第8話 絶対に止まるな
「これがお前たちへの最後の仕事だ」
ガルドが投げた手綱を、俺は受け取った。
荷台には魔道具が並び、ミナが納品書を手にしている。ベルンの屋敷へ、昼までに届けろという仕事だった。
「最後なら、ゆっくり行ってもいいよな?」
アオが荷台へ片足を掛ける。
「途中で休んだり、飯を食べたり」
「馬鹿を言うな! 急ぎの仕事だぞ!」
「じゃあ、途中で止まったら駄目なのか?」
「当たり前だ!」
「絶対に?」
ガルドの顔が赤くなった。
「しつこいぞ!」
その指が、俺を向く。
「ベルンの屋敷へ着くまで、馬車を一度も止めるな!」
「しかし……」
「返事は?」
口が勝手に開いた。
「……はい」
アオは何事もなかったように荷台へ上がる。
『お前が怒らせたのに、命令されるのは俺かよ』
文句を飲み込み、御者台へ座った。
◇
「二十七、二十八……」
背後から聞こえる声に、俺は振り返った。
「今、数えなくてもいいだろ」
「着いてから足りなかったら、私のせいにされるでしょう」
ミナは納品書から目を離さない。
「どうせ何があっても、俺たちのせいだよ」
「だから確認してるの」
返す言葉がなかった。
隣のアオへ、小声で聞く。
「ベルンさんと話したことって、この仕事か?」
「前を見たほうがいい」
「ごまかすなよ」
「前」
顔を戻した。
屋敷の門前で、使用人が両腕を振っていた。
「止まれ!」
手綱を引こうとする。
動かない。
「……え?」
「排水路の工事中だ! 馬車を止めろ!」
門の前に、大きな穴が開いていた。道の脇に土が積まれ、馬はそこへ向かって走っている。
俺は両手に力を込めた。
手綱を握れる。指も動く。なのに、馬を止めようとした途端、腕が動かなくなる。
「止められない!」
「ユウキ?」
ミナが立ち上がった。
「ガルドの命令だ!」
屋敷へ着くまで、一度も止めるな。
あの声が頭の中によみがえった。
「右へ曲がれ」
アオが穴の脇を指さす。
「そんな急に曲がったら、荷台がひっくり返る!」
「まっすぐ行けば、全部ひっくり返る」
迷っている時間はなかった。
「ミナ、荷物を押さえろ!」
右の手綱を引く。
今度は動いた。
馬が穴の直前で向きを変え、荷台が大きく傾く。
「きゃあっ!」
木箱が滑った。アオが足で押さえる。その横で、丸い魔力球が台座から転がり落ちた。
外れた革帯が揺れている。
ミナが手を伸ばした。
指先をかすめた球が、荷台の外へ消えた。
ガシャン!
振り返ると、石畳の上で青白い光が散っていた。
「あ……」
ミナが声を漏らす。
拾いに戻るどころじゃない。俺の腕は、まだ馬を止めようとすると固まった。
「もう屋敷だぞ! 何で止まれないんだ!」
「中に着いてないからだ」
アオが前を指す。
「次の角を左。裏門がある」
「何で知ってる!?」
「通り過ぎるぞ!」
俺は歯を食いしばり、手綱を引いた。
細い道の先に、開いた門が見えた。使用人たちが端へ寄る。
馬車が門の内側へ入った瞬間、腕が動いた。
「止まれっ!」
ようやく馬が止まった。
俺は御者台に座ったまま、何度も息を吸った。手綱を放そうとして、指がこわばっていることに気づく。
「……着いた?」
ミナの声が細い。
「ああ」
平然と答えたアオを、俺は振り向いた。
「穴があること、知ってたのか」
「知ってた」
「魔道具が壊れることも?」
「そのために、ガルドへ『止まるな』と言わせた」
俺は荷台へ移り、アオの胸ぐらをつかんだ。
「俺たちを殺す気だったのか!」
「穴へ落とすつもりはなかった」
「落ちるところだった!」
アオは俺を見た。
言い返してくると思ったのに、目が少し下がった。
「……悪かった」
「謝れば――」
「喧嘩はあとにしろ」
門からベルンが入ってきた。両手に抱えた布の上には、壊れた魔力球が載っている。
「まずは、これをどうするかだ」
俺は手を離した。
「すみません。俺たちは……」
「謝って済む値段ではない」
「いくらなんですか?」
ミナが尋ねる。
「金貨百枚」
俺は聞き返すのを忘れた。
ヒナを助けるため、俺が奴隷になった金額の十倍だった。
「そんなに高い物には見えなかったぞ」
「見る目はあるな。店で買えば十枚だ」
「だったら何で百枚になるんだよ!」
ベルンが一枚の契約書を開いた。
「これを無傷で届ければ、百枚で買い取る相手がいた」
ミナが紙をのぞき込む。購入者の名前には別の紙が重ねられ、封がしてあった。
「でも、品物は十枚でしょう?」
「私が失ったのは、百枚を受け取る契約だ」
俺はアオを見た。
こいつは驚いていなかった。
最初から知っていた顔だ。
「ガルドのところへ戻るぞ」
ベルンが契約書を畳んだ。
「この百枚を、誰が払うのか決めなければならん」





