16 手の平返し
8月下旬。主治医の安藤先生から「リハビリ出勤」の許可が出た。「分限休職」処分を受けている職員は、最低8週間のリハビリ出勤を行い、主治医、産業医、統括産業医の許可が出ないと復職ができない。そして「リハビリ出勤プラン」は職場と私、そして産業医が相談して決めることとされている。主治医の許可が出た旨を田村次長に伝え、リハビリプランの素案作成を依頼した。ところが待てど暮らせど素案は出てこない。そうこうしているうちに、産業医の木村先生の面談日になってしまった。
ストレス相談室の待合室で、田村次長から「リハビリ出勤プラン」が提示された。そこには最初の2週間は他課での勤務、そして残り6週間は緊急対応課での勤務となっている。
「次長。5月の所長とのお話と違うやないですか!!」
私は田村次長に怒りをぶつけた。次長は困った顔をして
「高槻さん。あなたが京阪電車に乗れないことは理解しています。でも所長がこのプランでといって聞きはらへんのです。京阪電車に乗らんでも中央児相には来れるでしょって・・・」
山口所長はやはりタヌキであった。
結局そのプランは私が頑なに拒んだ上、産業医も
「京阪電車に乗れん人をどうやってこのプランに乗せるんですか?」
とため息・・・。リハビリ出勤の話は振出しに戻ってしまった。
帰宅後、半ば意地になっていた私は、山口所長が言うように京阪電車を使わず中央児相に9時に出勤する通勤コースを検討してみた。結果は・・・始発電車に乗っても9時には到着できないことが判明。その旨を即刻田村次長にメールで突きつけた。
しかしながら、それに対する返答はなし。この出来事をきっかけに、私の職場に対する不信感が少しずつ少しずつ育っていった。
次の診察時、主治医の安藤先生にもその旨を報告。
「高槻さん。あなたは・・・無茶な人事異動といい、今回みたいな騙し討ちするような上司がいてる変な組織でなければ十分やっていける人やのに・・・もったいないです。」
先生は諦め顔でつぶやいた。
ちなみに・・・旧知の弁護士先生にこのエピソードを世間話的に持ちかけてみたところ、山口所長のやっていることは、出来もしない無理難題を押し付ける「パワハラ」に該当するとのこと。
弁護士先生に「やるか?」と問われたが、私は争う気力もなく、職場とはそのまま2ヶ月半以上平行線が続いた。季節は秋を飛び越えて初冬になった。




