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第9話 喜べ、自由にしてやる

「ふざけるな!」


 ガルドが机を叩いた。


 俺たちは壁際に並ばされていた。目の前ではベルンが椅子に腰掛け、砕けた魔力球を机へ置いている。


「町で金貨十枚の品だぞ!」


「知っている」


「なら、弁償も十枚だ!」


「断る」


 ベルンは契約書を律石へ載せ、その上に球の欠片を置いた。


「この商品の破損によって発生した損害を確認する」


 石が光った。


 浮かんだ文字を、ベルンが読む。


「契約価格、金貨百枚。契約は果たせなくなった。損害、百枚」


 ガルドは俺たちを指さした。


「壊したのは、こいつらだ!」


「お前の奴隷だろう?」


「それがどうした!」


 ベルンはミナへ顔を向けた。


「誰の命令で運んでいた?」


 ミナが俺の袖をつかんだ。


 ガルドが、その顔をにらんでいる。


 俺は袖を引かれるまま、動かなかった。


「……ガルドさんです」


「ミナ!」


 つかむ手に力が入った。


 それでもミナは続けた。


「馬車を止めるなと、命令されました」


「だそうだ」


 ベルンが再び石へ手を置く。


 文字が変わった。


 損害を起こしたのは、俺とミナ。


 今、支払う義務を持つのは――ガルド。


「……俺が払うのか?」


 ガルドが、初めて少し声を落とした。


「そう書いてある」


「なぜ俺が百枚も――」


「仕事で得た利益は、主人のもの」


 ベルンが石の文字を指した。


「仕事で作った損も、主人のものだ」


 俺は唇を噛んだ。


 リクが壊した壺を前に、ガルド自身が言ったことだった。


 あのときは、俺たちが持てるものなんて何もないと思った。


 その決まりに、今はガルドが縛られている。


「明日の正午までだ」


 ベルンが立ち上がると、ガルドも椅子を蹴って立った。


「待て! 話は終わっていない!」


「律石の判断に、まだ何かあるのか?」


 返事はなかった。


 扉が閉まると、ガルドは俺たちを振り返った。


「お前たち……」


「俺たちは止まろうとした」


「明日の朝まで黙っていろ!」


 口が閉じた。


 ガルドが机を蹴る。落ちた書類が、俺の足元まで滑ってきた。


 俺は言い返せないまま、アオを見た。


 こいつはまだ、ガルドから目を離していなかった。



 翌朝、中庭へ集められたときも、俺の腹には嫌なものが残っていた。


 今日は鉱山へ売られる日だ。


 なのに、中庭にあるのは買い付け人の馬車ではなく、契約用の石盤だった。


「何を始める気だ?」


 俺が聞いても、ガルドは答えない。


 南門からベルンが入ってきた。


「百枚、用意できたか?」


「払う必要などない」


 ガルドが俺を見た。


「喜べ。お前を自由にしてやる」


「……何?」


 隣でミナが息をのんだ。


 俺はアオを振り返る。


 三日前の言葉が、頭の中で繰り返された。


『ユウキを自由にするのは、お前だ』


「何を企んでる?」


「失礼な奴だな。せっかく自由にしてやるというのに」


「昨日まで鉱山へ売ると言ってた奴を、信用できるか」


「律石を信用しろ」


 ガルドが俺の契約書を石盤へ置いた。


「ユウキとの奴隷契約を解除する」


 光が走る。


 俺は手を見た。


 何も変わっていない。指が五本、いつもと同じところについている。


「試してみろ」


 ガルドに言われ、力を込めた。


 小さな火花が散った。


 息を止め、もう一度やってみる。


 青白い芯のある炎が、手のひらに灯った。


「俺の火……」


 消えない。


 指を動かすと、火もついてくる。何度試しても、俺の言うとおりに動いた。


「返してやったぞ」


 ガルドの声に、俺は顔を上げた。


「お前が返したんじゃない」


 手の中の火を、握りしめる。


「俺のところへ戻ってきたんだ」


 ガルドは鼻を鳴らし、次にミナの契約も解除した。


 ミナは自分の腕をさすっている。笑いかけた口元が、ふと止まった。


「どうして、私まで……」


「二人そろって自由だ。嬉しいだろう?」


 ガルドの笑い方を見て、俺も手を下ろした。


「借金も消えたんだろうな?」


「俺に対するものはな」


 石盤の文字が変わった。


 所有者なし。


 負債、金貨百枚。


 名前は、俺とミナだった。


「払われる前に自由になったら……」


 ミナがかすれた声で言った。


 俺も思い出した。


 借金は、自分に戻る。


「お前たちが壊した物だ。自由になったのだから、自分で払え」


 ガルドへ詰め寄った。


「止まれ」


 止まらなかった。


 ガルドが一歩下がる。俺も、自分の足を見た。


 動ける。


 こいつの命令を無視して、好きなところへ行ける。


「殴れば、賠償が増えるぞ」


 その言葉に、拳が止まった。


 ガルドの笑みが戻る。


「自由とは大変だな」


 ベルンが石盤へ目をやった。


「この二人に百枚払えると思うか?」


「払えなければ、一生働かせればいい」


 ガルドは俺たちから興味をなくしたように、アオへ向き直った。


「お前の予言が一つ当たったな」


 アオは何も言わない。


「残ったお前は、予定どおり鉱山行きだ」


 俺は戻ってきた火を見た。


 これで、ヒナのところへ帰れるはずだった。


 なのに、俺たちの前には、昨日より大きな借金が残っていた。


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