第16話 俺に、三枚払わせてみろ
「お兄ちゃん、起きて」
肩を揺すられ、目を開けた。
「商会まで一時間かかるんでしょ?」
俺は跳ね起きた。
仕事の初日から、妹に起こされることになるとは思わなかった。
◇
商会へ着くと、ベルンは三枚の契約書を机へ並べた。
石盤を見て、俺の足が一瞬止まる。
「奴隷契約ではない」
「……分かっています」
ミナが真ん中へ座り、俺とアオは左右から紙をのぞいた。
「試しに働く期間は一か月。日の出から日没前まで、昼休みあり。六日働いて一日休みね」
俺の仕事は荷下ろしと配送の手伝い。七日ごとに銀貨十八枚、昼飯付き。
ミナは在庫と帳場。同じ十八枚に、部屋と三食がつく。
アオの紙を読んだところで、本人が声を上げた。
「俺だけ少ない」
十二枚だった。部屋と食事のほか、読み書きを教えると書いてある。
「金貨百枚の価値があると言っただろ」
「一度の結果だ。毎週、同じだけ稼げる証拠にはならん」
ベルンは契約書の続きを指した。
ミナが読む。
「アオの提案で新しく生まれた利益の四分の一を、追加で払う……」
「上限は?」
「ない」
アオの目が紙へ戻った。
「それと、追加分の計算に使った売上と費用の記録は、本人へ見せる」
「見られるのか」
「お前が利益を生んだ取引だけだ」
「全部ではない?」
「全部ではない」
「この契約でいい」
即答だった。
俺は自分の紙を指さした。
「仕事で俺の火を使うときは、別に報酬を決める……これも本当ですか?」
「ああ。商品に使う前には、私へ言え」
ミナが続きを確認する。
「普通に仕事をして起きた事故は商会が負担する。故意に壊したら本人が弁償。辞めるなら前日までに伝えること」
その次で、アオを見た。
「帳簿を、許可なく開かない」
「俺を見るな」
「お前のために入れた」
ベルンが言うと、俺は笑ってしまった。
署名を済ませ、字を書けないアオは石盤に本人の印を残した。
アオは俺たちとベルンを見比べる。
「鎖が出ない」
俺は知らないうちに止めていた息を吐いた。
「働いても、ベルンさんの物にはならないんだな」
「当たり前だ。嫌なら辞められる。その代わり、給料も止まるが」
「それは困る」
「なら働け」
◇
昼休み、アオが売れなかった髪飾りを差し出した。
「売れない理由を教えてほしい」
ベルンは受け取らず、机へ銅貨を三枚並べた。
「私に売ってみろ。買いたくなくなる答えをするたび、一枚戻す」
伸びかけたアオの手が止まる。
「三回間違えたら?」
「売上はゼロだ」
アオはベルンの髪を見た。
「自分では使わないな。家族への贈り物はどうだ?」
「私に髪を結ぶ家族がいると、確かめたのか?」
「……まだだ」
銅貨が一枚、財布へ戻った。
俺は髪飾りを受け取り、両端を軽く引いた。
「ほら、丈夫だ。店の物より長く使える」
「店の物も同じように試したか?」
「試してないけど、これは――」
もう一枚、消えた。
「丈夫なのは本当だぞ」
「確かめていない話を足せば、その本当まで疑われる」
俺は口をつぐんだ。
残る一枚を見て、ミナが慎重に言う。
「金属の髪留めより軽いから、長くつけても頭が痛くなりにくいはずです」
「誰か一日つけてみたのか? 途中でほどけないか?」
「……それも、まだです」
最後の一枚が消えた。
俺たちは、空になった机を見る。
「客は、間違いを見つけるたびに教えてはくれん。黙って買うのをやめる」
ベルンが財布をしまった。
「まず客を見ろ。商品を試せ。知らないところを、売るための想像で埋めるな」
「それで売れる?」
アオが聞く。
「ほかの品でなく、その品を選ぶ理由も必要だ」
俺は手の中の髪飾りを見た。
好きな妹が作ったから。
それだけで欲しくなるのは、俺だけだったんだ。
ベルンが立ち上がる。
「ついてこい。練習に使う商品を選ばせてやる」
連れていかれたのは、奥の倉庫だった。
大きすぎる壺。重そうな携帯用の灯り。模様のずれた食器。
「これ、全部売れ残りですか?」
「そうだ」
ベルンが笑った。
「誰にも売れなかった物を、お前たちで売ってみろ」





