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異動ガチャ  作者: 泉北亭南風
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38 周囲から理解されないことのしんどさ

 普段障がいなどほとんど感じさせずに飄々と仕事をしていた私が見せたしんどい姿・・・それは他スタッフにとっては相当意外だったらしい。


 障がいのある私とどう接していいかわからない・・・。


 他スタッフと少し溝ができてしまった。一応事情を説明し、もう大丈夫であるとも伝えたが、実感として理解できないようであった。そして一度インプットされたイメージは消えない。正直居心地が悪くなってしまった。


 実はこれは特段珍しいことではない。精神障害者保健福祉手帳を持っている人間は少なからず経験していることである。


 人は見えないものは理解しない。そして経験したことのないことは理解できない。私が当事者として得た結論である。


 視覚障がい者、聴覚障がい者や身体障がい者は見た目で障害部位がわかる。だから「障がい者」だという認識でもって対処できる。白杖を持っていれば手引きをすればよいし、耳が聞こえなければ手話や筆談をすればよい。手足が不自由であればそれを補ってあげればよいのだ。


 でも精神障がいは見た目でわからない。そしてその症状や特性は100人いれば100通りある。だからどうしてよいかわからなくなるのだ。先の章でも記したが、元々のネガティブなイメージや、重大事件の容疑者に精神科通院歴があれば、鬼の首でも取ったみたいに報道するマスコミの功罪も大きいと思う。


 私は手帳を持っていることをオープンにして過ごしているが、病気や障がいの事実を知ってから、「さりげなく」距離を置いた人がどれだけいることか・・・。でも私はそれでよいと思っている。


 「障害者差別解消法」等障がい者の権利を守る法律はたくさんある。なぜ法律ができるのか・・・そこに差別や区別が存在するからである。


 「~しなければならない・・・」


 できてないからそう法律で規定されるのだ。言葉遊びのようだけれど、それが紛れもない現実である。


 したがって・・・私は当事者として、法律があるからといって、「壁」がなくなることは永遠にないと思っている。


 人間八方美人である必要はない。生きていく上で自分にとってプラスになる人とだけ付き合えばよい。ガラスの心を持ってしまった人間。わざわざ火中の栗を拾いに行くような立ち回りをする必要はないのだ。

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