第12話 「姉弟」
「君たちは”天蓋の大神”の話は聞いたことがあるかい?」
「本で読むくらいには。あと、みんながあの日、”天蓋の大神”が村を守ってくれたんだ、って言ってますね」
マウロの質問にアトラスはおずおずと答えた。
二人の緊張を解すためか、マウロは”天蓋の大神”にまつわる話を少し大げさなくらいに嬉々として語った。流石は神学者といったところで、中にはアトラスも知らなかったエピソードや学説もあって、アトラスは大いに興味を惹かれたが、それで彼の事を信頼できるかというのはまた別の問題だった。
「私も神話好きが高じて教会に飛び込んだ身だからね」
ここでマウロはわざとらしく声を潜めた。
「ここだけの話、神様の教えよりも神様がいたかもしれない時代に触れることの方がよっぽどありがたいんだ」
それを聞いたイアからも、呆れにも似た笑いがこぼれた。
随分と楽しく話を聞かせてもらったが、結局二人はアーティーのことは明かさなかった。あの日のことは、村の大人たちにしたのと同じように、嘘の説明をしたし、翌日改めて遺跡の奥でアーティーに会ったことも黙っておいた。マウロをアーティーに会わせてあげたら、きっと大喜びするのは目に見えていたが、逆にアーティーが来客を喜ぶとは思えなかったのだ。
長い歓談の後で、マウロは二人に告げた。
「私はしばらくこの村に留まって、調査をするつもりだ。良かったら二人も手伝ってくれないかな?」
「調査って、何のですか?」
「まずはやっぱり祭壇の扉と、その中かな?あぁ、ちゃんと教会のお墨付きの調査だから、変な心配は要らないよ。君たちも気になるだろう?」
「扉の中なら、発掘を手伝った時に見てますから」
「イアちゃんは、気になるよね?」
不意に話を振られてイアは面食らってしまった。
アトラスの隣に居ながらも、一歩引いて二人のやり取りを眺めていたイアは、自分の意見が問われるとは思ってもみなかった。
しかしマウロは、有無を言わさぬ勢いで続ける。
「というか、イアちゃんには是非とも手伝って欲しいんだ。突如禁域に現れた少女!何かあると思うのは当然じゃないか。イアちゃん自身も、自分に何かあるんじゃないか、って思わないかい?」
マウロの言葉はやや芝居がかっていたが、そこにアトラスはようやく彼の本心が垣間見えたような気がした。そう言えばただ、一つだけ、アトラスの話の中でマウロが真剣な目を見せた瞬間があった。それはイアの出自にまつわる話だった。
イアが何か答える前に、アトラスが口を挟んだ。
「何もありません。あの日だって、イアの方が僕よりもよっぽど真剣にあれこれ調べて、それでも何もなかったんですから」
捲し立てるアトラスに、その場の空気が張り詰めた。
イアがそっとアトラスの袖を引いた。少し困ったような顔を浮かべ、ゆっくりと頭を振る。
マウロの方に向き直ると、
「マウロさんには、教会の後ろ楯があるんですよね?大人の人たちに言えば、調査に必要な協力は充分に得られると思いますよ」
そう言ってイアは、静かに部屋を後にした。アトラスも慌ててその後を追う。
村長の家を出たところで、イアは待っていた。
アトラスが恐る恐る訊ねる。
「ひょっとしてイア、怒ってる?」
「そんなこと、ないよ」
そう言って笑ってみせたイアは、いつも通りのイアに見えたが、はにかむようにして少しだけ付け加えた。
「ただ、アトラスが怒っているみたいで、少しびっくりしちゃった」
そう言われてアトラスは初めて、自分がマウロに腹を立てていたことに気が付いた。マウロが勝手にイアの気持ちやそれ以上のものまで決め付けていたことが、そして自分の都合の為にイアを連れ回そうとしていたのが気に喰わなかったのだ。
「でも、アトラスは私のことを心配してくれたんだよね?ありがとう」
イアにそう言われると、アトラスは少し照れ臭い。
自分自身よりも、隣にいるイアの方がよっぽど自分の気持ちを理解している。
それは間違いなく嬉しいことなのだが、同時に胸の奥をくすぐられるような落ち着かなさがあった。
翌日から二人は、村長直々の言いつけで、マウロの調査を手伝うことになった。
先日の異変のせいで冬への備えが少し滞っており、調査に割ける人手は二人が妥当だ、という話だったが、その理由だって勘繰れば、マウロの手回しのように思えてしまう。
遺跡に近付けるならアトラスは快諾するだろうと思っていた村長は、予想外の反応にたじろいだ。しかしマウロのことがいけ好かない、くらいの理由しかないアトラスが反対し続けることは難しく、ならばイアだけでも……という話になってくるともう、折れるしかなかった。
遺跡調査の手伝いと言っても、そんな難しい話ではなかった。扉の大きさや通路の奥行きを測ってみたり、外観をスケッチしたり。そんな記録を取る作業だけを一日中、のんびりと続けていた。
西日が空を赤く染める頃、アトラスがちょっと現場を離れた隙に、マウロはイアに訊ねた。
「実際のところ、イアちゃんは本当に気にならないのかい?自分が誰で、何処から来たのか」
マウロの中には、イアがこの遺跡の核心に至る鍵を握っているという、確信があった。昨日は性急すぎたせいでアトラスの反感を買い、失敗していたが、イアがそれを知りたいと望み、動き出せば、全てが動き出す筈だった。
しかしイアは落ち着いて答えた。
「自分が誰かなんて、とっくに知っていますから」
夕陽を浴びてイアは微笑む。その眼の先には小道を駆けてくるアトラスの姿があった。
「私はアトラスの姉です」




