初は主人公をバケモノだと決めてかかって、初対面からガッツリ殺そうとしてくるし」
「いきなり殺伐ハードじゃん!」
「けどまぁ出会いイベントだから死にはしないよ。実際死んでないし御神本ちゃん」
もう出会いイベ終わってた。先月からどれだけ死ぬような目に遭ってるんだ彼女は。
「ていうか、"ちゃん"……?昨日は"さん"付けだったよね?」
「今日友達になったから」
「フットワークが軽い!!」
「直接情報入手した方が早いしね。んでその彼、吉野くんには5つ年上のお兄さんがいる。吉野惟秋さんって言って、彼らは先祖代々退魔師みたいなものをしている家系なんだ」
お、おお。お兄さんか。兄弟揃って攻略対象とは。
というか退魔師。なるほど、バケモノ系が出て来る世界観ならばいても不思議ではない。
「彼は弟とは対象的に穏やかで物腰柔らかな気質。弟を嗜めることも少なくないんだけど、ここ一番では最もシビアな判断を下せる人だよ。昨日言った、何の収穫も得られずバケモノ化が進んだ主人公を真っ先に狩りに来るのがこの人だから」
「わぁ……」
「それも、せめてバケモノに成り果てる前に一思いに……っていうある種の優しさではあるんだけど。この場合、彼のルートに入るかある程度好感度稼いだあとだったら彼もすぐに後追いしちゃうんだよ。各デッドエンドルートで一二を争う悲恋シーンと呼ばれているね」
「乙女ゲームこわい……ん?ある程度好感度稼いだあと……?それってもしかして、ルートに入ってなくても後追いするってこと?」
「そう、片想いでも主人公の後を追うんだよこの人は」
「あ、愛が重い……」
まだ見ぬ吉野くんのお兄さんにちょっとだけ気が沈むメガネくんである。
気を取り直そうと汗をかいて温くなってきたウーロン茶を一口。
「……ふぅ。それで、他にはどんな人がいるの?」
「あとはそうだね、うちのクラスにいる鵺原芳也くんとか」
「えっ鵺原くん!?」
「そんなに驚く?」
「だって席近いもん!」
教室内においてメガネくんの斜め後ろに座す生徒である。背が高くて無口で何考えてるかいまいちよくわかんなくて、ついでに前髪ちょっと長くて目が見えづらい。なので表情もよくわかりづらい。
「んーそっかメガネくん出席番号近かったっけ……?」
「いや近くはないよ。遠くもないけど」
「微妙な距離感だねメガネくん」
「それはそうと名前覚えてよ……!クラスメイトなのに!」
「あ、ごめん、佐藤くんだっけ?」
「沢野だよ!沢野正太!」
「うん、可もなく不可もなく普通の名前だね」
「僕の名前に特異性を求めないで!」
ここでようやく名前が出て来ましたメガネくんこと沢野正太くん。正真正銘隠しキャラでもなんでもなく生粋のモブ枠ポジションですよろしくお願いします。
「というか森山さん」
「おお、私の名前も覚えてたか」
「同じクラスになって一ヶ月以上も経てばそりゃ覚えるよ!」
語り部少女改め森山ひな子ちゃん。こちらも特に原作シナリオに関わらない完全モブポジションです以後よろしくどうぞ。
「森山さん、鵺原くんと何回か話してなかったっけ」
「うん、同じ図書委員だしね」
「え、と、大丈夫なの?こう……、巻き込まれたりしない?」
昨日から聞いている限り、この乙女ゲームは凄まじく殺伐として死と隣り合った(冷や汗的な意味での)ドキドキデッドヒート待ったなしなストーリーイメージしかない。そんなゲームの攻略対象や主人公と密接な関わりを持って大丈夫なのだろうか。
「いや楽しいよ?シナリオの進み具合を肌で感じられて充実してるし」
「そんな命張った楽しみ方どうかと思うなぁ!?」
「それに鵺原くん必要以上に喋んないし仕事はきちんとするし、一緒にいて息しやすいし」
「なんかその感想仕事で散々無駄を味わった社畜感あるよ」
「気にしない気にしない☆」
転生前の森山さんの闇を感じた瞬間だった。
余計な藪を突かないうちに沢野くんは話題を戻す。
「えっと鵺原くんは、どう関わる感じなの?彼も退魔師?」
「んー、いや彼本人は一般人なんだけどね。彼の伯父さんがちょっときな臭い人で、そこから関わる感じ」
「きな臭いって……?」
「まーぶっちゃけバケモノサイドの黒幕というか」
「ラスボス来ちゃった!?」
まさかの斜め後ろのクラスメイトラスボスの身内である。一気に身の毛がよだった。
「黒幕ではあるけどラスボスって言えるかなぁ?バケモノ使ってアレコレ企んでる人ではあるけど、当の本人はあんま戦闘力ない感じだし。めちゃくちゃ限られた展開だけど共闘した時は思っきし後衛サポートポジションだった」
「ええ……実力隠してるとかじゃなくて?」
「追い詰めて戦闘に発展した時も直接的な攻撃手段持ってなかったし、多分ほんとにバケモノ関連さえなければひ弱そのものだよ。使役したバケモノけしかけてくるのは厄介だったけど」
ズズズ、とシェイクを啜りながら森山さんは記憶を辿る。湿気ってきたポテトを摘み、シェイクを飲み、塩気と甘味の無限ループに入り始めた。
「むぐむぐむぐ……ごくん、伯父さんはそんなだけど鵺原くん本人はそっちの企みにはノータッチだったよ。彼を通して主人公……御神本ちゃんの様子を探ったりとかはあったけど、基本バケモノ関連の繋がりはなし。御神本ちゃんと関わるようになっていくつかのフラグを踏んで、彼もその存在を知った感じかな」
目の前のポテトの匂いについついお腹が鳴りかける。帰宅部男子と言えど、沢野少年も成長期の男子高校生としてそれなりに食べ盛りではあるのだ。
「そうなんだ……じゃあ、その伯父さんに気を付ければ鵺原くんとは普通に接して良さそうだね」
「そうだね。だから私も心置きなく図書委員で軽く居眠り出来るし」
「仕事しようよ」
ポテトとシェイクを平らげて、森山さんは一先ず満足気である。
外の道路に面したガラス張りのショーウィンドウ越しに空を見上げれば、段々と日暮れのオレンジが濃くなってきていた。
「そろそろ帰らないと……森山さんは?」
「私も帰ろっかなぁ……と、言いたいとこだけど。あと一カ所付き合って」
「え」
食べ終えたトレーを持って立ち上がる森山さんの後を、慌てて追い掛ける。まだ少しだけ残っていたウーロン茶を急いで飲み干し、ゴミ箱に捨て、沢野少年は早足で店の外に出た。
帰宅ラッシュの始まった通りでは人の行き来が増え出し、ファーストフード店とはまた違った忙しない賑わいを見せている。
その中を迷いなく一直線に歩く森山さんの背中を追うと、やがて閑静な住宅街へと踏み込んだ。
キョロキョロと見慣れない場所を沢野少年は見回す。どこだろうここは、もしかして森山さんの家でもあるのかな。
そんな呑気な考えは、一気に崩されることとなった。
───ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ……!
「ひっ……!?」
生々しくも劈くような断末魔が、突如として穏やかな住宅街に轟いたのだ。
平和な光景に似つかわしくないその絶叫に、ギュッと通学鞄の肩紐を握る。
「な、なに今の……」
「ちょうど終わったとこか」
「え、何、が……っ!」
事態を呑み込めず右往左往する沢野少年の手を引き、森山さんは近くの家と道路を隔てる塀の陰へと身を隠す。ちょうど雑木林のような場所を背にしたそこからそっと様子を伺うと、二軒ほど向こうにある家の奥から三つの人影が現れた。
一人は先程話題に上がった、吉野継春だ。焦ったような、苦虫を噛み潰したような表情で、周囲の様子を伺っている。
そして彼に続いて出て来たのは、彼とよく似た癖っ毛のチャラそうな出で立ちの青年。オレンジがかった金髪で、伸びた前髪が少し右目を隠している。
最後の三人目の人影は……その、チャラそうな青年の背におぶわれていた。青年のものらしいジャケットを被せられ、ぐったりとした様子でどうやら意識もないらしい……それは、クラスでよく見知った顔の少女。
(御神本さん……!)
辛うじて声には出すことはなかった。けれど沢野少年は、大いに驚いた。
今日もお弁当に入っていた青椒肉絲のピーマンとひぃこら格闘していた彼女が、血の気の引いた状態で明らかに負傷をしていたのだから。
やがて彼らは、人目を避けながら彼女を連れて何処かへと消えて行った。
声を出さないよう、気付かれないよう、必死に息を殺す沢野少年に森山さんは静かに声を掛ける。
「行ったよ」
「……あれ、どういう……御神本さん、は……?」
「大丈夫、死んではない筈。ただちょっと危うい場面で、吉野くんを庇ったんだよ」
「庇った、って……!」
「バケモノの手掛かりを探しに行った先で、吉野くんとバッティングしたんだよ。今ならまだ吉野くんは彼女をバケモノ扱いしてるから、共闘なんか出来やしない。だけどもう一人いたことで、何とか間を取り持って貰えたんだ」
「……もしかして、あれがお兄さん?」
「ううん、違う」
てっきり御神本さんを背負っていた青年が件のお兄さんかと思ったが、どうやら違うらしい。ではあれは、誰なのか。
「吉野くんの従兄弟だよ。名前は暮崎煉。彼もフリーの退魔師で、たまたま御神本さんと吉野くんのバッティング現場に居合わせたの」
「……じゃあ、あの人も」
段々と落ち着いてきた沢野少年と目線を合わせ、森山さんはうんと頷く。
「彼も攻略対象者の一人。お兄さんとはまた違う意味で吉野くんの保護者的立ち位置で、それでいてみんなのカウンセラーみたいな人だよ」
「……なんで、僕に、わざわざ見せたの?」
声を震わせながら、沢野少年は問い掛ける。
攻略対象を説明するだけなら、言葉だけでは良かったではないか。先程までのように。
どうして彼女は、森山さんは、この光景を自分に見せたのか。
「まず、メガ……沢野くんにこの世界の本質を知って貰う為。何だかんだでいつもの御神本ちゃんしか知らないから、いまいちピンときてなかったでしょ。この世界のシナリオに関わるのかそれとも避けるのか、はっきり決めるのには必要だと思って」
メガネくんって言いかけたな。
それはそうと、それでもいきなり手段が強引じゃないか。せめて予告するなり、事前に確認を取るなりして欲しかった。見知った少女の血の気の引いたぐったり顔など、心臓に悪過ぎる。
「んでまぁ、次に、煉くんの顔覚えといて貰おうかと。煉くんは攻略対象者の中で一番行動範囲が広いから、どこで会っても不思議じゃないし。それに、何かあった時コンタクトを取るなら、彼が一番の安全牌だから」
「……何か、って?」
嫌な予感がする。つい先程見たばかりの、煉くんとやらにおぶわれた御神本さんの姿が脳裏を過ぎる。
「この世界って、稀にだけど一般人も被害に遭うから。どんだけ避けてかかっても遭遇する時は遭遇するし。だから、一番行動範囲が広くてどこにでも居そうで、フットワークの軽い頼りやすい煉くんを覚えておいても損はないかなーって」
物凄い死活問題だった。そっか、そうだよね、バケモノ相手に死闘を繰り広げるようなゲームの世界で一般人が何事もなく普通に過ごせる訳がないよね。普通に餌食になるよね。例の神社だけが特殊な訳がないよね。
もうやだ乙女ゲームこわい。
「助けてお化けがーっ!って雑に駆け込んでも助けてくれる貴重な救済枠だよ。後で根掘り葉掘りされる心配も少ないし、何かあったら彼を頼ってね。今度煉くんの主な出没スポットと傾向とかも教えるからさ」
「よろしくお願いします……」
ぐったり運ばれていった御神本さんも心配だが、自分の身も危ういと再認識してしまった。
乙女ゲームを舐めるな、死ぬぞ。
この世界を生きる上での不文律である。




