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天地日種ノものがたり  作者: 天邇 笑満史
演舞祭ノ篇
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第一封印

 第一封印。千一夜の一族、ルーナ・アーリシェスは本に栞を挟む。


 月が綺麗な夜。


 ぼくは牡丹派本部の森にあるアイリスの秘密基地へと着いたところだ。


 こんな夜ではアイリスさえいないだろうけど、ぼくの目的はアイリスではない。畑の種が発芽したかを確認しに来たのだ。


 誰もいないはず、だと思っていたのだけど、とある人物がぼくの目に映った。


「あなたが来ると思ったわ」


 ルーナは手元にある本から視線を動かさずに言う。


 ぼくが来ると思った? もしかして未来でも見たのだろうか……。


「こんな暗い場所で読書ですか……」


「ほら、わたし目が良いから」


「目が良いからって暗い場所で本を読もうなんて君しか思わないだろうね」


 ぼくがそう言うと、ルーナは本に栞を挟んで閉じた。


 座ったら? という感じで手招きされたので、ぼくはルーナの隣に座った。


『…………』


 座ったのはいいけど、ふたりして沈黙だ。


 ふむ、ぼくの目的は畑に向かっているけど、今はここに来た目的よりもなにか話題を見つけないとなぁ。十番隊長として隊員とコミュニケーションをとらなければ。


 そう考えているぼくの目にルーナの太もも……ではなく本が映った。


「なんの本を読んでいたんですか?」


「ふーん、気になるんだ? 隊長って思いのほか他人の趣味に踏み込んでくるわよね――隊長のエッチ」


 なんと! ぼくがエッチだと? なぜエッチなのだ? あ、なるほど、ルーナの読んでいた本はそういう本だったのか! 暗がりで読む本というのはやはり成人向けの本、つまりルーナの読んでいた本というのは官能的な本というわけか。いや、しかし子孫繁栄のためにはそういう本もこの世には必要不可欠だろう。ぼくはなぜエッチと言われたのだ?


「あ、いやいや、答えたくなければ答えなくて結構ですよ」


「ふふっ、童話よ。《不思議の国のアリス》って童話」


 え? 普通の児童文学じゃないか。ルーナは冗談でぼくにエッチと言ったのか? ふむ、普通女子は興味のない男子にエッチなどという卑猥な文字列を使うものなのか? いや、親しい仲だとしてもそんな文字列を並べるはずはない。ならばなぜルーナはぼくに……いいやレンカ、もう考えるな。


 と、ぼくがぼーっとしていると、


「初代アリス、つまりは不思議の国のアーリシェス。わたしの御家の初代様は、文字列を操り戦ったらしいの。アーリシェス家の初代は文章にしたことを現実に出力できた。そしてわたしにもその呪われた力が宿っている」


ルーナの種族――特異人族(メーレ)は特異な能力を持って生まれる。その能力はひとりに一つ宿るもので、身体強化であったり、物質に能力を与えるものだったり、空を飛んだりと多岐にわたる。特異人(よみと)が持って生まれるその特異な能力を木魂術と言い人間族(リリン)に恐れられてきた。


「千一夜の一族の長は木魂術の中でも神を超えた術を使った、それを天童術と言った。その天道術――【夜禍(やか)稲羽(いなば)】はひとつのセカイを崩壊させた」と、ぼくはルーナの一族の大罪を答えた。


「隊長は物知りね。どうしてそんなことを知っているのか自分でも疑問に思わない?」


「遺伝の記憶なのかと勝手に思っているので、そんなに驚きはしませんよ」


「ふーん、変なの」


 変か、確かに他の一族の記憶を有しているなんて変だ。ぼくは何者なのか? 親父殿と御袋殿は何者なのか? 気になることだらけ、疑問だらけだ。


「ところでルーナは不思議の国のアリスを読むのは初めてなの?」


「ううん、何回も読んでいるわ。昔から童話が好きなの、特にこの童話がね」


「そっか、不思議の国のアリスか」


(これも運命か)うん? なにが運命なんだ? 己でもよく分からないな。


「どうしてルーナは童話を好きになったの? それも遺伝的なもの?」


 と、なぜこのような質問をしたのか己でも分からない。ただ、訊かなければならなかった。


「どうしてって……独りぼっちのわたしに手を差し伸べてくれたから」


 と言うルーナは恥ずかしがり屋な少女のように見えた。


「そうでしたか。その人物は童話が好きだったんだね」


「…………ば……」


「え?」


「ばーか!」


「え、ごめん……」


 どうしてぼくはルーナにバカと罵られたのだろう? ぼくは間違った発言をしたのだろうか? いいやレンカ間違っていないぞ。いや待てよ、ぼくはレンカだ、間違いばかりしてきた過去をどうやって修正する? ぼくがバカと罵られても仕方ないではないか。


 ぼくが考えていると、立ち上がったルーナはぼくに手を差し伸べてきた。


 ふとその手を取ったぼくは立ち上がる。するとルーナはニコリと笑顔を作って、


「わたしが小さい頃ね、泣いていたわたしに泥の付いた手を差し伸べてきた馬鹿がいたの。わたしはその手を取らないで自分で立ち上がって馬鹿に言ったの『農民の子のくせに、汚い手でわたしに触れようとするんじゃない!』ってさ。また独りぼっちになったってその時思った。それで次の日も同じ場所で泣いていたら、その馬鹿が来て手を差し伸べてきたの。『ね、今度は汚くない手だよ。水で洗ってきたから』ってさ、その馬鹿が言ってきたの。わたしは『農民の分際でバカにするな! あなたは田畑を荒らすだけのたぬきよ!』って言ってその馬鹿の手を引っぱたいたの。そしたら『ごめん。ぼくはバカだから世間のことは分からないんだ』って、わたし謝られたの。どうしてこの馬鹿は謝るんだろうって考えても答えは出なかった」


 馬鹿か。ぼくも相当の馬鹿だけど、ルーナの話に出てきたお馬鹿さんはもっとお馬鹿なのか……って、そのお馬鹿さんと同じことをぼくはやってしまったわけか。


「それでね、日ノ木って呼ばれる木の下で、独りのわたしに毎回話しかけてきたんだ」


「ひのき……」


「うん、初恋だったの」


 初恋って……え? 初恋って女子がする話題なのか? しかもぼくへ向けてする話題なのか? ルーナはなぜぼくなんかに隠しておきたい話をするのだ。話したいから話すのか? しかしぼくなんかに――いいや、考えるなレンカ、女子の話題はいつも砂糖と塩と小さじ一杯のスパイスと決まっているではないか。ここは冷静に話を聴こう。


「って、わたし隊長に何話してるんだろ……」


「誰にも言わないよ。ルーナの裡にある歴史は空白の歴史のように感じられるから、いつの日か埋まるのだと思う。その初恋の彼にもいつか逢えるよ」


「あははっ、彼はまるで青い鳥なのだけど……」とルーナはぼくから視線を外さず言う。


 ルーナの表情は悲しさを表現しているようだった。この時、鈍感なぼくでも少しはルーナの表情を理解することができたのだと思う。


「今も、彼の本当の名前すら知らないのだけど、隊長はそれでも歴史を感じられる?」ニコリと表情を変えて訊いてくる。


 名前も知らない、つまりは空白か。それでも歴史を感じられるのか……ぼくは歴史を感じる。空白はいつの日か埋めなければならない。


「歴史は空白のままで置いとけないよ」


「それって答えになってるの? まあ、隊長らしいけど」


 ぼくらしい……つまりは馬鹿ということかな。


「巫の御家出身者には遺伝の記憶が眠っている。わたしの御家のアーリシェス家にも遺伝の記憶が眠っている。その数多の記憶をわたしの一族は童話や空白の歴史として世に広めた」


神世七世(かみのよななよ)や混沌白書、歴史は無限に感じられるほどあるけれど、いつか一つの歴史に辿り着くのだと思います」


「ふふっ、そうかもしれないわね。だから、アーリシェス家の遺伝の記憶は【第一封印】なんて呼ばれているのかもね」


 すべての一族の封印を解いたら他の世界が見えてくるのかもしれない。空想時代の話だけど、信じる価値はあると思う。


「じゃあ、またね隊長」


「うん、こことは違う場所でまた会おう」


 とぼくが言うとルーナは驚いたような顔をしてから、


「……ええ、また。次は日ノ木の下で」


 そう言ってルーナは駆けていった。


 さて、種たちは順調に成長しているのかな?


「――って、芽なんて出ていないか……」


 まだ芽吹かぬ種たちを確認したぼくは帰路に立った。


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