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第8話 絶対に止まるな

「これがお前たちへの最後の仕事だ」


 ガルドが投げた手綱を、俺は受け取った。


 荷台には魔道具が並び、ミナが納品書を手にしている。ベルンの屋敷へ、昼までに届けろという仕事だった。


「最後なら、ゆっくり行ってもいいよな?」


 アオが荷台へ片足を掛ける。


「途中で休んだり、飯を食べたり」


「馬鹿を言うな! 急ぎの仕事だぞ!」


「じゃあ、途中で止まったら駄目なのか?」


「当たり前だ!」


「絶対に?」


 ガルドの顔が赤くなった。


「しつこいぞ!」


 その指が、俺を向く。


「ベルンの屋敷へ着くまで、馬車を一度も止めるな!」


「しかし……」


「返事は?」


 口が勝手に開いた。


「……はい」


 アオは何事もなかったように荷台へ上がる。


『お前が怒らせたのに、命令されるのは俺かよ』


 文句を飲み込み、御者台へ座った。



「二十七、二十八……」


 背後から聞こえる声に、俺は振り返った。


「今、数えなくてもいいだろ」


「着いてから足りなかったら、私のせいにされるでしょう」


 ミナは納品書から目を離さない。


「どうせ何があっても、俺たちのせいだよ」


「だから確認してるの」


 返す言葉がなかった。


 隣のアオへ、小声で聞く。


「ベルンさんと話したことって、この仕事か?」


「前を見たほうがいい」


「ごまかすなよ」


「前」


 顔を戻した。


 屋敷の門前で、使用人が両腕を振っていた。


「止まれ!」


 手綱を引こうとする。


 動かない。


「……え?」


「排水路の工事中だ! 馬車を止めろ!」


 門の前に、大きな穴が開いていた。道の脇に土が積まれ、馬はそこへ向かって走っている。


 俺は両手に力を込めた。


 手綱を握れる。指も動く。なのに、馬を止めようとした途端、腕が動かなくなる。


「止められない!」


「ユウキ?」


 ミナが立ち上がった。


「ガルドの命令だ!」


 屋敷へ着くまで、一度も止めるな。


 あの声が頭の中によみがえった。


「右へ曲がれ」


 アオが穴の脇を指さす。


「そんな急に曲がったら、荷台がひっくり返る!」


「まっすぐ行けば、全部ひっくり返る」


 迷っている時間はなかった。


「ミナ、荷物を押さえろ!」


 右の手綱を引く。


 今度は動いた。


 馬が穴の直前で向きを変え、荷台が大きく傾く。


「きゃあっ!」


 木箱が滑った。アオが足で押さえる。その横で、丸い魔力球が台座から転がり落ちた。


 外れた革帯が揺れている。


 ミナが手を伸ばした。


 指先をかすめた球が、荷台の外へ消えた。


 ガシャン!


 振り返ると、石畳の上で青白い光が散っていた。


「あ……」


 ミナが声を漏らす。


 拾いに戻るどころじゃない。俺の腕は、まだ馬を止めようとすると固まった。


「もう屋敷だぞ! 何で止まれないんだ!」


「中に着いてないからだ」


 アオが前を指す。


「次の角を左。裏門がある」


「何で知ってる!?」


「通り過ぎるぞ!」


 俺は歯を食いしばり、手綱を引いた。


 細い道の先に、開いた門が見えた。使用人たちが端へ寄る。


 馬車が門の内側へ入った瞬間、腕が動いた。


「止まれっ!」


 ようやく馬が止まった。


 俺は御者台に座ったまま、何度も息を吸った。手綱を放そうとして、指がこわばっていることに気づく。


「……着いた?」


 ミナの声が細い。


「ああ」


 平然と答えたアオを、俺は振り向いた。


「穴があること、知ってたのか」


「知ってた」


「魔道具が壊れることも?」


「そのために、ガルドへ『止まるな』と言わせた」


 俺は荷台へ移り、アオの胸ぐらをつかんだ。


「俺たちを殺す気だったのか!」


「穴へ落とすつもりはなかった」


「落ちるところだった!」


 アオは俺を見た。


 言い返してくると思ったのに、目が少し下がった。


「……悪かった」


「謝れば――」


「喧嘩はあとにしろ」


 門からベルンが入ってきた。両手に抱えた布の上には、壊れた魔力球が載っている。


「まずは、これをどうするかだ」


 俺は手を離した。


「すみません。俺たちは……」


「謝って済む値段ではない」


「いくらなんですか?」


 ミナが尋ねる。


「金貨百枚」


 俺は聞き返すのを忘れた。


 ヒナを助けるため、俺が奴隷になった金額の十倍だった。


「そんなに高い物には見えなかったぞ」


「見る目はあるな。店で買えば十枚だ」


「だったら何で百枚になるんだよ!」


 ベルンが一枚の契約書を開いた。


「これを無傷で届ければ、百枚で買い取る相手がいた」


 ミナが紙をのぞき込む。購入者の名前には別の紙が重ねられ、封がしてあった。


「でも、品物は十枚でしょう?」


「私が失ったのは、百枚を受け取る契約だ」


 俺はアオを見た。


 こいつは驚いていなかった。


 最初から知っていた顔だ。


「ガルドのところへ戻るぞ」


 ベルンが契約書を畳んだ。


「この百枚を、誰が払うのか決めなければならん」


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