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第六話 小指の願い

 小さな宝物が見つからない。ピンク色のリボンがついているの。

 誰か知りませんか。声をかけても反応がない。

 真夜中になると動けるようになる。

 寝ている子を連れていく。

 でも何回やったってダメだ。悲鳴を上げてみんな逃げていく。


 お願い、探して。宝物が見つからないと、私はここから出られない。


  ※


『物には人の思念が宿る。今回はそういう話や。祖母の遺品整理で発見された白い湯呑み。それを持ち帰ると怪音や悪夢を見るようになった。霊能者が視ると女性の悲しげな顔が、湯呑みの底に浮かび上がって――――』


 立体的な茶虎のイラストが、漆黒を背景に語る。猫は目をカッと開いたり、意味ありげに細めたりと表情がよく動く。


 鉄平の副業である心霊Vtuberだ。依頼人の許可を得た話を脚色して語っている。チャンネル登録者はそこそこ多い。


「そろそろネタ切れなんやけど、姐さんなんかええ話ありません?」


 鉄平の質問に、真琴は少し考える。霊なんて普段から嫌でも目につくが、怪談話と言われると思いつかない。


「ないね。けど、今回の病院の依頼はいい線行くんじゃない。多分、依頼された霊の他にも遭遇すると思う。それより、士郎くん遅いなぁ」


 真琴は事務所の時計を見た。四時には来ると言っていたが、もう五時を過ぎている。電話しようかとスマホを手にすると、事務所のドアが開いた。


 猫背で疲れ切った士郎が「遅くなってごめん」と言う。ソファーに腰掛けると、タオルハンカチで顔をごしごしとこする。


「また道に迷ったの? この炎天下の中…………だから迎えに行くって言ったのに」


 真琴は言いながら、冷たい麦茶を入れて士郎に差し出す。


「行けると思ったんだよ…………もうここに来るのは慣れた気でいたんだけど」


 士郎は苦笑して麦茶を一気に飲み干す。彼は山の神社から一時間かけて街に降りてくる。普段は草木に囲まれた山生活のため、街は不慣れですぐ道に迷う。


「心配だから次からは迎えに行く」


 真琴は少し怒った声で言った。


 汗だくになった、と士郎は着物の襟を少し広げて、扇子で仰ぐ。


「お疲れ様です!」


 竹丸が事務所に戻ってきた。


「ちょっと待ってくださいね、依頼人に報告の電話だけ」


 スーツ姿の竹丸がスマホを手に業務連絡をする。夫さんは浮気してませんでしたよ、と笑いながら話している。そんな探偵業みたいなこともするのか、と真琴は感心した。


 竹丸のスーツ姿を見ると、大人になったな、と思う。


 グレーのジャケットセットアップで告白してきた十九歳の竹丸が懐かしい。


 現場の総合病院へ竹丸の車で向かった。


 依頼人は看護師チーフだ。警備員に訳を話し、診療時間が終わった薄暗い待合室に通してもらった。


 老人がすっと立ち上がり、近づいてくる。半透明の霊体で、細かい姿形はわからない。


 ―――あんた、わしが見えるね。


 しゃがれた声が聞こえた。真琴はゆっくりと頷く。


 ―――迷ってしまってなぁ、助けてくれ。


 真琴はアイパッチを取り、紫色の目を瞬かせた。


 ―――ありがとう。


 老人の霊はそう言って消えた。


「もう仕事しちゃいましたね」


 竹丸が笑う。


「こんなの序の口じゃない? 病室の方がもっと多そう」


 看護師チーフの青坂が迎えにきてくれた。五十代ぐらいのどっしりとした体型で、表情は引き締まっている。いかにも仕事ができそうな看護師、という印象だ。


 五階の病室まで行き、ナースステーションで依頼内容の仔細を聞く。


 患者が真夜中、いつの間にか霊安室にいる現象が多発している。患者はいずれも若い女性で、霊安室へ行くまでの記憶はないという。


 そこで、真琴が患者役を演じて霊を誘き寄せることにした。


 個室を借りて真琴は黒いサテンの寝巻きに着替えて、ベッドに横になる。白いシーツに触れて、昔は霊媒体質のせいで謎の体調不良で入院したことを思い出す。


 紫色の瞳に変色してから、そういうことはなくなった。


 目を閉じて真琴は霊を待つ。


 ※


「幽霊が見えるってどんな感じなんですかぁ?」


 夜勤の看護師、前野が先ほどからずっと話しかけてくる。二十代後半ぐらい、長いまつ毛に明るい髪色の女性だ。


 竹丸はナースステーションで待機していることが落ち着かない。あちこちから霊の気配がする。士郎はパイプ椅子に姿勢よく腰掛けて、うとうとしている。


「そうですね、さっきから鳴ってるナースコール気になります」


 竹丸が指摘すると、前野は「ああ」と答える。


「故障してんのかな。誰もいない病室なんですけどねー、なんかしょっちゅう鳴ってて」


「俺、それ見てきますよ」


「えー、助かる。これって幽霊の仕業なんですかぁ? 病室、案内しますよ」


 前野が立ち上がって廊下に出た。竹丸はついていく。


 一番端の病棟、四人部屋の左窓際のベッドから気配を感じる。頭が異様に大きい黒い人影が、ナースコールを握っている。


「どうですか、幽霊、います?」


 前野の問いに、竹丸は頷いた。


「いますね。あの、ちょっと下がってもらってていいですか」


 竹丸はアイパッチを剥がして、紫の目で霊を見た。黒い人影は、縞模様のパジャマのボタンがはち切れそうなほど太った男が泣いている姿に変化した。


「俺、やっぱり死んでますか?」


 男が問いかけてくる。


「はい、お亡くなりになっています」


 竹丸が答えると、男は嗚咽をあげて泣いた。


「なので、安らかに成仏してください」


 竹丸はそっと霊に触れて、紫の瞳に力を込めた。男は泣き止んで体が透けて、消えていく。溜息をついてアイパッチを再び左目に貼り付ける。


「え、すごい。一瞬でしたねぇ。霊感ないけど、空気軽くなった気がするー」


 前野が無邪気に言った。ナースステーションに戻って時間を確認すると、まだ零時過ぎだ。もう一仕事終えてしまった。


「竹丸さんって、彼女います?」


 前野が上目遣いで尋ねてくる。


「えーっと、いないですけど」


 竹丸は曖昧に笑った。


「やっぱり!」


 前野は嬉しそうに身を乗り出す。


「連絡先交換しません?」


「あー……」


 竹丸は思わず視線を泳がせた。


 ぐいぐい来るなぁ。


 悪い人ではなさそうだ。


 けれど初対面でここまで距離を詰められると、少し身構えてしまう。


「仕事の連絡なら虎猫本舗の番号があるんで」


 とりあえずそう答える。


「前野さん、カルテの記入忘れているわよ」


 青坂がナースステーションに戻ってきて、前野を注意した。助かった。


「モテるね」


 士郎がくすくす笑って言う。勘弁してください、と竹丸はため息をついて答えた。


 ※


 冷たい気配で真琴は目を覚ました。


 ベッドの傍に髪の長い女が立っている。


 彼女は病室の外を指さしていた。


 目元はぱっちり上がったまつげ、ミルクティー色の髪、ショート丈のロゴ入りTシャツにプリーツのミニスカート。


 左手と右足は欠損、口は裂けている。


 紫の目で彼女を見ると、車にトラックが突っ込んでくる光景が見えた。彼女は事故死したのだ。


 彼女に体が引き寄せられ、真琴はベッドから出た。スマホをパジャマのポケットに入れて、彼女についていく。薄暗い病棟の廊下を出てすぐに、景色が変わった。


 ひんやりとした空気が頬に触れる。


 ステンレスの寝台が暗闇の中でうっすら光っていた。遺体収納庫の冷却装置が振動している。


「霊安室に心残りがあるの?」


 真琴は女性の霊に尋ねた。彼女は頷き、手を差し出してくる。爪はピンク色で、パールなど飾りがついていた。プラスチックの素材感で、真ん中の指には白いリボンの飾りがついていた。


 ネイルチップだ、と真琴は観察する。


 小指だけネイルチップがない。


 ―――探して欲しい。


 頭の中で声がした。


「一つだけ落ちたんだね」


 真琴が言うと、こくんと彼女はうなずいた。ステンレスの寝台の下を、スマホのライトで照らして調べる。


 キャスターの下にピンクのネイルチップが下敷きになっていた。割れないように慎重に取る。彼女がつけているのと同じ、ピンクに白いリボンのネイルチップだ。


「あったよ」


 渡すと、彼女は小指に当てて満足そうに目を細めた。


「納得した? 成仏できる?」


 彼女は頷く。真琴は士郎に電話した。


 士郎と竹丸、そして看護師の青坂もついてきた。


「あなただったの……」


 青坂が言った。


「見えるんですか?」


 士郎が尋ねる。


「ええ、私、時々視えるの。この子は覚えているわ。……亡くなるのを見届けたから」


「では、お祓いに立ち会ってください」


 士郎が言う。


「祓いたまえ、浄めたまえ」


 祓串を手にして、祝詞を奏上する。


 青坂は目を閉じて手を合わせた。


 彼女の霊が消えると、真琴の手の中にあったネイルチップだけが残った。


「これが心残りだったんです」


 真琴はネイルチップを士郎たちに見せた。


「え!? これって爪!?」


 竹丸がぎょっとする。


「違う違う、これはネイルチップ、付け爪だよ。よほど気に入っていて、思い入れがあったんだと思う。青坂さん、できればご遺族に届けてあげたいんですけど、連絡先わかりますか?」


「ええ、まだ記録が残っているわ」


 ネイルチップは青坂に預けて、これで仕事終了となった。


「若い女性なら気づいてくれるはずと、霊安室に連れてきてたんだね……大切なもの、見つかってよかった」


 士郎がほっとした笑顔を浮かべる。


 後日、女性の霊の妹からお礼の電話があったと、竹丸から伝え聞いた。


「あのネイルチップは、私の手作りなんです。お姉ちゃん、すごく気に入ってくれてたから。形見として大事にします。見つけてくださって、ありがとうございました」


 妹は泣き声でそう感謝を伝えたという。


 この世にひとつしかない、大切な妹の手作りだったんだ。真琴はおしゃれな彼女が、ネイルチップを丁寧に指につけていたんだろうな、と想像した。


 ※


 たとえ小さな欠片でも、その人にとっては宝物だったりする。手作りのネイルチップ。鉄平にはよくわからないが、女性が爪を飾ることは愛らしいと思う。


 夜中に若い女性の患者を霊安室へ連れていく幽霊。


 死者が生者を死に近づけるためではなく、そこに落としたものを拾って欲しかった。


 今回は真琴が霊のおとりとなる計画で、成功した。竹丸では気づかなかっただろう。真琴の霊の繊細な機微に触れる能力に、助けられた依頼だった。


「鉄平さん、竹丸ってば看護師さんに連絡先聞かれていたよ」


 士郎がにこにこしながら言う。


「ちょっと、アレは忘れてくださいよ」


「竹丸、おまえは今回、何もせんかったくせに……」


 鉄平は呆れて言った。


「いや、他の仕事したし。ナースコール連打幽霊を祓ってきたから」


「サービスしてきてんな。それやったら報酬、ちょっと出したるわ」


「え、俺、報酬無しの予定だった?」


「せやな」


「よかったね、竹丸。親切で徳を積んどいて」


 士郎が笑った。

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